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ギレイの旅

千夜ニイ

豆の木

 書類の木箱を拾ってから、儀礼とシュリはユートラスの管理局を訪れた。管理局の受付を通し、応接室で責任者と対面する。


「申し訳ないけれど、書類の確認をするので暫くお待ちいただいてもよろしいかしら?」


 藤色のパンツスーツをピシリと着込んだ金髪の女性が、薄く色の付いた眼鏡を上げて首を傾げる。長い髪は頭の後ろで結い上げられ、細い首筋を晒していた。その首を辿った下には、スーツでは隠しきれない豊満な胸が山を作っている。


「お客様にお茶を」


「はい。どうぞ、お茶をお飲みになってお待ちください」


 側に立っていた丸眼鏡の女性が、氷の入ったグラスを二つ出し、儀礼達に微笑む。ティーポットからお茶を注ぐと会釈をして、また責任者の隣に控えた。


特別待遇・・・・か。いいな、超絶美人の管理局職員。仕事出来そうな雰囲気で眼鏡とか、似合う」


 シュリが小声で儀礼に話しかける。


「それと、あっちのふんわり美人は太もも見えそうな際どいスカートで給仕なんて、やばい」


 にまにまと頰を緩めるシュリを見て、儀礼もくすりと微笑む。


「うん、美人だね。それに瞳の模様も素敵だ」


 小さな声で儀礼がそう言った瞬間、女性達の持つ雰囲気が一変した。
 女性二人の掛ける色付きの眼鏡、その下にある瞳には幾何学模様が見て取れた。ユートラスの軍部で瞳に魔力を高める魔法陣を刻んだ兵士。


「やっぱり、サイボーグのお姉さん達。この短時間でこれだけの武力を集められるなんて、さすがユートラス」


 瞳を輝かせて言う儀礼と、ニヤリと口端を上げて背中のアックスに手を掛けるシュリ。
 その言葉を合図にしたかのように、ドタドタと足音を鳴らして、何十人もの兵士が応接室へと駆け込んでくる。その先頭には瞳を光らせるユートラスの精鋭兵達。


「このまま大人しく投降なさい。外にはもっと多くの兵がいるわ」


 管理局責任者の金髪美女が言う。


「投降なんて、僕なんか悪いことしたみたいな言い方だね」


「あなた、自分が何をしたか自覚がないのかしら? 世界中の研究者達を混乱に陥れて、発展を妨げ、文明の衰退を促したのよ。あなたみたいな男が管理局の王だなんて、とんでもない迷君だわ!」


 儀礼を指差し、女性は兵士達に命令する。


「今こそ、ユートラスこそが世界の英雄となる時よ、世界を破滅へ導く『蜃気楼』を捉えなさい」


「「「おおー!!」」」


 兵士達の声が室内を震わせ、捕縛するための結界や鎖を始め、幾通りもの魔法と武器が儀礼とシュリへと襲いかかる。


「ギレイ、とりあえずそこの指揮官抑えないと移転魔法は使えないからな」


「りょーかい」


 燃え盛る黒い炎を撒き散らし、シュリはアックスを振り回す。一振りするごとに黒い風が駆け抜け、兵士達を薙ぎ倒す。闘気で強化された力は捕縛の鎖を引きちぎり、磨き上げられた闇の魔力は封印の結界を消滅させる。


「シュリ無双。頼もしい」


 ピンクの結界の中で小さく丸まり、儀礼はくすくすと笑っていた。
 シュリの武器は黒い魔力で覆われており、その刃を封じていても相手の体を吹き飛ばし、練られた魔力を霧散させる。
 守りも攻撃も一人でこなす斧戦士。頭脳戦でもその知略を見せてくれた。


