ギレイの旅

千夜ニイ

最終話

 微笑む愛華の隣りに、ひらりと白い精霊が舞い飛んできた。
 手のひらに乗るほど小さく、清らかで神秘的な輝きを放つ光の精霊だった。

 白い髪に白い肌、全身を白い薄絹で隠した二、三歳程の幼女が朗らかに笑っている。

 《ギレイ、やっと私を見たな》

 キラキラと体から光を散らして、白い精霊は嬉しそうに儀礼に手を伸ばした。

「朝月さんっ」

 白は、こらえきれなかった涙を大量に溢れさせ、小さくなってしまった朝月の姿に心を痛めている。

「ギレイ君。朝月さんは、すっごく、すっごく綺麗な精霊だったんだよ」

 止まらない涙を何度も拭いながら、白は偉大であった美しき精霊に感謝の心を送り続ける。姿を見せるだけで人々を魅了した、妖魔と言わしめる大精霊の力はそこにはない。
 体の全てを、己の命を費やして、儀礼を生かしてくれた光の精霊が、空を飛ぶのもやっとと言う頼りない風体で浮いている。

「うん。わかるよ」

 嬉しそうに笑うと儀礼は小さな朝月に手を伸ばした。指の先に寄り添った白い精霊に、儀礼は青い瞳をを細める。

「今だってこんなに綺麗だ。ありがとう、朝月」

 感謝を込めて儀礼はその小さな額にキスを落とした。儀礼の体から高い魔力が、細く渦を巻いて朝月の体へ流れ込む。キラキラとした輝きの収束とともに、そこに新たに現れたのは妖艶な若い女性の姿をした精霊、美しき朝月の姿だった。

「ああ、本当だ。すごく綺麗」

 儀礼はにっこりと朝月に微笑む。
 手の上に乗る小さくも美しい精霊に。

 微笑む儀礼とは反対に、白はポカンと驚いた顔をしている。まさしく、開いた口が塞がらない状態だった。

 精霊の強さは見た目にほぼ比例する。
 年齢が約百年で人間の一歳分年を取ると言われている。その後、成人年齢ほどからは、実際の大きさが変わっていく。
 若いうちからも体を大きく見せることはできるらしいが、実体化するだけの構成魔力が足りず、不安定になるらしい。

 それが、今の一瞬で朝月は十歳以上の成長を見せた。時間にして千年分以上の成長をしたのだ。
 ありえない光景を目にして白の脳は理解を超えスパークしていた。

 朝月は嬉しそうに、儀礼の頬に身を寄せて、聞き惚れる美しい声で囁いた。

《ようやく会えたような心地だ》

「うん。やっと、伝えられる。朝月、いつもありがとう」

《残念だが、私にはもう魅了の力はないぞ》

 少し、寂しそうに朝月が笑う。
 朝月の最大にして最強の特徴、妖魔と呼ばれる魅了の力は消え果てたままだった。

「えーと、それはなくてもいいと思うよ」

 儀礼は思わず苦笑いを浮かべていた。
 気を取り直すと儀礼は白へと手を差し伸べる。

「白、家まで送っていくよ」

 胸の中の精霊エリザベスが、儀礼に多くの情報を与えてくれていた。

「もう、邪魔する者はいないから、送っていけるよ。白の家族の所まで」

 儀礼の手の中には小さな転移のマジックシードが乗せられていた。
 一瞬の白い光の後、儀礼や白たちはとても大きく絢爛とした広間に集まっていた。

 儀礼の車である愛華もあれば、獅子とロッド、アーデス達も集合していた。いつものように、遅れてヤンが到着する。

 豪華な部屋の奥にある高い位置には立派な椅子が置かれており、そこには白いひげを生やした壮年の男が座っていた。

「アルバドリスクの王の間に、許しもなく転移してくるとは、豪気なやつだのう」

 焦るでもなく怒るでもなく、落ち着いた声で話しかけるのがアルバドリスクの王で、白の父親だった。

「先触れは飛ばしましたが」

 親しげな者に語りかけるように、儀礼の言葉は軽やかで温かみがあった。

 風の精霊風祇ふうぎと、火の精霊フィオが得意げに国王の横に浮いていた。

「ふはっ、そうか。すまぬな。今この城に精霊を見る者がいなくてな」

 儀礼の言葉に目を細め、アルバドリスク王は快活に笑った。突如現れた少年は、亡き妹に瓜二つで、精霊エリザベスの気配を連れている。
 国王にはもう、この少年を怪しむ気分などなくなっていた。国を守護する精霊エリザベスの認めた者ならば、アルバドリスクに不幸を招きはしない。

