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シエンの領主は苦労する

千夜ニイ

テオドラの御前試合

「御前試合、ですか?」
団居がテオドラへと問いかける。
「いや、そんな大仰なものではない。」
首を振ってテオドラは答えた。


 ここは王都のテオドラの実家だ。
テオドラが王都に来て1週間。
知らぬ間にシエンの戦士たちが集まってきて、今では20人ほどがこの屋敷に居座っている。
まぁ、間違いなくテオドラの領民たちなので、他の貴族達に迷惑をかけるわけにはいかない。
戦場からの一時帰国とも言えるような休息の時間を、ラクシー家の屋敷でもてなすのはそう、悪いことでもないとテオドラは思っていた。


 何より、彼ら、シエンの戦士たちの活躍で、テオドラの名は名領主として知れ渡っていくのだから。
そして、その黒髪黒目の戦士達の噂は、国外までも広がっていく。
ドルエドは、次々と国土を拡大していた。


「今回の私の帰郷に合わせて、多くの領主たちが王都に集まってきているらしい。」
それだけ、シエンという土地が注目されているということだ。
もっとも、元々自分の領地ではなく、王都に住み着いている貴族も少なくはないのだが。


「そこで、各領で最も強い者を集めて、どの領の兵士が一番強いのかを知りたいと国王が仰せになられたのだ。」
集まっているシエンの戦士達にも向けて、テオドラは大きな声で語った。
彼らのどれほどの者が、テオドラの言葉、ドルエドの言葉を理解しているかは分からないが。
「では、テオドラ様がご出場なされるのがよろしいかと存じます。」
シエンの民たちへと説明を終えると、団居は迷うこともなく、テオドラへとそう言った。


「……何を言っている?」
テオドラは思わず眉間にしわを寄せていた。
シエンでは、子供にすら敵わないテオドラを、領土一の戦士として戦わせるというのか。
どういうつもりだ、とテオドラは団居をねめつける。


「彼らでは、審判の制止の声も聞き取れません。まかり間違っても、他領の戦士を殺すようなことがあっては、シエンの里の恥となります。」
穏やかな表情で、団居は答えた。
「では、お前が出てはどうだ。」
テオドラが、技巧を尽くしても敵わない白壁という少年を、赤子のようにあしらった団居という青年。
実力のある者を出すのが、今回のドルエド国王の意向なのだ。


「出発の前に約束いたしましたでしょう。私は、ドルエド国王の前へは出られません。もし、ドルエド国王の機嫌を損ねるようなことになれば、この者たちがどうなるか、テオドラ様にはお分かりでしょう。」
眉間にしわを寄せて、困ったような表情を浮かべて団居は言った。
団居は国王に嫌われている。
自分でそう言っていた。事実、テオドラもそのことを、国王の前で感じ取っていたではないか、と自分を納得させる。


「だが、私の実力は、ここにいる誰よりも劣るのだぞ。」
剣術の天才と言われたテオドラが、それを言うのは、とてつもなく心が重かった。
しかし、団居はくすりと笑みを浮かべる。


「テオドラ様は、立派な腕をお持ちです。自信をお持ちください。我らシエンの戦士は一平民です。国王の前に出るなど、恐れ多いことです。」
そう言いながら、団居は豪快に飲食を成すシエンの戦士達へと視線を向ける。
どれだけ取り繕っても、上品とは言いがたい態度の戦士達。
生きるために戦うことこそが仕事だと、そういう男達の集まりなのだ。
力試しのための、舞台の上での剣技を競うのには、向いていないということか。


『みんな、領主様が明日、ドルエド国王の前で剣術の勝負をなさるらしい。応援に行くぞ。』
心を決めかねているテオドラの前で、団居がシエンの戦士達に向けて何事かを言った。
もちろん、シエンの言葉でだ。
テオドラには、まだ、簡単な言葉しか理解できないが、『明日』とか、『領主様』とか、『ドルエド国王』と言ったのは聞き取れた。
たちまち、『『『おおー!』』』、とシエン人たちの大きな太い声が屋敷に響き渡った。


 テオドラは一瞬、その勢いに飲まれて、体を後ろへと引いていた。
『領主様、是非頑張ってください。』
『シエンに勝利を!』
『領主様に乾杯!!』
戦士たちが、口々に何事かを叫び、テオドラへと肩を叩いたり、背を叩いたりとしてくる。


 つまり、明日の試合には、テオドラが出ることが決まったらしい。
ここでも団居に指揮を取られているようで、テオドラは苦々しく団居を睨み付けた。
当の団居は涼しい顔で、「頑張ってください。」などと、のたまった。
仕方なくテオドラは、奥歯を噛み締めて、愛剣に触れた。
国王からいただき、シエンの領主になる前からテオドラがずっと使っている剣だ。
この剣で、テオドラはドルエドの多くの騎士達と戦い、訓練をしてきた。