「しかし、これはキリがないな。ギレイ、これ以上やると何人か殺しちまうんだが」


 床一面に兵士達の気絶体を転がして、シュリは一度儀礼の隣へと舞い戻る。扉や窓からはまだ、後続の兵士達が侵入してくる。倒れた兵士を踏み付け、平然と前進する兵士達。


「外に出ようか」


 軽く言って儀礼はポケットの中から緑色の小さな粒を取り出した。それを兵士達に見せるように摘み、儀礼はにこりと笑う。


「空まで育つ豆の木の話を知ってる?」


 儀礼の言う豆の木の話は、誰もが一度は聞いたことのあるような子供向けのおとぎ話。空まで育つ豆の木を登り、天空の国に行き、宝物を見付ける話だ。


「その豆粒が、天空の豆だとでも言うのかしら?」


 嘲るように言う金髪の女性だが、その表情からは焦りと不安が滲み出ていた。
 管理局の王、天下の『蜃気楼』が相手ならば、何が起こっても不思議ではない。
 兵士達は用心深く武器を構えて、襲いかかるタイミングを計る。


「まあ、ご覧あれ! 天まで届け、大きな芽〜」


 儀礼の手の平で緑色のマジックシードが芽を出しぐんぐん育ち始める。片手で持てなくなった木の芽を、儀礼は床へと放り出す。
 バキバキと音を立てて伸びる枝は、すぐに儀礼の背を越し太くなり、床に根を張り、壁や天井にひびを入れ、窓や扉から枝葉を茂らせる。ついには天井を壊し、管理局の屋根まで破壊してさらに上へ上へと伸びていく。
 儀礼とシュリはその枝の一つに掴まり、木と一緒にぐんぐんと高い場所に登っていく。


「逃さないで!」


 金髪美女の叫んだ声に反応して、兵士達は慌てて太い幹へと飛び付く。目の前で起きた光景に、思わず息をつめて標的を見送ってしまっていた。
 兵士達が巨大な枝葉をよじ登るその間にも、幹はどんどんと成長している。葉を広げ蔓を伸ばし、兵士達の視界を奪い、体を絡めとり、ついには大口のような不気味な花を咲かせた。


 未知の猛獣が無数に口を開けて待っているような恐怖に、兵士達は怖気付く。


「ただの花よ、恐れることないわ!」


 金髪美女の発した声に鼓舞され、兵士達は武器や魔法を手に、花へと攻撃を開始する。しかし、多数の攻撃を受けても花は花びらを一枚ひらりと落としただけで、その姿を留めていた。


 突然、ぐるりと花々が回転したかと思えば、近くにいた兵士をばくりと飲み込んだ。あちらこちらで次々と仲間が飲み込まれる光景に、兵士達は絶叫を上げ顔を青く染め恐慌状態に陥る。


「人食い花だ!」
「こいつら人間を食うぞ!」


 怯えた兵士達が少しずつ後退し、気付けば我先にと、何百もの兵が巨大な木から駆け下りていく。


「引いてはだめ! 相手はたかが植物よ。今『蜃気楼』を逃せば世界の破滅を容認する事になる。人類全てが我々の勝利を願っているのよ! ここで英雄になるか、臆病者として罵られるか、覚悟を決めなさい!」


 一呼吸起き、金髪美女は魔力を溜めた腕を掲げる。


「武器を構えよ! 私達は、英雄になる!!」


 再び鼓舞された兵士達が、武器を構えようと向き直った時、それは起こった。
 空気を弾くパチパチッという軽い音と共に、丸い飛礫つぶてが雹のように兵士達に降りかかっていた。


 パララララッ、と無数に降り注ぐ豆粒は貫通するような威力はないが、兵士達の身を怯ませるだけの硬さと勢いは十分にあった。


「くっ、いててっ」
「いてっ、痛い、何だこれは!?」
「攻撃だ、障壁を張れ!」


 何とか体制を整え、兵士達が周囲の状況を確認すると、天高くにある、巨木に成った豆のさやから、次々と硬い豆粒が撃ち出されていた。


「これは、兵器か!?」


 驚きの声を上げる兵士達を上空から見下ろして、儀礼は得意げに言って返す。


「種を飛ばす種類の植物です。ちょっと大きくしただけで、元々はその辺にもある雑草ですよ」


 にっこりと、いたずら好きな子供の笑みを浮かべて、儀礼はさらにポケットから緑色のマジックシードを取り出す。


「そーれ、大きくなあれ」


 パラパラと地面に降った複数の豆粒が、ニョキニョキと芽を出していく様に、兵士達は凍り付く。


「た、助けてくれ!」
「許してくれぇ」
「もう嫌だ、見逃してくれ、悪かった」


 涙と鼻水で顔をグチャグチャにして泣き叫ぶ兵士達に、金髪美女が苛立たしげに叱咤を飛ばしている。しかし、その声は兵士達の喚き声に掻き消され、そして、美女は大きく口を開けた花に頭から飲み込まれた。