 なによりーー。

「父様!」

 国王の胸に一人の子供が飛びついていた。金色の髪、涙に濡れた深い青の瞳、美しい天使の顔をした、最愛の娘。

「シャーロット。辛い思いをさせたな。よく、無事に帰ってきてくれた」

 熱い声を僅かに震わせて、国王は強く娘を抱きしめた。

「シャーロット、俺も心配した。よく帰ってきてくれた!」

 国王の背後に立っていた青年が白へと手を伸ばす。真っ直ぐに伸びた金髪、空色の瞳。そして、第一王位継承者の証である飾りを額に付けた真面目そうな顔をしているのは。

「兄様!」

 白は兄とも抱きしめ合う。

「心配かけてごめんなさい」

 白の泣き声に、第一王子アルファードは大きく首を振り、白の髪を強く撫でた。

「無事で、良かった。よく、帰ってきてくれた」

 兄と妹の抱擁を眺めていた儀礼は、国王に呼びかけられ現状を思い出す。大勢を連れての王城への不法侵入。

(いや、ちゃんと先に知らせたし、白を送り届けるためだし!)

 必死に自分に言い聞かせて落ち着こうとする儀礼に、国王は不思議そうに問いかけた。

「お前は、一体何者なんだ?」

 正面からアルバドリスク王を見つめ、儀礼は意を決したように口を開く。

「ギレイ・マドイですよ。礼一団居まどいの息子で、エリザベス・アルバドリスクスの子でもあります」

 落ち着いた儀礼の声は、王の間によく通って聞こえた。
 それから、ほんの少しの静寂が辺りを占め、国王がゴクリとのどを鳴らしたのが向かいに立つ儀礼にも伝わった。

「妹は死んだはずだ」

 怒りと期待の入り混じったような声が、国王の震える唇から漏れ出した。

「それに関しては僕もよく知らないのですが、事実ですから。う〜ん」

 儀礼が腕を組み考え始めた時、王の間に赤い炎が上がった。
 火事、と警戒した兵士達が飛び出したが、炎はくるりと円を描き直ぐに転移の魔法陣へと姿を変えた。

「炎の魔法陣?」

 見たことのない光景に儀礼は首をかしげるが、火の精霊フィオがニヤリと口を歪ませる。

《久し振りに見たな》

 嬉しそうなフィオの声に応えるように、魔法陣からは幾人かが姿を現した。

「国王様、お久しぶりでございます」

 床に跪き、深く頭を垂れたのは儀礼の父親、礼一だった。国王は礼一の顔を見ると驚愕に瞳を見開いた。

「お前は、確か。エリザベスの形見を持ってきた男だな?」

「はい。あの時は騙すような真似をして申し訳ありません。しかし、姫の命を守るには、精霊エリザベスを封印し、姫の存在をこの世から消すしか方法がありませんでした」

 膝をつく礼一の肩を、儀礼の母であるエリがそっと包む。

「いいのよ、礼一は悪くないの。私を助けてくれたんだもの。感謝しているわ」

 それからエリはアルバドリスク国王へと向き直った。

「お兄様、何の連絡も出来ず申し訳ございませんでした。私は、何の身分も力も持たぬ身として、この者達に守られ命を救われました。ただ、もう一度こうして会えることをずっとーー」

 そこまで言うとエリの瞳からは大粒の涙が零れ落ちていった。震えるのどはもう音を声として発せずにいた。

「よい。もうよい。よく無事で、生きていてくれた」

 国王は椅子から立ち上がると段の下にいたエリに近寄り、抱きしめた。二十年以上、家族を引き裂いていた悲劇はこうして元に戻された。

「父さん、精霊の封印てどうやったの?」

 跪いた体勢のままの礼一の隣にしゃがみこみ、儀礼は疑問に思っていたことを問いかける。精霊の封印は簡単に出来ることではない、それも契約者を生かしたままなど、エリザベスの知識を得た儀礼でも方法を考えることすら出来なかった。

「私の一生分の魔力を使って封じたんだが、私の魔力だけでは足りなかったようで、お前にまで影響してしまったな」

 礼一は申し訳なさに、悲しげな笑みを浮かべて儀礼の頭を撫でた。

「一生分の魔力……」

 儀礼は思わず呆然としてしまった。今、目の前に現れたように、礼一は魔法を使うことができた。それも、厳重な警備の王の間に複数人を連れてこれるほどの大魔法使いだ。

 どれほどの魔法の勉強をしただろうか、どれほどの実験を繰り返しただろうか。儀礼が機械を遺跡を愛したように、礼一が魔法に身を入れていたとしたら。

(僕は誰かを助けるために、遺跡の調査や機械作りをやめられる?)

