ギレイの旅
畏怖を抱いた襲撃者
「ギレイ、避けろ!」
クレイルが叫び、ガスカルと2人で儀礼の前へと立ちふさがる。
ギュッと拳を握り覚悟を決める。
魔法の発動速度を超える動きをする覆面女に、戦闘で敵うはずがない。
 女はナイフを突き出し3人へと迫る。
アーデスは男のメイスを力いっぱい叩き伏せると、男の腹部へ剣を突き刺し抜くのももどかしいとそのまま女のもとへ走り出す。
アーデスの放った暴風が女を吹き飛ばし、机にぶつかり辺りに書類が散乱する。
吹き飛ばされながらも、女は儀礼へとナイフを投げ放っていた。
かばうように立つ2人の間をすり抜け、ナイフは儀礼の額へと吸い込まれていく。
ガキン。
しかし、2種のシールドを貫いた魔法薬付きのナイフが、儀礼の目の前で紫色の障壁に阻まれて止まる。
「っなぜ、砕けない!」
心底驚いた様子で女は目を見開いている。
「トーラの守りは最強だから。」
ほお、と息を吐き、次いでニイと儀礼は笑って見せる。
「ありがとう、トーラ。」
にっこりと笑って儀礼はポケットから取り出した紫色の宝石に口付ける。
紫色の障壁はすっと溶けていった。
「……ブローザ様の魔法薬を超えるほどの障壁を、こいつが、生み出したというのか。こんな、研究に大した年月も費やしていない子供が。」
がくりと膝をつき、女は呆然と儀礼を見つめる。
遺跡の中枢を守る障壁すら破ることのできる、魔法薬だ。
それが、効かない者がここにいる。
ブローザが、研究に研究を重ね、長い年月の末に、ようやく辿り着いた古代遺産の能力を、超える者が現れた。
(こいつは、……やばい、危険だ。古代の能力を持った人間だと? 現代に、いていいはずがない。ブローザ様だけじゃない。人類にとって、世界にとって滅亡をもたらす、死神かもしれない。)
呆然としていた女の指先に、何かが当たった。アーデスに弾き飛ばされた女のナイフだ。
指になじんだその感触を手に取ると、女はそのまま、儀礼へ向かって襲い掛かった。
確かに捉えたと思った標的の心臓。
しかし、女のナイフは儀礼の胸には届いていなかった。
胸の前にかざされた左腕の、銀色の腕輪がナイフの先端を絡めとっている。
いや、絡めとっているのは、腕輪から出た絹の様に細く白い糸だ。
その糸が付いているだけで、ナイフはピクリとも動かせない。
ピシピシシシ。
小さな音がしたかと思うと、女が手に持っていたナイフは、砂粒の様に風化し、呆気にとられる間に、跡形もなく消えてしまった。
「ギレイ様! 手に傷はついていませんか!?」
焦ったようにアーデスが儀礼の手を取る。
「へいき、へいき、無傷だよ。」
にっこりと儀礼は笑う。
「ナイフに塗布されていたのは、Aランクの魔物も瞬時に落とせる毒薬です。」
アーデスの言葉に儀礼の笑顔が硬直して固まる。
「こわっ。」
儀礼は鳥肌だった全身を抱きしめた。
「……お前、人間か?」
驚愕といった表情で女は儀礼を見ている。
「人外の、――魔人などではないか?」
今触れた、細い白い糸は、尋常でない魔力を放っていた。
それと相対すること自体が間違っているような畏怖すら感じるほどの強さ。
「確かに人外っぽいですがね、ただのSランクの研究者ですよ。」
女から戦意が消えた事に気付いたアーデスは、剣の刺さったままの男へと意識を向ける。
「アーデス、ひどい。僕、人です。人ですよ。今のは精霊の力です。」
銀色の腕輪を示して儀礼は力強く反論する。
人知を超えた力。
女は腕が震えてくるのを感じた。
(確かに、ブローザ様は凄い。)
ブローザの下で、いくつもの奇跡を見てきた。
その当時誰も成しえなかった遺跡の中心部への到達に、ブローザの魔法薬の力が役立った。
未見の魔法陣を発見し、発動させることにまで成功した。
(ブローザ様は凄い方だ。)
何人もの仲間たちが、命を懸けて支えていきたい、お役に立ちたいと、人生をかけてきた。
(でも、こいつは、それを超えるのか?)
