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ギレイの旅

千夜ニイ

アルバドリスクからの朗報

 アルバドリスク王都にある屋敷の一つに白の護衛を勤めた騎士、ロッドとエンゲルがいた。窓の外を眺め、ロッドはシワの刻まれた顔をしかめる。


「町中に人相の悪い者が増えたな」


「世界中から居場所をなくした者が、仕事を求めてアルバドリスクに流れてきたようです」


「コーナルダの奴は、行き場を無くした反『蜃気楼』の勢力を取り込みにかかったか」


 白い髭を撫でながらロッドはシャーロット王女の護衛を担う少年、『蜃気楼』を思い浮かべる。穏やかな微笑みを見せながら、行動の一つ一つにその知略の高さを伺わせた高位の研究者。
 世界を変えた強者であり、上位の者を振い落した革命者である。


 その戦いに負け落ちた者達は、生きるために何でもする兵力となって、混乱の只中であるアルバドリスクへと流れ着いたようだった。


「『蜃気楼』はアルバドリスクを戦場に変えるつもりか、それともーー」


 コンコンと扉を叩く音が鳴り、エンゲルが扉を開け、外に居た男から一枚の報告書を受け取る。


「ロッド、今届いた調査報告によるとコーナルダの下に多数の外部勢力が集まっていることが確認できたそうです」


 その報告に思わずと言うように、ロッドの口元が弧を描いた。そしてついには、かっかっと愉快そうに声を上げる。
 欲しい時に、容易に手に入る兵力が流れ込み、囲い込めば気を大きくして事を起こす。


「奴らのなんと、浅い考えか。『蜃気楼』は、アルバドリスクの敵も背負い込んでいたと言うことか」


 ロッドは杖を握りしめると、扉へと向かう。


「餌に食い付き、早々に尻尾を出したコーナルダ家を、王家を裏切った者を、この国は許しはしない」


「はい、もちろんです」


 鎧に描かれた王家の紋章に忠誠を表し、エンゲルはロッドに続きその部屋を出た。国を裏切る犯罪者に情けは無用、王都内に正規報告以上の私兵を抱えるコーナルダは十分に、裁くに値した。


 怒涛の捕り物劇が、アルバドリスク王都で行われようとしていた。




 所変わり、ドルエドの湖付近に儀礼達はやってきていた。
 夏の湖は、涼を求める人でなかなかの賑わいがあり、水着を着た見知らぬ若者達が幾人も心を浮き立たせていた。


 すぐ側のコテージには着替えの出来るスペースもあり、湖は遊楽の場の一つになっている。


 車を邪魔にならない場所に止め、簡易の着替えボックスで着替えをして、儀礼達も夏の水場の高揚感へと飛び込む。


 儀礼と白は、色違いのラッシュガードとハーフ丈の海パンを着用している。周囲からは仲の良い兄弟に見えるだろう。


「お嬢ちゃん達、姉妹? めっちゃ可愛いね」
「可愛い〜」
「俺たち暇してるからいつでも声かけて」


 通りすがりの若者達が囃し立てるように声をかけて行く。儀礼と白が姉妹に見える者も中にはいるようだ。


「リカ、可愛い! 凄く似合ってる」


 水着に着替えた利香に、白が顔を輝かせて駆け寄った。濃いピンクを基調としたスカートタイプのビキニ姿で、周囲の視線をその大きめな胸に集めている。
 黒く長い髪は赤いリボンで結われていた。


 利香の背後には周囲に睨みを効かせるように、目付きを悪くした獅子が立っている。
 獅子を中心に、儀礼達の周りは明らかに人口密度が減っていった。


「さて、人払いも済んだし遺跡に行こうか」


 白の手を掴み儀礼は湖へと突き進む。


「遺跡、遺跡だよ、いせきっ」
 空気の泡に包まれた儀礼が感激の叫びを上げる。


「何千年も前の人間が使っていた建物だ。地盤が沈下して水が溜まって、人がいなくなっても、水の中にあって植生と共存しあってるのに劣化も崩壊もしてない。これからも何千年と人類の歴史にーー」