 それらは儀礼の人生だ。心の全てを満たしている要素で、夢であり、生きている意味である。

(無理だ)

 気の遠くなる思いを超えて、父は母を守ったのだと、儀礼はようやく理解した。

「大丈夫だよ、父さん。僕、魔力なくても困らないし。好きなこと、たくさんできたもん。父さんは、よく頑張ったね」

 儀礼は、全てを投げ捨てた父が誇らしくあり、大好きな魔法を取り戻して、アルバドリスクの王城にまで乗り込んでしまうほど浮かれた父がものすごく、身近に感じた。

 にっこりと笑った儀礼に、礼一は虚を突かれたように目を見開いたが、すぐに誇らしげな笑みを浮かべた。

「ああ、大切なものがあったからな」

 話し合う父と子のもとへ、桃色の髪と瞳の妖艶な女性が歩み寄る。

「儀礼、私たちの子よ」

 高名な占い師『花巫女』ネネは、赤ん坊を抱えていた。
 金髪で、愛らしい顔の作りは儀礼にとてもよく似ている。
 黒い瞳をしていることから、シエンの血を引いていることは明らかだった。

「どこから攫ってきた!」

 身に覚えのない儀礼の口から出たのはそんな言葉だった。

「ああ、儀礼。お前の妹だ。愛しい里と書いて愛里あいりという」

 礼一の言葉に、儀礼はパチパチと瞳を瞬かせて、赤ん坊の顔を覗き込む。
 にぱりと笑った赤ん坊は儀礼の方へと小さな手を伸ばした。

「妹」

 ポツリと呟くと、儀礼はネネから愛里を受け取った。軽くて重い、柔らかな温もりを抱きしめる。
 ニコニコと笑う命が、儀礼の胸へと顔をすり寄せる。

「っ! 白、妹だって、愛里って言うんだって!」

 儀礼は赤ん坊を抱きしめたまま白の側へ駆け寄る。

「三月に生まれたのよ。今、四ヶ月になったの」

 エリの言葉にこくこくと頷き、儀礼はさらに愛里の顔を白に向ける。

「白、妹だよ、ほら」
「本当だ、ギレイ君に似てるね。可愛い」

 嬉しそうに笑う儀礼に、白もニコニコと笑顔を返す。

「あの、あなたが『儀式魔法の巨星』ですよね」

 立つことを許された礼一に、コルロがすかさず話しかけた。

「ああ、まあそうなるかな」

 愛里を抱いて国王に見せているエリを優しげに見守りながら、礼一はそれが大した意味のない事のように認めた。

「俺っ、尊敬してます!」

 突如上がったコルロの大声に、周囲の注目が集まる。

「俺、昔から『儀式魔法の巨星』に憧れてて。ぜひ、弟子にしてください!!」

 自分の膝に付くほど頭を下げるコルロを見て、礼一はうーんと一瞬考えるそぶりをした。
 そして、いたずら好きな少年のような笑みを浮かべて言う。

「うちの学校で教師やってくれるならいいよ」

「やります」

 コルロは即答した。

「本当に、父さんが『儀式魔法の巨星』って呼ばれる人で、魔法が使えるんだ」

 笑い上戸なイメージのコルロが、真剣な瞳で忠犬の様に礼一に従う姿に、儀礼は今更ながら礼一が特別な魔法使いであると言う実感が湧いてきた。

「ねぇ、父さん。管理局のデータごと全部、存在も記録も消したって聞いたけど、どうやったの?」

 それは、現代の『アナザー』の様なネットの超人と呼ばれるレベルでデータを扱えなければ、不可能なはずだった。

 礼一は儀礼の疑問になんと言うこともない様子で答えた。

「昔のコンピュータは実回線で全部繋がってたからな。管理局本部のデータを消せば全部消えたんだ」

「……管理局本部って、昔は警備緩かったの?」

「いや、今より厳重だったぞ」

 儀礼の顔は引きつった物になり、大きな汗が後頭部を流れ落ちる。

「父さんて一体」
「なるほど、この子にして、この親ありか」

 成り行きをおとなしく見守っていたアーデスが、儀礼と礼一を見比べ、にやりと口端を上げて笑っている。


「ああ、エリザベス。今日は城でゆっくりしていくがよい」

