ギレイの旅 番外編

千夜ニイ

僕には人が

儀礼は暗いトンネルのような所に居た。


洞窟なのかもしれない。


遠くに出入り口らしいかまぼこ型の白い光が見えている。


しかし、儀礼のいる所は手元もよく見えないほど暗い。


儀礼は少し、その出口に向かって歩いてみる。足元も見えないのでゆっくりと。


出口が近付いてきたとき、その光の中に人が立った。逆行で顔などはよく見えない。


黒く長い髪、黒っぽい服、背は高いが、体型から女性だとわかる。


その人は暗い洞窟の中へと入ってくる。


儀礼は足を止めた。


女性が儀礼の存在に気付いたようだ。光を背にしたまま、立ち止まる。


「名のれ」


高圧的な女性の声。命令することに慣れたような、威圧感があった。


「ギレイ・マドイ」


敵でないことを知らせるため、儀礼は正直に名のる。


薄暗い中で目が慣れてきたのか、女性の姿が見えてくる。


長い髪、コートのような長い服。強い血の臭い。


「って、怪我してるじゃないか!」


儀礼は慌てて女性に近寄る。


黒っぽく見えた服は血染めだった。


儀礼は手当て用の針と糸を出す。女性の服をはぎ、断ってから縫い始める。


「すみません、女性の方に」


「気にするな。慣れている」


女性の声には感情を感じられない。


それが、儀礼には落ち着くものを感じられた。


「……僕には人が血と肉と骨にしか見えない」


言うつもりもなかった言葉がぽろりと口から出ていた。


「私も同じようなものだ。人など肉の塊にすぎない」


言って、女性は縫い終わった傷に触れ、服を羽織る。


「でも、痛いよね」


儀礼が悲しそうに笑った。


女性も同調したように悲しげに笑った。




******************




 儀礼は布団の中で目を覚ました。そこは宿のベッドの上。
辺りは窓から差し込む朝日でまぶしいほど明るい。
あの暗い洞窟の影も形もない。
儀礼の見た夢、だったようだ。


 儀礼は体を起こし、自分の両手を見つめる。
まだ血の感触が残っている気がした。


『僕には人が血と肉と骨にしか見えない』


自分の言った言葉が頭の中に残っている。いつからそう、感じていたのか。
夢の中で漏れた自分の本音なのだろうか。


『私も同じようなものだ』


あの女性にそう言われて、すごく安心した自分がいた。
おかしいのは儀礼一人ではないと。


 しかし、裸の女性が夢に出てきて考えることがそんなこととは。
儀礼は自分で自分が笑えてくる。


「欲求不満ってやつかな」
もう一度、儀礼は自分の両手を見る。
血にまみれてはいない。


「血が見たい、とか……」


 独り言だったのに、言った瞬間に、獅子に殴られた。
 朝から意味が分からない。




******************




 朝の訓練を終え、獅子は宿の部屋に戻る。
最近儀礼は獅子の修行にまったく付き合わない。
ねぼすけのサボリ魔と化している。
そろそろ一度叩き起こして訓練させてやろうと獅子は考える。


 部屋に戻ると、儀礼は起きたばかりのようだった。
寝ぼけたように、ベッドの上で体だけを起こして自分の手を見つめている。
「欲求不満ってやつかな」
ぽつりと言った友人の言葉に間の悪い時にでも帰って来たかと思えば、次に出てきた言葉が、


「血が見たい」
寝る時にまで白衣を着ている友人に、その瞬間思い浮かんだ言葉が『マッド・サイエンティスト』。


 そんな道に行っちゃいけねぇ。気付けば、獅子はベッドの上の儀礼を殴り飛ばしていた。

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