 うんたら、かんたらと興奮して喋り続ける儀礼を、白は苦笑交じりに眺めていた。
 今、儀礼達は精霊シャーロットの力で湖の底に潜っている。水の膜で周囲を覆い、空気の泡に囲まれた状態で水中の遺跡の中を歩く。


 光の届かない暗い遺跡の中を、腕輪が白い光で照らし出し、壁に掘られた模様のような文字を満足気に眺めて、儀礼はにこにこと笑っている。
 湖底の遺跡まで探索に来たのは儀礼と白だけで、獅子と利香、拓は湖のほとりで水遊びを満喫しているはずだ。


「遺跡には何千年と残る補強を掛けていたのに、地盤には手を出さなかったのか出せなかったのか、気になるよね! 地盤に手を出すとしたらどこまで地中深くのーー」


 儀礼の声以外、静まり返っていた空間にピピッと言う電子音が響いた。途端に儀礼はハッとして口を閉じる。


『マドイ様、ご機嫌いかがでございましょうか?』


 儀礼の取り出した小さな黒い箱からロッドの声が発せられる。


「大丈夫、僕と白しかいないよ。水の精霊の結界の中だから誰かに聞かれることもないです」


 儀礼の返答に箱からホッとしたような息遣いが聞こえた。


『奴の尻尾を捉えました。間も無く本体も拘束できることでしょう』


「随分早かったね。さすがアルバドリスクの騎士です」


『どうもユートラスが手を引いたようで、後押しする者が居なくなり事を急いたようです』


 ロッドの言葉に儀礼はにんまりと笑う。


「じゃあ、車で向かうならもうそっちに行っていいんだね」


『はい、七日以内には必ず終えましょう。シャーロ様に幸ありますよう』


 ピピッと音を鳴らし、通信は途切れた。


「ギレイ君、今の!」


「うん、ロッドからの朗報だね。白、国に帰れるよ」


 白を見てにっこりと笑う儀礼だが、その顔には少し元気がない。


「白、あのさ。急いで帰りたいのは分かるんだけど、あの、その、えっとさ」


 ばつの悪いように儀礼は右に左にと視線を揺らす。疑問気に首を傾げる白の手を取ると、儀礼は膝を屈め白と視線を合わせた。戸惑いがちに上目遣いで見る儀礼の瞳は薄っすらと濡れているように見える。


「もうちょっと、一緒に遺跡にいていい?」


 間近に見えた儀礼の綺麗な顔に、白は顔を真っ赤にして無言で頷く。


「良かった。白、行こう!」


 儀礼は嬉しそうに笑うと、白の手を取ったまま歩き始める。


「それでね、他の国は魔法で作り出した魔法陣を使っていくのに、アルバドリスクは精霊を信仰してその力を借りるんだ。他の国とアルバドリスクの違いは精霊を見る瞳にあったんじゃないかって言われてるんだけどーー」


 儀礼のうんたら、かんたらは続く。


「あの、ギレイ君。そろそろ空気が無くなるから、戻ろう?」


「白、もうちょっとだけ。ね、ここだと原文で読めるんだ。ほらここ、水草で隠れてるけど、MじゃなくてIとNなんだ。だからスペルが変わって意味が……」


「ギレイ君、死んじゃうから!」


 白の困りきった叫びに儀礼はコトンと首を傾げる。


「あと三十分は動けるけど、白、苦しい? 風祇ふうぎ、酸素ちょうだい」


 儀礼は風の精霊へと呼びかけた。


《今のこいつに与えていいのか悩むよな》


 やれやれ、といった表情でため息を吐きながらも、風祇は白と儀礼のいる球体へと酸素を注ぎ込んだ。


 それから三十分後、儀礼と白は陸へと戻った。


「昼ご飯の時間なのに呼びに来ないから、何かあったと思ってたら、案の定」


 湖のほとりに、百に近い傭兵らしき者達が転がっている。あと数人、指揮官とその護衛と思われる男達が武器を持ったまま立っていた。
 それに対峙するのは、短パンに上半身裸で剣を持つ獅子。