 小さな赤子をその手に抱いて、アルバドリスク国王がエリ達へと久し振りの再会を祝いたがった。

「お兄様。それは嬉しいけれど、でも村の人達に何も言わずに来てしまったから、心配をさせてしまうわ」

「それなら転移陣を使えばいい」

 王の間の扉が開かれ、入ってきたのはここにいるはずのない人間、玉城拓と利香だった。

「どうして、ここにいるの?」

 この人物にこの問いを投げかけるのは何度目だろう、と儀礼は呆れを含ませた視線をシエンの次期領主に送る。

「エリさん、王族の者であったなら知っていると思いますが、我が家はシエン領主。多くの国の領主と同様に玉城の屋敷には転移陣があります」

 ジト目を送る儀礼を無視し、拓はエリへと貴族の礼をする。
 その後ろでは利香が小さくスカートを摘み、やはり貴族らしい挨拶をしていた。

「家には私が一度帰っておくから、心配いらないよ。エリ、ゆっくりさせてもらったらどうだい? 帰る時にはいつでも迎えに来るよ」

 赤い炎の魔法陣を床に出現させながら、礼一は穏やかに微笑んだ。

「そう、だからいつでも来れるんだ、シャーロット・ジェシカ・ランデ・アルバドリスクス王女」

 拓がするりと白の前に跪き、白の正式名称を唱えて。

「ドルエド国、シエン領土次期領主、玉城拓はいつでもあなたの来訪を歓迎します。シエンにいらっしゃいませんか?」

 大仰な態度で貴公子然とした笑みを称える拓に、儀礼は複雑な気分で頭を抱える。国王の前で、貴族の出自を表しての名乗りと白への誘い。

(拓ちゃん、まだ白のこと諦めてなかったんだ)

 誘われた白は困った様にわたわたと周囲を見回している。白と目が合った儀礼はふわりと笑って返した。

「白は、出会った時に移転魔法も転移陣も使えないって言ってたよね。妨害されちゃうからって。でも、もう邪魔する人はいないから大丈夫だよ」

 いつでも白に会える、そう思えば儀礼の心はくすぐったい様に弾んで、自然と笑みが浮かんだのだ。
 白はその首の下から頭のてっぺんまでを一気に赤く染めていた。精霊と見紛う美貌の主の会心の笑みに、言いたかったことも忘れ、叫び声を上げない様に口を一文字に引き結んでいた。

「おや、ギレイ様。その話は初耳ですよ。車で旅がしたいために遠回りしていたんですよね」

 顎に手を当てたアーデスが儀礼を見て、面白い獲物でも見つけた様に口の端を上げていた。
 礼一やコルロ、エリまでも呆れた様に目を開いている。

「え、でも白が移転魔法は使えないって……」

 口を結んだままこくこくと頷く白を見て、確証を得ながらもアーデス達の表情に儀礼は疑念を抱く。儀礼の中で、精霊エリザベスに与えられた情報と過去の記憶が高速で繋ぎ合わさっていく。

「まさか、転移できた、のか」

「私達の魔法が妨害されるとでも?」

 呆れた様子で腰に手を当てるアーデスに、儀礼はポカンと口を開けた。
 そう、最強の魔法使いと冒険者である彼らを妨害し得る者など、この世界に存在しないのだ。

「え? え? あれ?」

 あまりに意外そうな顔をしている儀礼に、アーデスが軽く苛立ちを覚えた様だった。儀礼は開いたままだった口を慌てて引き締める。

「僕たちの旅の意味って……」

 そう言いかけて、儀礼は一瞬で言葉を止める。
 儀礼の旅の目的は何だったか、その道程はどうだったのか。

(幸せだった)

 旅の全てが楽しかった。苦労もあったし、苦しんだこともある。悩みもあり、悔いるところもある。けれど、そこに少女の笑みが合わされば、儀礼にとって全ては幸せだった。

「おいっ」

 突如、高圧的な声が儀礼へとかけられた。
 そこにいたのはアルバドリスクス第一王子、白の兄であるアルフォードだった。
 肩まであるストレートの金髪、額に宝石のある頭飾り。儀礼が幼い日に見たアルバドリスクの絵本に出てくる王子が成長したかの様な姿だった。

