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ギレイの旅

千夜ニイ

変化の陣

 儀礼がブローザの研究所へと乗り込み、そのまま変化を解くための本部はブローザの研究室へと変わった。
 元々そこには研究に必要な物が全て揃っている。
 人員の移動だけで作業は開始された。


 最初の手掛かりはヤンが見付けた。
 ガスカル達狼になった三人を見て気付いた事がある、と控えめに手を挙げた。


「えっと、その、三人の魔力に共通性があり、ます」


 オドオドと自信なさげな発言だが、儀礼達はヤンの魔力に関する実力を知っている。


「こっちのブローザさんの研究室の五人は?」


 儀礼は、研究室へと運び込んだベッドで眠っている五人を示す。


「皆さん、魔力の強さなどはバラバラのようです。あ、でも。ガスカルさん達を含めて、全員がそれぞれ一種類の属性しか持っていないように感じます」


 木製の杖を握りしめてヤンは答えた。


「ガスカル君達、三人の狼になった人達の持つ共通性。全員の一種類の魔力。関係ありそうだよね」


 顎に手を当てて儀礼は考え込む。
 しかし、魔力に関してを儀礼が考えても何もわからなかった。


「魔法薬がーー」


 静かに押し黙って考えていたブローザが、何枚もの紙の資料を机の上に置き口を開いた。


「魔法陣の発動の切っ掛けとなる魔法薬が、一人に効果が出るようになっているの。一種類の魔力のみに反応するように」


 資料をさっと眺めたアーデスが頷く。


「魔法薬は、魔法陣を発動させるためのものか。個人、属性、魔力の量。これだけの分類を魔法薬に振り分けて、なお魔法陣からの効果の抽出。確かにこれは現況で上位の魔法薬だな」


「アーデス達が難しい話始めた。えーっと、つまり一種類の魔力は魔法薬の効果だって事ね」


「ああ、あと狼三人の魔力が共通していることから、この魔法薬による分類で発動条件に合う魔力を持った者のみに魔法が発動した」


 アーデスの言葉にふむふむと頷き、儀礼は思考を纏めつつ、動物になった者の体を濡れたタオルで拭いていく。
 弱った皮膚を傷めないよう、丁寧にゆっくりと。
 ヨルセナの姉だけは女性であるので、ヨルセナが一生懸命に梳っていた。因みにヨルセナの姉は今、熊の姿である。


「これが、ドードーっ。ぁあっ、奇跡が目の前にある」


 古代に絶滅したその鳥の体を拭く作業を始めた儀礼が、瞳を輝かせる。テンションの上がった儀礼を、白や獅子が落ち着かせようとなだめる場面が幾度かあった。
 研究者の顔になった人間は厄介だ。
 捕り物に来た儀礼が捕らえられる側になりかねない。


 動物達の体調を見終えた儀礼は、また深く思考に潜り込む。


「魔法薬によって振り分けられたんだとして、魔法陣が発動するための魔力がそれぞれ違うってことか。魔法陣の効果は変化ってことでいいのかな?」


 儀礼の言葉に頷き、コルロが資料棚から複数の紙を持ち出して来た。


「使われた魔法陣は六種類ある。まあ、想像の通り六種の動物ごとに違う魔法陣だ。それからここにいない動物の魔法陣もあった」


 複雑な紋様の描かれた紙が広げられる。


「ワニ、ヘビ、ダチョウ、ラクダ、魚、植物」


 コルロが動物の名を挙げるたびに、ブローザ達研究員の表情は暗くなる。


「これらは失敗したってことか」


 苦笑すら浮かばないコルロの顔に深刻さが増してゆ。


「もちろん、ヒトも試したんですよね?」


 ヒトに変化できれば人間に戻れる。そういう魔法陣であるようだった。


「変化の陣は発動したの」


 ヨルセナが口を開く。


「ワニもヘビもダチョウも、みんな変化はしたのよ。でも、その後に直ぐに容態を悪くして。あっという間だった。今生き残った姉さん達を助けるので、精一杯だった。ふっうっ」


 途中から涙を流してヨルセナが語った。
変化に成功し、喜んだのもつかの間、次々と倒れた仲間達。そして、救助のための人間への変化の魔法陣は発動しなかった。
 重い沈黙が室内を占める。


(人が魚になったら窒息するじゃん)