「わお、獅子男前っ」


 儀礼の軽口に、うるせえ、と返し獅子は光の剣の力を解放する。獅子の軽く振った剣が不可視の質量を持って、数十メートル離れた位置に立っていた男達の体を吹き飛ばす。
 衝撃に飛ばされ、湖面を幾度かバウンドした男達は、気絶したまま湖に沈んでいく。


「やべ、やり過ぎた」


 慌てて獅子は剣を利香に預け、湖へと飛び込み人命救助に向かう。
 泳ぐ獅子の姿を利香は瞳を輝かせて見ていた。


 拓は椅子に座ると持っていた剣を置き、ふんぞり返って足を組む。
 その肩を、見知らぬ若者が揉み始めた。別の者が茶を進め、別の者が拓をうちわで扇ぐ。


「ところで、拓の後ろで怯えてるお兄さん達は誰?」
「下僕だ」


 拓の平坦な声に、若い男達はこくこくと頷く。


「連れてきたの?」
「現地調達した」


(下僕って現地調達するものだっけ)


 儀礼の額を汗が流れていく。


「お前ら、この転がってる奴ら警備兵に引き渡してこい」
「「「はいっ!」」」


 勢いよく敬礼した若者達は、倒れた傭兵達を縄で縛り、コテージへと走り、町の警備兵へと連絡を付ける。


「短時間であの連携とか、相変わらずの統率力に呆れるんだけど」


「ぁあ? 褒めてるつもりか? 怪我人が金髪に偏ってる理由に心当たりがあるなら先に吐け」


「すみません、怪我した人達に謝ってきます」


 しゅんと身を縮め、儀礼は項垂れる。


「お前が身を隠したってことは狙いはシャーロの方か」


「ただのお金目当ての雑兵だから放置したんだけど、まさか見ず知らずの人に襲いかかるなんて思わなかった」


「先に手を出したのはあの下僕どもだからな。殺されそうになった所を、俺の物にして助けてやったんだ」


 顔を覗き込まれた若者の一人が、「こんな不細工じゃないだろう」と言った傭兵の言葉に腹立ち、スコップを武器に数人で殴りかかったのが始まりらしい。


 派手な乱闘騒ぎになり、警備兵がやって来る前に手っ取り早く仕事を終わらせようと、傭兵達が荒い手段に出たと言う。


 元々、戦うことを生業としている傭兵と、一般人では勝負は目に見えている。拓はそこに割って入ってあの若者達を助けた。


「ここで死ぬか、俺の下僕になるか選べ」と選択肢を与えて。


「まあ、拓ちゃんのはいつもの事だから置いといて。アルバドリスクの件、目処が立ったから白を連れて行くよ」


「アルバドリスクか」


 拓は顎に手を置き何かを考え始める。


「白が……僕の弟だったら良かったのに」


 そうしたらずっと一緒にいられる、と儀礼は小さく呟く。


「俺はシャーロがお前の弟でない事に、感謝するね」


 白との別れに落ち込む儀礼に、拓はニヤリと笑みを浮かべる。


「シエンの手に負えない人間がいると思うか? お前や重気さんや、その仲間も受け入れる場所だぞ。シャーロが望めば俺は里に迎える」


「白はっ! 白は……」


 それ以上、儀礼の口からは言葉が出てこない。


(白はアルバドリスクの王女様で。僕の従妹だけど、でもそれは公にならない事実で。じゃあ僕は白の……)


 何者にもなれないと、顔を青ざめ、愕然とする儀礼の頭にはなぜか、友達という言葉が浮び上らなかった。

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