ギレイの旅 番外編
勇者と呼ばれるために1
『砂神の勇者』などというものに祭り上げられたクリーム。
昨日まで、というか、昼間までは間違いなくただの暗殺者ゼラードだった。
そのクリームは今、儀礼に強制召喚された研究室の中だ。ただの研究室ではない、魔剣を調べるための設備が整ったかなり上等な部屋だ。機器を借りるだけでもそうとうな金額がかかっているはずだ。
その部屋の柔らかいソファーに腰を下ろし、クリームは足を組んだ。
視線の先では透明なケースに入ったクリームの剣。神より賜ったと伝承される剣、古代遺産『砂神の剣』。
それと、それを口を開けたまま見続けている金色の髪をした少年。口を開けたままと言うと語弊がある。正確に言うなら、閉じる暇もなく独り言を紡ぎ続けている少年。
あくまで独り言だ。クリームには背を向けたままケースに噛り付き、片手にはペン、片手にパソコン、その両方に正確に情報を記すために自分にしかわからない方法で分析し処理しているのだろうと思われる。
儀礼はクリームの様子にはまったく関心がないようだった。
この研究室自体は上等なだけあり、強固な防犯体勢となっているため、外から襲撃されても数日は持ちそうな安全な場所となっていた。忙しかった数日を思い、クリームは儀礼が飽きるか疲れて作業をやめるまで、短い時間でも休憩の時間に当てることにした。
クリームは目を覚ました。深い眠りについていたのか、時間の感覚がない。
窓にはカーテンがかかり、外の明るさを計る事はできない。部屋の時計に目をやり、クリームは時を疑った。
針の示す時刻は夜中の2時。クリームは夕方から仮眠を取るつもりで本格的な睡眠を取ってしまったらしい。
しかも、一度も目覚めた記憶がない。深い、深い眠りだったのだ。悪夢に苛まれることも、何者かに襲われるかと警戒することもなく。
「……ありえねー」
呆然と己に呟く。この言葉、昨日から一体何度思っただろうか。
ふと、クリームの胸元で光るものに気付く。ガーディアンを倒したときに儀礼が渡してくれた水晶だった。
免罪の印。
紐に通して首にかけていたそれをクリームはもう一度よく見てみる。透明な石の中に刻まれた小さな文字は読むことはできない。
薄っすらとした光は段々と消えていく。今、幼い日以来の安らかな眠りについたのは、この水晶のおかげだと感じられた。しかし、ここが安全だから良かったものの、外でこれが起こったらと思うと恐ろしくて仕方がない。が、再び水晶が淡く光る。
時と場所はわきまえる。語らぬ石がそう言った気がした。
クリームは頭を押さえる。おかしい。確実におかしい。クリームは物と話をする人物ではなかった。幼かった頃の人形遊びを引き出されると困るが、ゼラードに限っては間違いなく、物は物と割り切った考えを持っていた。
おかしくなったのは、あの剣を使ってからだ。
クリームは未だ透明なケースに入ったままの剣を見る。
その前には眠る前とまったく同じ状態の儀礼。ケースに噛り付き、ペンを動かし、キーを押し、口元は何かを唱え続けている。
「え?」
クリームは時計を確認する。今見たばかりだ、間違いようのない、夜中の2時。クリームが眠りについたのは夕方の17時より前だった。
およそ9時間。人は集中し続けられるものだったろうか……。
しかし、儀礼の右側には、机の上に大量の紙が重ねられていた。本にして数冊分。そんな物をどうするつもりなのだろう。そして、左手には筒のような物が握られ、中指だけで高速でキーを押すという器用なことをやっている。
クリームは立ち上がろうとして、ソファーに手をつき、そこに、儀礼の眼鏡が置いてあることに気付いた。
そういえば、儀礼はこの研究室に入ってすぐにこの色つきの眼鏡を外していた。そのままずっとここに置きっぱなしのようだった。
その眼鏡のレンズに、黒い汚れがついている。糸くずのような、インクの跳ねたような小さな汚れ。
「こういう実用的な物は大切じゃないのか?」
笑うように言って、クリームはポケットからハンカチを取り出す。そこで、自分の服がいつもと違うことに違和感を感じるが、見る人もいないので思い出さなかったことにする。
汚れはなかなか落ちなかった。よく見てみると、この汚れはレンズの中にあるようだ。
「これって、かけてる時に邪魔じゃないのか?」
眉をしかめてクリームはその色つきの眼鏡をかけてみた。すると。
その汚れは眼鏡をかけた途端に文字に変わった。水晶の字とは違う、クリームにも読めるフェードの言葉だった。
”きいてるのか? おーい。寝たか?”