「お前が、妹を助けてくれたようだな。感謝する」

 睨むような挑戦的な目と、感情を極力抑えた抑揚のない声。儀礼はあまり、歓迎されていないように感じた。

『逆らえば不敬罪に問うぞ!』

 儀礼の耳の奥で、子供の頃に聞いたアルバドリスクの言葉が蘇ってきた。その日は、迷子になった『絵本の中の王子』が、儀礼に会いに来たのだ。

「フォード様?」

 古い記憶を呼び起こし、儀礼はその名を口にする。

「覚えているようだな。あの時俺は、お前が国に来れば仕事の世話をしてやると言った。今、お前に役目を与えようと思う」

 嬉しそうに一瞬はにかみ、それから深刻そうに王子は瞳を伏せた。

「この国は精霊の守護する国だ。精霊の言葉を聞き、守られる国。王になる者は精霊の声を聞ける者が適していると、俺は思っている。お前はこの国の救世主で、管理局の最高ランクを持つ賢者だ。王族の血を引き、精霊を見る瞳を持ち、国を導く知性を持っている」

 フォードは顔を上げると真っ直ぐに儀礼の瞳を見た。

「俺は、この国の次期王になるのはお前が相応しいと思っている!」

 思い詰めた血の気のない顔で、フォードは真剣に儀礼の王位を願っていた。

「……違うよ、フォード様。ここは精霊の国じゃない、人のための国だ。精霊と共に生きながら、人を治めていく国だ。だから必要なのは人間の王。誰よりも、幼い時から、この国のことを考えている、あなたのような王様だよ」

 儀礼の言葉を聞いたフォードは、一瞬泣きそうに表情を歪め、納得した様子で大きく息を吐いた。

「お前は、変わっていないんだな」

「フォード様、責任を僕に押し付けないでください」

 くすくすと笑う儀礼に、フォードは首を振って謝る。

「すまない、今の言葉は忘れてくれ。決して軽い気持ちで言ったわけではないが、俺は俺の責任を果たすべきだな」

「不敬罪って言われなくて安心しました」

 その言葉に瞳を見合わせ、二人は遠い記憶を笑いあった。

「でも、お前達に感謝しているのは事実で、その報酬と立場を用意するのは国の務めだ。お前と黒獅子には望む褒賞を与えようと、父と相談している」

 その言葉に儀礼と獅子は目を合わせ、可笑しそうに笑った。それは、歴史に記されたシエンの戦士達の名場面にあるセリフである。

「「我らはドルエドの騎士にして、シエンの戦士。里に帰ります」」

 二十余年の時を経て、シエンの戦士の子供達はアルバドリスクでその言葉を放った。
 獅子と笑い合った儀礼は、晴れやかな表情で白に向き直る。

「僕は団居儀礼まどいぎれいシエンの生まれで、父さんはドルエド人とのハーフで、母さんはアルバドリスク人。あと、妹がいて。管理局のSランクを持ってて、冒険者ランクは、えっと、白のが強いけど……」

 儀礼は白へと手を指し出す。

「白、僕と一緒に旅をしよう、シエンまで」

 儀礼の声を聞いて、車の愛華は軽やかにタイヤを回すとフロントを窓へと向けていた。

《くすくす》

 にこやかに笑う精霊愛華と、儀礼の肩へ飛び付く小さな朝月。フィオと風祇が強風を起こして窓を開け放った。

 そうなれば、白にはもう分かる。彼らが何をしようとしているのか。

「うん!」

 白は儀礼の手を取って愛華に向かって走り出した。家族にはいつでも会える。白の国を脅かす全てを、この少年は取り払ってくれた。
 白い衣に赤く染みた汚れ。己の身をかけて白を守ってくれた人。
 儀礼と白を乗せた車は、王城の窓から空中へと飛び出した。

「利香、行くぞ!」

「了様?」

 ドレス姿の利香を抱えると、獅子は迷うことなく窓を飛び出した。その身は軽い音とともに、愛華の屋根の上へと降り立つ。

「儀礼、どこ行く?」

 風に負けない大声で獅子は儀礼に問いかける。

「まだ行ってない国!」

 運転席からは楽しげな声が響いてくる。
 城の城壁を超えるまで中空を走った車は、城下の道へと車輪を下ろした。

 遠ざかる車を見て、大人達は呆れと羨ましさと、そして誇らしさを感じて大人になりかけの少年達を見送ったのだった。

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