ブローザでもその実力を認める『双璧』のアーデスが己を後回しにしてでも付き従うもの。
『人類のために!』
そう言って、魔法薬を飲み干していった仲間たち。
その多くが息絶えたのを見てきた自分が、ブローザ以外の者に心を揺さぶられるなど。
(仲間への裏切りじゃないか。)
目の前にいる者は、魔人、悪魔、と罵ってきたが。
もっとずっと違う、清涼な気配が感じられた。
(仲間たちは今も苦しんでいる。)
女の脳裏には、衰弱しきって起き上がることすら困難になった動物へとその身を変えた仲間たちの姿が浮かび上がった。
「……時間がないんだ。」
絞り出すような声で女が言った。
「おい、何を言い出す気だ!」
男が焦ったように止めようとするが、お腹に刺さる剣の痛みで、小さく呻いてうずくまる。
「もう猶予がないんだ! 仲間たちは命が尽きかけている。実験に使える犯罪者たちには魔法陣で変化するための魔力がない。私の仲間たちが、ブローザ様の部下である仲間たちが、その身をささげて実験に協力したけれど、変化の確認はできたのに、どうやっても戻れないっ。それなのに、動物の状態でいると体がどんどん弱っていく。」
女は、涙をこらえたような、震える声で打ち明けていく。
「獣医にも人間の医者にも見せた。でも原因はわからない。仲間が死んでいくのを黙って見ていられないっ!」
最後は悲鳴に近い声で叫ぶと、女は両手で顔を覆って小さな嗚咽を漏らし始めた。
「それを言ってどうなる。仲間を裏切るか、ヨルセナ!」
男が自分の体から剣を抜き、女へと詰め寄ろうとする。
「待って、待って!」
儀礼は2人の間へと割って入って男を留める。
「他にも変化した人がいるの?」
儀礼が朝月に頼んで探してもらった時に見つけたのは、ガスカルたち3人だけだ。
「ブローザ様の研究所にいる。今も生きているのは5人だけだ。今、この時にも無事でいるかは分からない。」
弱っていたタザニアとグレイシルを思い浮かべ、それ以上の日数を過ごしている被験者たちの状態を思う。儀礼の顔は痛ましいものが浮いていた。
「ブローザ様だってこんなことはしたくなかった。でも、どうしたって解明には検証が必要で、この世界のトップを行くブローザ様が助言を求められる者がどこにいた!? 誰も、自分の持っている研究結果を開示しようとはしない。相手を貶めようとする者ばかりだっ!」
吐き出すように言う女の言葉に、儀礼は考え込むように口元にこぶしを当てる。
「朝月に探してもらったのは狼に変化した人だった。今、ブローザさんの研究所にいるのはそれ以外の動物に変化した人ってことか。」
「ギレイ、何を考えている?」
アーデスが眉間にしわを寄せ嫌そうに片頬を歪める。
「人命がかかってるなら、協力した方が早く解決するかも。」
そう言う儀礼にアーデスははあ、と深く息を吐いた。
「もちろん、相手に喧嘩を売ったことわかって言ってるんだよな。」
「分かってるよ。僕は今だって、彼女のやり方には納得できないし許せないと思ってる。でも、それで死ぬ人が出るんだったら……僕は相手以上に僕自身を嫌になる。」
アーデスを正面から見据える儀礼は、神妙な面持ちで、苦しげに眉を寄せている。
いつもの気楽な顔ではない。
「めちゃくちゃ言ってるのは分かってる。彼女を告発する準備だって進めてきた。管理局全部を変えていくには、綺麗ごとだけじゃ済まないと思う。でもできるんだったら、最善を目指してもいいじゃないか。」
ふう、とアーデスは息を吐くと諦めたように戦闘態勢を解除した。
「……管理局全部を変える前では、些事だってことですか。ならまあ『最善』を目指して奇跡、起こしましょうか。」
「うん、アーデス頑張って!」
儀礼は嬉しそうに笑みを浮かべる。
「やるのはあなたですよ、ギレイ様。」
さりげなく人に押し付けようとした儀礼の頭を軽く叩くとアーデスはやるべき事をしに外へ向かった。