 シエンでもまた、この剣がテオドラの心強い味方であった。
幼い子供に負け続ける毎日でも、ドルエドでの賞賛を浴びる生活を思い起こさせて、テオドラを励まし続けた剣。
それに、団居の言う通り、田舎であるシエンの民たちが恥をかくのは忍びない。
なんと言っても、「テオドラの」領民たちなのだ。
そして、団居を出すことになれば、間違いなく国王の不興を買う。


 そうなれば、今、戦に出ているシエンの戦士達や、ここにいる者達の立場が悪くなる。
最悪の場合、牢に放り込まれるというようなことにまでなりかねない。
ならば、テオドラが剣術の試合に出るのが一番の良策だと、テオドラにも思えてきた。
ただ、悔しいのは、領内で最も強い者を国王の前にお見せできないという、その事実のことだった。


 翌日、30程の領地から集められた腕自慢の剣士達の小さな御前試合が始まった。
くじを引き、対戦相手を決める。
テオドラの最初の相手は、小柄だが、歴戦の戦士を思わせる、中年の男だった。
戦場での戦を経験してきたものが見せる、殺気のようなものを漲らせていた。
油断はできない。
テオドラは、ごくりとつばを飲み込んでいた。


 二人の男が、国王の御前で、一礼をしてから、舞台へと上る。
一人がテオドラで、もう一人が対戦相手。
この試合は、もう、国王の前で行われる第5試合だった。
前の4試合も目を見張るほどの腕前の剣士たちの拮抗した戦いで、テオドラは息を飲んで見守っていた。
だが、何かが違う。
何が違うのか、テオドラにも分からないが、試合を見ながら、何かの違和感をずっと感じていた。


 シエンの戦士たちは、試合会場の隅の方に見学席を設けられていた。
本当に、一番端。
その一角だけが、周囲からは切り離された小島のように浮いている。
黒髪、黒瞳の集団の迫力に威圧されて、誰も近づけないでいるらしかった。
そのことに、くすりとテオドラは笑みをこぼす。
彼らが人のいい、戦士たちなのだと、テオドラは知っている。


 夜遅くまで、仲間たちの無事を祝い、互いの無事を喜び、家族が健康でいることを聞いて笑う、ただの一村民であることを、テオドラは知っていた。
『『『領主様ー!』』』
シエンの戦士たちが一斉に大きな声を上げる。
周りの観客たちがビクリと震え上がるのが分かった。
テオドラにも分かる、領主というシエンの言葉。
彼らは、テオドラを鼓舞してくれているのだ。


「シエンの民よ。見ていてくれ。このテオドラ、最高の力を尽くして戦う。」
遠目に見られているシエンの民たち。
このドルエドのために戦ってくれている彼らのことを、ドルエドの国民たち、貴族達は、恐れながら、軽んじている。
その目を、覚まさせてやりたい。
テオドラの中に、熱い闘志が湧き起こってきた。


「始め!」
審判の男が手を振り上げた。
その言葉を受けて、テオドラは剣を抜きさる。
相手の男はすでに、短剣を構えていた。
その時間差は、剣での勝負において、十分な隙を作り出すと思われていた。
国王の、落胆したような、呆れたような肩を落とす姿がテオドラには見えた。


 その時になって、初めてテオドラは気付いた。
周囲の全てを見る余裕が、テオドラにはあった。
男の振りかざした短剣をわずかな動作で避け、テオドラは、抜きさった初速のままに、その剣を相手の首元へと突きつけていた。
会場は一瞬、何が起こったのかも分からず、静まり返っていた。
全てを見て、捉えていたシエンの戦士たちだけが、『さすが領主様だ。』と歓声を上げている。


 目の前に立つ対戦相手の男が、額から頬にかけて冷や汗を流した。
その汗が、舞台の上に落ちた時、ようやく、周囲の人々は、状況を理解していた。
「しょ、勝者、テオドラ・ラクシー殿!」
審判が裏返ったような声で宣言する。
一瞬で決まった勝敗に、会場は一気に大歓声の場へと変わった。


「さすがラクシー家のテオドラだ。みごとであった。」
パチパチと、大きな音をたてて、ドルエド国王が手を叩いていた。
「ありがたきお言葉です。」
テオドラは、最上級の礼を取って、それから、静かに舞台の上を下りていった。
会場の歓声はまだ鳴り止まない。


「さすが、ラクシーのテオドラだ。」
「相変わらず、優れた剣術を持っている。」
「田舎に行っても、その腕は健在だ!」
人々が、次々にテオドラを褒め称える。
かつてのように。