”にしても『勇者』か、隠すには最高の称号だな。楽勝だったぞ。”
”追っ手は見失ったぞ。見当違いに走り出した。明日には動けるぞ。”
”闇の時間だ、犬は鼻がいいからな、気をつけろよ儀礼。”
”あ、女だったか。”
”『砂神』は高く売れたぞ。『勇者』も明日にはヒーローだな。”
儀礼の眼鏡に表示された文章。
意味はよくわからないが、隠語を使った会話だと思われる。会話、と言うよりは一方的なメッセージに見える。
時間系列から言えば、下から読むのが正しいのだろうか?
砂神や勇者はクリームと砂神の剣のことだろう。売ったとは、どういうことか。クリームは儀礼に騙されているということなのか。
気をつけろと儀礼に注意を促している。しかし、返信が全くないということは、儀礼はこれを見ていないのだろうか? それとも返事は相手にのみ表示されているのか。
闇の時間。犬。
(俺の勘がいいから気をつけろということか、騙して何をしている? これを送ってきた相手は誰だ。黒獅子か?)
眼鏡をかけたままクリームは眉間にしわを寄せて悩む。あごに手を当て、足を組みかえる。
文字越しに見える儀礼はまだ砂神の剣に張り付いている。売るための資料を作っているのかもしれない。
苦いような苛立ちが心の奥で燻っていた。早く燃やせと、焦がせと全てを焼き尽くせと黒い煙を上げている。
しかし、クリームは自分の動きを気付かせることはしない。心を抑え、気配を消し、静かに重要な問題を考える。
昨日まで、というか、昼間までは間違いなくただの暗殺者ゼラードだった。
そのクリームは今、儀礼に強制召喚された研究室の中だ。ただの研究室ではない、魔剣を調べるための設備が整ったかなり上等な部屋だ。機器を借りるだけでもそうとうな金額がかかっているはずだ。
その部屋の柔らかいソファーに腰を下ろし、クリームは足を組んだ。
視線の先では透明なケースに入ったクリームの剣。神より賜ったと伝承される剣、古代遺産『砂神の剣』。
それと、それを口を開けたまま見続けている金色の髪をした少年。口を開けたままと言うと語弊がある。正確に言うなら、閉じる暇もなく独り言を紡ぎ続けている少年。
あくまで独り言だ。クリームには背を向けたままケースに噛り付き、片手にはペン、片手にパソコン、その両方に正確に情報を記すために自分にしかわからない方法で分析し処理しているのだろうと思われる。
儀礼はクリームの様子にはまったく関心がないようだった。
この研究室自体は上等なだけあり、強固な防犯体勢となっているため、外から襲撃されても数日は持ちそうな安全な場所となっていた。忙しかった数日を思い、クリームは儀礼が飽きるか疲れて作業をやめるまで、短い時間でも休憩の時間に当てることにした。
クリームは目を覚ました。深い眠りについていたのか、時間の感覚がない。
窓にはカーテンがかかり、外の明るさを計る事はできない。部屋の時計に目をやり、クリームは時を疑った。
針の示す時刻は夜中の2時。クリームは夕方から仮眠を取るつもりで本格的な睡眠を取ってしまったらしい。
しかも、一度も目覚めた記憶がない。深い、深い眠りだったのだ。悪夢に苛まれることも、何者かに襲われるかと警戒することもなく。
「……ありえねー」
呆然と己に呟く。この言葉、昨日から一体何度思っただろうか。
ふと、クリームの胸元で光るものに気付く。ガーディアンを倒したときに儀礼が渡してくれた水晶だった。
免罪の印。
紐に通して首にかけていたそれをクリームはもう一度よく見てみる。透明な石の中に刻まれた小さな文字は読むことはできない。
薄っすらとした光は段々と消えていく。今、幼い日以来の安らかな眠りについたのは、この水晶のおかげだと感じられた。しかし、ここが安全だから良かったものの、外でこれが起こったらと思うと恐ろしくて仕方がない。が、再び水晶が淡く光る。
