ギレイの旅

千夜ニイ

襲撃

 肌がじりじりと焼けるような、熱い感覚がした。
(誰かが怒ってる。)
ビクリ、と儀礼は体を固めパソコンを操作するために動かし続けていた手を止めた。


「どうした?」
動きを止めた儀礼を、不思議そうにクレイルが見ている。
部屋の端ではガスカルが尻尾を伸ばして横になっている。
室内に、異常はない。


 けれど、儀礼の体は確かに誰かの怒りを感じていた。
「フィオ?」
不安げに儀礼は視線をさまよわせ、見えるはずのないフィオを探す。


 パラパラと何かが落ちた音がする方を見れば、床に砂利のような細かいコンクリートの破片が散らばっている。
「何だろう?」
そう思った瞬間、研究室の分厚い天井が、轟音を立てて破壊された。


 ドドーン!
バラバラと落ちるコンクリート片。
「トーラ!」
儀礼は慌ててガスカルへとトーラのシールドを張る。


 クレイルはと見れば、ちゃんと自力でシールドを張って身を守っていた。
しかし、絶対不可侵の研究室の天井が、何もなしに壊れるはずがない。
天井に空いた穴を見つめ、儀礼は気を張り詰めた。
肌はまだじりじりと焼けたままだ。


 キイーン!
気付けば、儀礼の目の前には1本のナイフと長い剣があった。
「他人を守る前に、まずは自分の身を守ってほしいですね。」
聞きなれた、アーデスの声が横からした。


 儀礼の前へと剣を差し出し、目の前の覆面をした人物の持つ凶刃を抑え込んでいる。
室内にはいつの間にか布で顔を覆った人物が2人いたのだ。
儀礼の目の前には体形から女性と思われる不穏な人物。


 アーデスに抑えられた右腕のナイフを引くと、半身になったかと思うとそのまま左腕で儀礼へ向かってもう1本のナイフを振るう。
すぐさまアーデスが反応して剣とナイフの応酬が始まった。


 1本の剣と2本のナイフが目にも止まらぬ速さで打ち合う。
連続する金属音と、飛び散る火花。
それに視線を奪われていれば、儀礼の後方から殺気とともにとげの付いた金属塊が振るわれる。


 ゴン!
儀礼が避けるよりも先に、アーデスの放ったらしい氷塊がメイスを持った男を弾き飛ばした。
飛ばされた男がぶつかり、衝撃でコンクリートの壁にひびが入る。
だが、覆面の男はすぐに態勢を整えると再び儀礼へと襲い掛かる。


 相対していた覆面女を、剣で強く弾き飛ばすと、アーデスは男の方へと切りかかる。
男のメイスとアーデスの剣がぶつかり、力が拮抗しているのか一瞬ぴたりと動きを止める。
その一瞬をついて、今度は女の方が儀礼の前へと走り込んできた。


 儀礼がポケットに手を突っ込んだところで、女はアーデスに蹴り飛ばされて勢いよく床を転がる。
アーデスが相手をしていた男の方を見れば、顔面を炎で焼かれたのか、前髪がだいぶ焦げている。
しかし、その他にやけどなどの傷を負っているようには見えない。
魔法や衝撃への強い耐性を伺わせる。


 懐から銃を出そうとした儀礼をアーデスは片手を振って下がらせる。
「とりあえずお前は下がってろ。安全な所にいるのが1番ありがたい。」
アーデスが冷静ながらも、少し焦っているようなそぶりを見せる。
「やっかいなのが、2人だけじゃない。狙われたもんですね。」
窓からちらりと外を見て、アーデスは言った。


「でも、僕の敵だ。」
儀礼では近接戦では大した戦力にならないかもしれないが、これは儀礼が始めた戦いだ。
この2人と同じような強さの敵が他にも儀礼を狙って来ているらしい。


 こちらに来ると言っていたはずのコルロの姿はまだない。
獅子と白も外に見回りに行ったままだ。
戦闘中と思った方がいいだろう。


 自分のためにみんなが戦っているのに、じっとしているのは我慢ならない。
しかし、下手に動くのは足手まといとアーデスの態度が言っている。
背中だけで感じさせるアーデスの無言の圧力に、儀礼はおとなしくガスカルと一緒にトーラのシールドの中に丸まった。

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