クレイルが叫び、ガスカルと2人で儀礼の前へと立ちふさがる。
ギュッと拳を握り覚悟を決める。
魔法の発動速度を超える動きをする覆面女に、戦闘で敵うはずがない。
 女はナイフを突き出し3人へと迫る。
アーデスは男のメイスを力いっぱい叩き伏せると、男の腹部へ剣を突き刺し抜くのももどかしいとそのまま女のもとへ走り出す。
アーデスの放った暴風が女を吹き飛ばし、机にぶつかり辺りに書類が散乱する。
吹き飛ばされながらも、女は儀礼へとナイフを投げ放っていた。
かばうように立つ2人の間をすり抜け、ナイフは儀礼の額へと吸い込まれていく。
ガキン。
しかし、2種のシールドを貫いた魔法薬付きのナイフが、儀礼の目の前で紫色の障壁に阻まれて止まる。
「っなぜ、砕けない!」
心底驚いた様子で女は目を見開いている。
「トーラの守りは最強だから。」
ほお、と息を吐き、次いでニイと儀礼は笑って見せる。
「ありがとう、トーラ。」
にっこりと笑って儀礼はポケットから取り出した紫色の宝石に口付ける。
紫色の障壁はすっと溶けていった。
「……ブローザ様の魔法薬を超えるほどの障壁を、こいつが、生み出したというのか。こんな、研究に大した年月も費やしていない子供が。」
がくりと膝をつき、女は呆然と儀礼を見つめる。
遺跡の中枢を守る障壁すら破ることのできる、魔法薬だ。
それが、効かない者がここにいる。
ブローザが、研究に研究を重ね、長い年月の末に、ようやく辿り着いた古代遺産の能力を、超える者が現れた。
(こいつは、……やばい、危険だ。古代の能力を持った人間だと? 現代に、いていいはずがない。ブローザ様だけじゃない。人類にとって、世界にとって滅亡をもたらす、死神かもしれない。)
呆然としていた女の指先に、何かが当たった。アーデスに弾き飛ばされた女のナイフだ。
指になじんだその感触を手に取ると、女はそのまま、儀礼へ向かって襲い掛かった。
確かに捉えたと思った標的の心臓。
しかし、女のナイフは儀礼の胸には届いていなかった。
胸の前にかざされた左腕の、銀色の腕輪がナイフの先端を絡めとっている。
いや、絡めとっているのは、腕輪から出た絹の様に細く白い糸だ。
その糸が付いているだけで、ナイフはピクリとも動かせない。
ピシピシシシ。
小さな音がしたかと思うと、女が手に持っていたナイフは、砂粒の様に風化し、呆気にとられる間に、跡形もなく消えてしまった。
「ギレイ様! 手に傷はついていませんか!?」
焦ったようにアーデスが儀礼の手を取る。
「へいき、へいき、無傷だよ。」
にっこりと儀礼は笑う。
「ナイフに塗布されていたのは、Aランクの魔物も瞬時に落とせる毒薬です。」
アーデスの言葉に儀礼の笑顔が硬直して固まる。
「こわっ。」
儀礼は鳥肌だった全身を抱きしめた。
「……お前、人間か?」
驚愕といった表情で女は儀礼を見ている。
「人外の、――魔人などではないか?」
今触れた、細い白い糸は、尋常でない魔力を放っていた。
それと相対すること自体が間違っているような畏怖すら感じるほどの強さ。
「確かに人外っぽいですがね、ただのSランクの研究者ですよ。」
女から戦意が消えた事に気付いたアーデスは、剣の刺さったままの男へと意識を向ける。
「アーデス、ひどい。僕、人です。人ですよ。今のは精霊の力です。」
銀色の腕輪を示して儀礼は力強く反論する。
人知を超えた力。
女は腕が震えてくるのを感じた。
(確かに、ブローザ様は凄い。)
ブローザの下で、いくつもの奇跡を見てきた。
その当時誰も成しえなかった遺跡の中心部への到達に、ブローザの魔法薬の力が役立った。
未見の魔法陣を発見し、発動させることにまで成功した。
(ブローザ様は凄い方だ。)
何人もの仲間たちが、命を懸けて支えていきたい、お役に立ちたいと、人生をかけてきた。
(でも、こいつは、それを超えるのか?)