 阿鼻叫喚の場は、種を吐き出しきった巨大な木が枯れ落ち、しばらくしてからようやく落ち着きを取り戻した。
 花に飲み込まれたはずの兵士達も、金髪美女も、花の蜜と花粉に塗れた姿ではあるが、無事に地面へと吐き出されていた。


 今、ユートラスの兵士達は『蜃気楼』と呼ばれる、Sランクの者の力を噛み締めていた。
 正直、ユートラスは『蜃気楼』の力を侮っていた。いくら強力な兵器が作れても、結局は冒険者ランクの低い文人。力で抑えて言うことを聞かせられると捉えていた。


 今回も、初めは護衛だけに戦わせて後方に控える『蜃気楼』に、戦闘能力はないと、認識していた。
 その結果が、複数部隊の壊滅。死者ゼロ人、重傷者多数、戦意喪失者総員。
 精神的なダメージが兵士達を立ち上がらせることすら不能にしていた。


「これだけの力があって、なぜ使わないのよ。それだけの力があれば、我が国などとっくに……」


 ギリと奥歯を噛み、自分達の不甲斐なさを露呈させた『蜃気楼』を、金髪の美女が不満げに見上げる。


「まだ種あるけど、もう少し蒔いてみる?」


 にっこりと笑う儀礼に、美女は顔を真っ青にして首を振り、周囲の兵士達は逃げ惑った。その様子を見て、儀礼は困ったように苦笑する。


「世界は一人の力では支配できないよ。一国でも無理。人には考え方が沢山あって、暮らし方も違う。いくつもの国があって、管理局や冒険者ギルドみたいな組織があって。寄り添って、会話して、違う意見もぶつけて。そうしていってやっと、もっと大きなことが出来る」


 儀礼は高い空の上を見つめた。儀礼の祖父、修一郎が見ていた世界を、想像して。


「砂漠に森が作れる、海底に町が作れる。空を走る道だって作れる。人は新しい歴史に出会える。それはきっと人の想像を超えるものだ」


 深遠な知慮を宿す瞳。虚空を見つめる真剣な眼差しが、人々の心を惹きつける。力強い意志のある言葉が、心を射抜く。


「見ている世界が違うみたいね。あなたと私達は」


 美女の言葉にぱちりと瞬きをして、それから儀礼はにっこりと微笑む。


「僕の目には美人のお姉さんが見えます」


 儀礼の言葉にしばし呆然としていた女性は、その意味を飲み込むと儀礼の瞳を見つめ、頰を赤らめてゆく。


「あれ、お前なあ、今そう言う話だったか?」


 儀礼と女性の間に浮かび上がった空気に、シュリが首を傾げて割って入る。頭のいいはずの少年は、たまに突拍子もない言葉を吐く。


「あ、シュリご苦労様。怪我人の輸送終わったの?」


「ああ。これで仕事は終了か?」


 くるりと周囲を見回し、戦意のある者がないことを確認すると、シュリは儀礼へと次の行き先を促す。


「もう少し、やりたいことがあるんだ。まだ緑の種が残ってるから、ユートラスの本部に行って蒔いてくる」


「本部って」


 嫌な予感に、ひくりとシュリが頰をひきつらせる。


「種まいて、お話ししたらここの人達みたいにわかってもらえるかもしれない」


 軽く言ってのける儀礼だが、本部に侵入など、まともでない。侵略攻撃と捉えられるのがオチだ。
 いや、儀礼のやろうとしていることは、そのものズバリなのだろう。


「ちょっと行って種まきして、お話ししてこようと思うんだ」


 楽しげに言う儀礼の言葉に、金髪女性を始め、周囲の兵士達もみな再び顔を蒼ざめたのだった。

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