 重い空気を読んだ儀礼は思っても口に出せない。


 ヘビもワニも変温動物だ。自ら熱を発する恒温動物の人間が身体機能を変えないまま、その形になったとしたら。


「アーデス、『見て』もいいよね」


 儀礼が、眠っている動物達へと鋭い視線を向ける。


「死なせるなよ」


 軽く肩を竦めてアーデスは言う。


「大丈夫。眠ってれば多分気付かれないから」


 真剣な表情で儀礼は動物達を『見る』。


「うん、やっぱり人間だよね。だから、多分だけど。人間が人間には変化出来ないんだ」


 そして、儀礼はそう告げた。


「元に戻すとか、逆って意味には出来ないか?」


 クレイルが新しく魔法陣の案を描き出す。
 コルロが覗き込み、なるほどと唸る。


originオリジン、起源か。いい線いってると思うけど、それだと魂とかに分解されそうだよな」


 人の到達したことのない分野に手を伸ばすのだ。不安分子は出来るだけ避けておきたい。


「それって光とかにしたら人間が光になるってこと?」


 儀礼の疑問にその場の全員が頬を引攣らせる。
 やってしまいそうなのがこの少年なのだから。


「発動しないだろう。存在が全く違う物だ。万が一、人が光に姿を変えられたとして、エネルギーを使い切ったら無へと消滅するだろうな」


 アーデスの答えに、ふむと儀礼は納得する。


「質量の違い過ぎるもの、形のないものにも変化は出来ない、か。だからアーデスがマウスで試した時、マウスは狼になれずに死んでしまった。大きさが違い過ぎるから。同じ大きさで人であって人でないもの。うーん」


 考え込む儀礼にクレイルが提案する。


「名前はダメかな?  俺の使ってた補強用の魔法陣に『レイ』って名前が入ってたんだ。そこは使用者の欄なんだけど、変化の対象先に名前を入れたら元の本人に戻れるんじゃないか?」


「そうそう、補強用の魔法陣。俺、そのままじゃ使えなかったんだよね」


 クレイルの使っていた学院の地下を補強していた魔法陣を、そのままではコルロは使えなかった。
 しかし、魔法陣自体には共通点がある。
 コルロの使っている腕輪の魔法陣は、誰にでも使えるものだ。それはコルロの権限で管理局から外に出ないよう制限している情報。


「名前入りとはね」


 憧憬の篭った顔でコルロは笑う。


「誰にでも使える魔法陣を作り出したと思えば、個人にしか使えない鍵のかかった魔法陣まで作り出してたなんて。やっぱり『儀式魔法の巨星』は凄いよ」


「『儀式魔法の巨星』? クレイルの魔法陣もその人が考えたんですか?」


 コルロの言葉に儀礼は疑問を口にする。


「同じだよ、同じなんだよ、魔法陣の描き方が。ただでさえ複雑な魔法陣を、魔力で物に焼き付けるって言うのか、魔法も魔力もかなりのレベルで自在に操れないと出来ない方法だ。そんな物を考えて作り出す人間が何人もいてたまるか」


 それに、とコルロは付け足す。


「王都の学院の地下にあったんだろ。『儀式魔法の巨星』も王都の学院にいた。こんな一致があり得るか?」


 コルロの話を聞きながら儀礼の体は震える。それ以上は危険だと、何かが儀礼の体の内から警鐘を鳴らしていた。


「名前は『レイ』。儀礼、お前の父親ーー」


「前にも言いましたが、僕の父さんは魔法なんて使えませんよ。レイって音の入ってる名前の人はいっぱいいます。今はそれよりみんなを人間に戻す方法です!」


 うーん、と唸って儀礼は拳を口元に当てる。


「ヒト、人、ひと、ヒューマン、ホモ、マン、オム。オム(男)?」


 自分の声にハッとしたように儀礼はクレイルの描く魔法陣を指差す。


「クレイル、オムファムだ! 一度反転させてから戻せばいい」


「っ、ああ。そうか!」


 ダンッと机を叩き、クレイルは新しい紙を出すと、新たに魔法陣を書き出していく。


「アーデス、ブローザさんと薬品の確認を。白とヤンさんは研究員の体調を確認してください。二度の変化に耐えられるか」


 そして儀礼はパソコンを操作し、管理局から大量のデータを読み込む。


「コルロさんもそんな所でボーッとしてないで手伝って下さい。時間がないんです」


 真剣な、そして慌てた表情で儀礼は室内を動き回り、指示を出していく。
 突如浮かんだ解決策。
 コルロの話は儀礼に流されたようだった。

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