ブローザでもその実力を認める『双璧』のアーデスが己を後回しにしてでも付き従うもの。
『人類のために!』
そう言って、魔法薬を飲み干していった仲間たち。
その多くが息絶えたのを見てきた自分が、ブローザ以外の者に心を揺さぶられるなど。
(仲間への裏切りじゃないか。)
目の前にいる者は、魔人、悪魔、と罵ってきたが。
もっとずっと違う、清涼な気配が感じられた。
(仲間たちは今も苦しんでいる。)
女の脳裏には、衰弱しきって起き上がることすら困難になった動物へとその身を変えた仲間たちの姿が浮かび上がった。
「……時間がないんだ。」
絞り出すような声で女が言った。
「おい、何を言い出す気だ!」
男が焦ったように止めようとするが、お腹に刺さる剣の痛みで、小さく呻いてうずくまる。
「もう猶予がないんだ! 仲間たちは命が尽きかけている。実験に使える犯罪者たちには魔法陣で変化するための魔力がない。私の仲間たちが、ブローザ様の部下である仲間たちが、その身をささげて実験に協力したけれど、変化の確認はできたのに、どうやっても戻れないっ。それなのに、動物の状態でいると体がどんどん弱っていく。」
女は、涙をこらえたような、震える声で打ち明けていく。
「獣医にも人間の医者にも見せた。でも原因はわからない。仲間が死んでいくのを黙って見ていられないっ!」
最後は悲鳴に近い声で叫ぶと、女は両手で顔を覆って小さな嗚咽を漏らし始めた。
「それを言ってどうなる。仲間を裏切るか、ヨルセナ!」
男が自分の体から剣を抜き、女へと詰め寄ろうとする。
「待って、待って!」
儀礼は2人の間へと割って入って男を留める。
「他にも変化した人がいるの?」
儀礼が朝月に頼んで探してもらった時に見つけたのは、ガスカルたち3人だけだ。
「ブローザ様の研究所にいる。今も生きているのは5人だけだ。今、この時にも無事でいるかは分からない。」
弱っていたタザニアとグレイシルを思い浮かべ、それ以上の日数を過ごしている被験者たちの状態を思う。儀礼の顔は痛ましいものが浮いていた。
「ブローザ様だってこんなことはしたくなかった。でも、どうしたって解明には検証が必要で、この世界のトップを行くブローザ様が助言を求められる者がどこにいた!? 誰も、自分の持っている研究結果を開示しようとはしない。相手を貶めようとする者ばかりだっ!」
吐き出すように言う女の言葉に、儀礼は考え込むように口元にこぶしを当てる。
「朝月に探してもらったのは狼に変化した人だった。今、ブローザさんの研究所にいるのはそれ以外の動物に変化した人ってことか。」
「ギレイ、何を考えている?」
アーデスが眉間にしわを寄せ嫌そうに片頬を歪める。
「人命がかかってるなら、協力した方が早く解決するかも。」
そう言う儀礼にアーデスははあ、と深く息を吐いた。
「もちろん、相手に喧嘩を売ったことわかって言ってるんだよな。」
「分かってるよ。僕は今だって、彼女のやり方には納得できないし許せないと思ってる。でも、それで死ぬ人が出るんだったら……僕は相手以上に僕自身を嫌になる。」
アーデスを正面から見据える儀礼は、神妙な面持ちで、苦しげに眉を寄せている。
いつもの気楽な顔ではない。
「めちゃくちゃ言ってるのは分かってる。彼女を告発する準備だって進めてきた。管理局全部を変えていくには、綺麗ごとだけじゃ済まないと思う。でもできるんだったら、最善を目指してもいいじゃないか。」
ふう、とアーデスは息を吐くと諦めたように戦闘態勢を解除した。
「……管理局全部を変える前では、些事だってことですか。ならまあ『最善』を目指して奇跡、起こしましょうか。」
「うん、アーデス頑張って!」
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