ギレイの旅 番外編

千夜ニイ

勇者と呼ばれるために2

 もう一度、メッセージらしきものを、送られたと思われる順に読んでみる。




”『砂神』は高く売れたぞ。『勇者』も明日にはヒーローだな。”
”あ、女だったか。”
”闇の時間だ、犬は鼻がいいからな、気をつけろよ儀礼。”
”追っ手は見失ったぞ。見当違いに走り出した。明日には動けるぞ。”
”にしても『勇者』か、隠すには最高の称号だな。楽勝だったぞ。”
”きいてるのか? おーい。寝たか?”


 『砂神』は高く売れた。その言葉がひどくひっかかって冷静になれない。とりあえず切り捨てることにする。
次の、女だってのも関係ない。どうせクリームのことだ。最後のメッセージも必要ない。


 闇の時間。犬。気をつけろと儀礼に呼びかける。儀礼の名を知る者。「犬」と単純に言えばスパイだ。
 見失った、見当違いに走り出した。危険はなくなったと言っている。しかも、勇者の中に何を隠した?


「あたしは探偵でも学者でもないんだぞ」
クリームは暗殺者だ。元、とはもう言えないかもしれないが……。この少年に裏切られていたならば、またその道に戻るだけ。
「馬鹿だなあたしは。抜けたってどうせ元の仲間に追われて殺されるだけ」
今まで、その仕事をやめようとしたものはみな、仲間の的にされて無残な死を遂げている。
 儀礼がいるならそれでも逃げ延びようと、父に貰った剣が力をくれるならと、クリームは思っていた。
信じられる者がいるからと。


 ……あれ? 
そこまで考えてクリームは首をかしげた。


「いまあたし、何考えた。何かが頭にこう掠めた、よな」
目の前に人差し指を泳がせてからクリームはまた眉根にしわを作る。
思い出すようにクリームはあごに手を当てたまま、深く顔をうつむける。


 脳裏に浮いてきたのは、クリームを闇より引き上げる少女のような綺麗な笑顔。見かけからは信じられない力強い腕。Aランクガーディアンを恐れることなく睨む鋭い眼光。


「違う、そっちじゃねぇ」
クリームは足を組みかえる。緊迫した空気が自分の中から消えていることに笑えてくる。
黒獅子には、クリームを騙すほどの技量はない。それは一日で十分にわかった。いくら教えても何度でもトラップを踏むような奴に騙されるなど絶対にありえない。


 クリームが思いついたのは仲間の死に顔だ。この仕事をやめ、一般の者と添い遂げようとした哀れな男の末路。
クリームのいた暗殺集団は組織としては動かない。仕事を請け、個人で全てに当たる。それでも、人並みの暮らしをする者を蔑みながら、あれはきっと嫉妬していた。
「仲間を裏切った者には死を」まるでゲームのように技量ある仲間を狩りに出る。残忍な笑みを浮かべて、楽しむように。
ゼラードもそれだった。つい昨日までは。


「追われているのはあたしか」
文章の意味に思い当たり、クリームは眼鏡を外した。ランプの明かりだけでは部屋は決して明るくはないが、レンズの色が消えクリアな姿の儀礼が目に映る。
未だ、クリームの剣に噛り付いている。
「あれは、ばかなのか」
くっく、とクリームは笑う。
 少年は剣を機械にかけ、上等な研究室にこもり、暗殺者に『勇者』という着ぐるみを被せた。




 少年はクリームから剣を取り上げ、襲撃できない強固な防犯状態の研究室に閉じ込め、『勇者』という手を出せない存在の中にクリームを隠した。


 クリームは音もなく立ち上がる。
慣れた様子で足音もなく少年の背後に擦り寄った。そして、一振り手刀を落とせば少年はガクリとその場に崩れ落ちる。
ずるずると儀礼の足の先を引きずるように自分の肩に儀礼の腕をかけ、儀礼をソファーの元まで運んでそこに寝かせた。
儀礼の意識のないことを確かめ、クリームは自分のコートを儀礼にかける。


 大仰な機械の元へ行き、電源を切り、一本のままだった剣を取り出す。
クリームが心で願えば、剣はほどけ、双剣へと戻る。
「砂神。厳しい生活になるが、よろしく頼むぞ」
宝石を淡く光らせたその剣を腰に携える。
「ああ、この格好はまずいな。着替えは宿屋か、取りにいかなきゃな」
自分の服に触れ、独り言を続け、クリームは最後にもう一度少年を見る。
「悪いが、お前に守られていてはあたしはあたしでいられない。お前が……」
クリームは寝ている儀礼の髪をなでる。
「お前が私にしたように。私も仲間を救えるほど強くなったら。今度こそ、本物の『勇者』になりにくるよ。まぁ、どっちにしろ偽物の勇者だけどな」
 ふふ、と楽しそうにクリームは笑った。元暗殺者の『勇者』など、英雄譚には語れない。
せっかくの父の形見の『砂神の剣』と、世界の奇跡『蜃気楼』が与えてくれる『砂神の勇者』という称号だ。
輝かしいそれに、ゼラードと言う汚点をつけたくはない。全てを綺麗に清算し、追っ手を全員打ち倒すほどの強さを手に入れてこそ、クリームはその名を、手に入れられる気がした。

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