時と場所はわきまえる。語らぬ石がそう言った気がした。
クリームは頭を押さえる。おかしい。確実におかしい。クリームは物と話をする人物ではなかった。幼かった頃の人形遊びを引き出されると困るが、ゼラードに限っては間違いなく、物は物と割り切った考えを持っていた。
おかしくなったのは、あの剣を使ってからだ。
クリームは未だ透明なケースに入ったままの剣を見る。
その前には眠る前とまったく同じ状態の儀礼。ケースに噛り付き、ペンを動かし、キーを押し、口元は何かを唱え続けている。
「え?」
クリームは時計を確認する。今見たばかりだ、間違いようのない、夜中の2時。クリームが眠りについたのは夕方の17時より前だった。
およそ9時間。人は集中し続けられるものだったろうか……。
しかし、儀礼の右側には、机の上に大量の紙が重ねられていた。本にして数冊分。そんな物をどうするつもりなのだろう。そして、左手には筒のような物が握られ、中指だけで高速でキーを押すという器用なことをやっている。
クリームは立ち上がろうとして、ソファーに手をつき、そこに、儀礼の眼鏡が置いてあることに気付いた。
そういえば、儀礼はこの研究室に入ってすぐにこの色つきの眼鏡を外していた。そのままずっとここに置きっぱなしのようだった。
その眼鏡のレンズに、黒い汚れがついている。糸くずのような、インクの跳ねたような小さな汚れ。
「こういう実用的な物は大切じゃないのか?」
笑うように言って、クリームはポケットからハンカチを取り出す。そこで、自分の服がいつもと違うことに違和感を感じるが、見る人もいないので思い出さなかったことにする。
汚れはなかなか落ちなかった。よく見てみると、この汚れはレンズの中にあるようだ。
「これって、かけてる時に邪魔じゃないのか?」
眉をしかめてクリームはその色つきの眼鏡をかけてみた。すると。
その汚れは眼鏡をかけた途端に文字に変わった。水晶の字とは違う、クリームにも読めるフェードの言葉だった。
”きいてるのか? おーい。寝たか?”
”にしても『勇者』か、隠すには最高の称号だな。楽勝だったぞ。”
”追っ手は見失ったぞ。見当違いに走り出した。明日には動けるぞ。”
”闇の時間だ、犬は鼻がいいからな、気をつけろよ儀礼。”
”あ、女だったか。”
”『砂神』は高く売れたぞ。『勇者』も明日にはヒーローだな。”
儀礼の眼鏡に表示された文章。
意味はよくわからないが、隠語を使った会話だと思われる。会話、と言うよりは一方的なメッセージに見える。
時間系列から言えば、下から読むのが正しいのだろうか?
砂神や勇者はクリームと砂神の剣のことだろう。売ったとは、どういうことか。クリームは儀礼に騙されているということなのか。
気をつけろと儀礼に注意を促している。しかし、返信が全くないということは、儀礼はこれを見ていないのだろうか? それとも返事は相手にのみ表示されているのか。
闇の時間。犬。
(俺の勘がいいから気をつけろということか、騙して何をしている? これを送ってきた相手は誰だ。黒獅子か?)
眼鏡をかけたままクリームは眉間にしわを寄せて悩む。あごに手を当て、足を組みかえる。
文字越しに見える儀礼はまだ砂神の剣に張り付いている。売るための資料を作っているのかもしれない。
苦いような苛立ちが心の奥で燻っていた。早く燃やせと、焦がせと全てを焼き尽くせと黒い煙を上げている。
しかし、クリームは自分の動きを気付かせることはしない。心を抑え、気配を消し、静かに重要な問題を考える。
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