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ギレイの旅

千夜ニイ

善良でない者

「う〜ん、困った。転移陣がない」


 建物内の全てを確認し終えた儀礼は、この研究施設内に転移陣が無いことを知った。これではここに居る者達を移動させる手段がない。回復魔法で傷を癒せたとは言っても、精神面の傷までは治せない。


 それに、長期間拘束されていた者はまともに歩くことも叶わない程に衰弱している。
 穴兎やヤン達には今、重要な仕事を割り振ってきたばかりだ。


「ハウストさん」


 アーデイルと抱き締め合っているハウストに遠慮しながらも儀礼は声をかける。


「ここにいる人達の身内に心当たりはありませんか? アーデスを恨んでいる人、たくさんいるって言ってましたよね」


 ハッとした様に瞳を開いたハウストは、すぐに何事かをぶつぶつと唱え出した。魔法で連絡を取っているのだろう。
 次の瞬間には、ハウストを中心に色とりどりの魔法陣が現れて、大勢の人が室内を埋め尽くしていく。


「ハウスト、娘はどこだ?」
「親父がいたのか?」
「ニーナがいるかもしれないだと!」


 騒々しい人の声で、誰が何を言っているのか判らず収集が付かない。しばらくして陣を取るものが現れ、組織的な動きで被害者達を保護し始めた。


「『蜃気楼』、感謝する。まさかアーデイルが生きているとは思ってもみなかった。俺たちはアーデス襲撃から手を引く。だが『蜃気楼』、呪いの武器に気を付けろ」


 出会った時と同じくらい真剣な表情でハウストが言う。


「呪いの武器」


 どれ程の堅牢さを誇っていても、内面から闇に絡め取られてしまえばただではすまない。魔法でも兵器でも相手にならないアーデスでも、呪われた武器での攻撃はどうだろうか。


「分かりました、ありがとうございます。それから、僕の名前はギレイです。名乗らなくてごめんなさい。ハウストさん、ここ、任せていいですか? 僕、やらなきゃいけないことがあって」


 ふわりと笑う儀礼にハウストは戸惑いを表す。アーデイル達は身勝手な研究者達の実験の被害に遭いはしたが、元々犯罪者だ。それを身内だけの集団に預けていくとは。


「任せて、いいですよね」


 真剣な瞳をした儀礼に、ハウストは深く頷く。例え身内だとしてもハウスト達はただ甘やかす事はしない。それではハウストの忌み嫌う人間達と同じだ。


 儀礼には、いや管理局には今、割り振れる人材がいない。それに、儀礼にはやることがある。


(弱い者が善良であるとは限らない。どうして僕は見逃していたんだろう)


 氷の谷の情報を流していた犯人は、氷の谷で長い時を生かされ続けた者の中にいた。


「さて、書類も置いてきちゃったし、僕も移動しなきゃいけないし。移転魔法使える奴にちょっと手伝ってもらおうかな」


 儀礼は朝月の力を使ってその少年の姿を探す。脳裏に焦げ茶色の髪を捉えた瞬間に、儀礼の前に黒い移転の魔法陣が浮かび上がる。


「何の用だよ」


 黒い炎の様な魔力を散らして現れたのは、儀礼よりもだいぶ背の高くなった少年、バクラムの長男シュリだった。
 古代の防具を身にまとい、大きな斧を背に掛けている。


「ちょっと手伝ってもらいたいことがあって。犯罪者の捕縛なんだけど、えっと移動手段がなくて」


「俺は移転係かよ。捕縛の仕事の方よこせ」


「あ、今から依頼出す。シュリの名前で受ければいいね」


 儀礼は慌てて手袋のキーを押す。


「何で俺の名前で受けるのまでお前がやってんだよ。ったく、無茶苦茶な所は変わらないな」


 ガリガリと後ろ頭をかいてシュリは呆れ顔をする。散々遺跡探索などに付き合わされて、儀礼の突然の行動には慣れたものだった。


「それで、どこに行くんだ。と言うかここは何だ、病院か? やたら怪我人や病人が多いな」


「人体実験研究所。研究者達はみんないなくなった後だけど」


「人体実験……なるほど、あの宣言の影響か。相変わらずやることのスケールがでかいよな、世界変えちまうとか」


 片方の口端を上げてシュリは儀礼を見る。耳を超える長さまで伸び放された金髪、体型を隠す長い白衣。そこに立つのは天使と見まごう美貌を持つ女性ーーではなく少年。この若さで世界中に影響力のある管理局の頂点へと登りつめた。