 それを言われるテオドラは複雑な心境だった。
一瞬で着いてしまった勝負。
今まで見ていた試合に感じた、違和感の正体。
彼らは余りにも隙がありすぎた。
脇が甘い、足元がおろそかだ、首元に剣を入れる隙があるとは、死に至る落ち度。


 天才と言われたテオドラは今一度、自分の力に気付いた。
ドルエドで培われたテオドラの技術は、失われたわけではなかった。
それ以上に、子供であった白壁が強かっただけ。
シエンの戦士たちが強かっただけなのだ。
テオドラが、ドルエドで、天才と呼ばれることに、変わりはない。
むしろ、テオドラはさらに腕を上げていたのだ。


(これは、俺に自信をつけさせるためでもあったのか。)
黒い集団の中に紛れた、策士を探して、テオドラの目はシエンの戦士達を追う。
涼やかな笑みを浮かべている男が、集団の真ん中辺りにいた。
この勝負の行方など、この大会の勝敗の行方など、その男には、とうに読めていたに違いない。
テオドラにはそう思えて仕方なかった。


 その後、テオドラは、順当に勝ち進み、ついに、決勝戦にまで進出した。
テオドラは、疲れてさえもいなかった。
これならば、シエンから、ドルエドの町へと降りるまでの行程の方が何倍も辛かった。
魔獣との戦いの方が、何倍も緊張感があった。
シエンの戦士達をこの遊びのような試合に出さなくて正解だった。


 出していれば、今頃、ほとんどの騎士たちの首が飛んでいたことだろう。
言葉のあやではなく、現実に。
そういう戦いの世界に、シエンの人々はいる。
決勝戦、相手は筋肉隆隆の大男だった。
体には、頑丈そうな鎧を纏っている。


 一方のテオドラは、軽鎧を装備しているだけだ。
背中には、マントまでついたままだった。
「俺は、今までの奴らのようにはいかないぞ。お前の動きは見切っている。」
男がにやりと笑ってそう言った。
幅が広く大きな剣に、スキンヘッドの男。
ブウンと振り回す剣からは、鋭い風圧が感じられた。


 確かに、決勝に残るだけの実力を持った男らしかった。
しかし、テオドラは冷静だった。
相手の武器に恐怖を感じない。
これならば、団居の持つ細くて白い剣の方が、ずっと、研ぎ澄まされているように感じられた。
近付けば、切れる。そんな迫力が、この大男と、大きな剣からはしない。


 テオドラは剣を抜く。
「始め!」
審判が声を上げた。
同時に、大男が「ぬおおお!」という掛け声と共に、テオドラへと切りかかってくる。


 ふわりと、音も軽く、身も軽く、テオドラは男の攻撃を避けさった。
そして、男の剣が舞台の上へと突き刺さったのを確認した後に、自分の剣を振りかざす。
男の首の真上へと。
そこで、ぴたりと剣を止めた。
男の首には浅い傷一つ付いてはいない。


 またしても、あっさりと決まった勝負に、試合場内は歓声に沸く。
テオドラは、試合が無事に終わったことに大きく安堵の息を吐いた。
「はぁぁ。」
それを、緊張と集中からの開放だと思ったらしい人々は、惜しみない拍手をテオドラへと送った。


 自分の領地の一番の騎士が負けたと言うのに、領主達は、惜しみなくテオドラへと賞賛の拍手を送ってくれる。
「ありがとうございます。」
まずは国王へ、次に観客達へ、テオドラは深く礼を取った。
やはり、テオドラはドルエドの国が好きだ。
ドルエドの国民たちが好きだった。


「よくぞ勝利した、テオドラ・ラクシーよ。褒美を取らせよう。」
見事な宝石や宝の積まれた箱を示した。
「ありがたき幸せにございます。」
金銀財宝をいただいたことよりも、ドルエド国王に褒めていただいたことが嬉しくて、テオドラは深く頭を下げた。


「さすがはドルエドの騎士達じゃ。此度の戦いは素晴らしい物だった。特にテオドラ、ドルエド一の騎士はそなただ。」
ドルエド国王は、テオドラを誉めそやし、肩を叩いて言った。
その瞬間に、またも歓声が沸き起こる。
「テオドラ」「テオドラ!」
人々が、テオドラの名を呼び賞賛する。


 テオドラは複雑な心境だった。
確かに、テオドラは「シエン領の代表」として、この試合に出てきた。
しかし、テオドラが一番強いわけではない。
そのことを、観客は愚か、この国王でさえ知らないのだ、と、テオドラは深く悩まされた。
本当のことを言えば、王の不興を買うかもしれない。
もはや、口に出すことはできなかった。


 これすらも、団居の策略ではないのか。
策士に嵌められたという思いが抜けないテオドラだった。

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