「まあ、そのおかげで忙しくてね。サウルの研究所に行って欲しいんだけど」


 了解、と唱えてシュリは儀礼を連れて移転魔法を発動する。向かうはサウルの研究所。
 儀礼に触れた右腕から白い光がシュリに情報を伝える。犯人の男の顔がシュリの脳裏に現れた。


「こいつを捕まえればいいんだな」


 ニヤリと笑った瞬間にはシュリは走り出していて、鮮やかな手並みで一人の男を床へと押さえつけた。
 ゆっくりと男の前へと歩いてきた儀礼は顎に指を当て考えるように言う。


「もう収容施設はどこもいっぱいなんだよね。こんな犯罪者を何人も未来に残しても邪魔にしかならないし。やっぱり殺しちゃうのが一番いいのかな?」


 表情を少しも変えない人形の様な作りめいた顔で、少年は男を見る。


「それとも、指のない人に指を、足のない人に足を、目のない人に目を、分け与えればこの世の役に立つかもしれない」


 膝をつき、男の目の下に触れながら言う儀礼に、男は顔を真っ青にして震え始める。そこにいるのは狂気の研究者の様だった。
 演技だと分かりながらも、背中に怖気の走る感覚にシュリは表情を歪める。


「皮膚を、髪を、血を。ああでも、心臓は分け与えることができるのかなぁ?」


 ことりと、音の鳴りそうなほど不自然に儀礼は首を傾げた。
 腕を背中に回され、床に平伏す男は抵抗する術もなく目に涙を浮かべる。口をパクパクと動かすも、言葉は音になることなく喉を通る息と共に霧散する。


「どこから取れば生き延びる? 血を止めて切り落とせば手足は大丈夫だよね。目も、耳も、鼻を削ぎ落としても大丈夫。そうだ、内臓があれば血液は作り出される。生かしておけば人の役にも立つ。……ねぇ。生きるのと、死ぬのどっちがいい?」


 問われた男は、拷問の手順の様に並べられた行為を想像し、恐怖に耐えきれなくなり叫び声をあげる。


「ひいっ、嫌だ! 殺してくれ、一思いに死なせてくれえ!」


「でも、あなたのしてきた事は、そういう事だよ。僕の監視下に置かれる人達を、連れ去って売り払った。その人達がどういう運命にあるか、分からなかったはずがない。監視を怠った僕にも責任があるけど、あなたのした事は許されない」


 悲しみや、怒り、複数の感情の入り混じる遣る瀬無さを顔に出し、決意した様子で告げる。


「連れて行って」


 儀礼の声に警備をしていた二人の男女が進み出て、その男を引き立てる。


「嫌だ、助けてくれ!」


「研究所の一室に閉じ込めて、この薬を飲ませてくれ」


 震える男を冷めた目で見てから、儀礼は錠剤の入った小さな薬瓶を女性の方に渡す。そして受け取った女性の耳元で何事かを囁いた。女性はコクリと頷くと助けを求めて喚き散らす男を連れ、警備の男と共にその部屋を出て行った。


「何の薬を渡したんだ?」


「ああ、睡眠薬。肉体の時を止めたまま精神で生き続けた人だから、今度は精神を眠らせて肉体の歳をとらせる。皮肉だよね」


 自嘲するように言い、顔を伏せる儀礼にシュリは安堵の息を吐く。


「本当にやるのかと思ったぞ、さっき言ったこと。ただの睡眠薬か。世界中の犯罪者が泣いて喜びそうな刑だな」


 瞳を上げた儀礼にシュリは小さく笑う。


「これで仕事は終わりか? 随分楽な仕事だったな」


 肩慣らしにもならない、とシュリは両方の肩を回す。


「もう一つ、手伝って欲しいことがあるんだ」


「何だ?」


「ユートラスに書類を届けるの。ゴタゴタして、遅れちゃった。頼んでいい?」


 儀礼の言葉にシュリはニイと笑う。


「報酬のある仕事ならな」


 頷いて、儀礼はまた手袋のキーを叩いた。

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