ギレイの旅

千夜ニイ

行方不明者の帰還

 報告を終え、サンドラーの研究室を出た儀礼たちのもとに一人の少年が駆け寄ってきた。
「レイ! 無事だったのか! よかった。何だよお前、2日も戻らないで。」
「2日くらいで大袈裟なんだよ。」
クレイルは困ったように苦笑を返した。


「無断欠席どころか、さぼりも外泊も1回もしたことない優等生が、いきなり連絡もなしで帰って来なくなったら、そりゃ心配にもなるだろ!」
クレイルの友人らしき少年は怒ったように早口でまくし立てる。


「悪かったな、心配かけて。この通り、どこもなんともない。魔法の研究に集中しすぎてな。もうしないよ。」
そう言ってクレイルは穏やかに笑った。


「何か、あったのか? レイ、お前感じが変わった。もっと落ち着きないっていうか、魔法のことになると暴走するというか、聞く耳持たないみたいなかんじだったのに。」
少年は目を見張って驚いている。


「情報を独占するだけが研究じゃないんだよな。同じ情報を持ってるなら、共有した方がいいこともあるんだ。お前らの安全のことなんて、俺、真剣に考えてなかった。」
学院地下でのことを思い浮かべ、大勢の人の身の危険を知っていながら、自分の手柄のために黙っていたことをクレイルは反省した。


「俺らの危険って、そこは考えような!」
そう突っ込みながらも、常に魔法のことを考え、武闘科の生徒にも負けない威力の魔法を扱い、他の生徒には到底使えないようなシールドを張るクレイルに、少年は、クレイルが今まで自分たちの安全を考えてないなどと感じたことはなかった。


 危険があると思われる状況には率先して前に出て、器用さや、その勤勉さでもって得た知識と力で危険を回避していくのだ。
まあ、魔法のことになると、他人の意見を聞かず、暴走気味に突っ走るところは確かにあった。
それが、今のクレイルからは、余裕のようなものがにじみ出ていた。
「自己顕示欲だったのかな。俺、すごい焦ってた。でもな、さっき俺『認められた』って思ったんだ。」
クレイルはぽつりと語りだした。


「今まで、ドルエドでは魔法なんて見向きもされなくて、国から制限もあって。俺は、俺が魔力が強いのは、魔法が得意なのは母親がフェード人だからって言われて。俺自身の実力だって思い知らせたくて。」
うつむきがちに話すクレイルの声は冷めたような固い響きがあった。


「でもっ、世界に認められた人が、俺に、大事な情報を分けてくれた。学院の一生徒のために。」
クレイルは顔を上げると儀礼の方へと向き直った。
「動いてくれる。分けてくれる。導いてくれる。俺は、そんな人について行きたいって思ったんだ。」


 清々しい笑みを浮かべるクレイルに、友人はぽかんと口を開けて呆気に取られていた。
「そうか、なんにしろ、いいようになった気がするからいいんじゃないかな。うん。それで、レイ、今まで何してきたんだ? とりあえず部屋戻ってから聞かせてもらうぞ。」
同室らしいその友人に連れられて、クレイルは自分の部屋へと戻っていった。


「ガスカル? すみません、僕の同室のガスカルってやつが戻って来たって聞いたんですけど、どこにいるか知りませんか? 探しに行ってくれた冒険者さんたちですよね。」
今度は、おとなしそうな少年が儀礼たちへと話しかけてきた。


「えっと、ガスカル君なら、ここに……」
「ウォウ!」
嬉しそうにガスカルはしっぽを振って応えた。


「うぎゃっ! おおかみぃ!? ひい、危ない、危ないよ! どこから入って来たんだ。」
少年はおびえた様子で飛び上がり、後ずさっていく。
「あ、待って、大丈夫だよ。」
儀礼は少年を引き留める。


「この子がガスカル君なんだ。事情があって、今はこの姿になってるんだけど、ちゃんとガスカル君だから、大丈夫なんだ。」
儀礼が口早に説明するも、少年は半信半疑といった様子で、ちろちろと儀礼たちと狼のガスカルを見比べて、は足を進めようか下がろうか迷っているようだった。


「ガ、ガスカル?」
弱々しい声で少年がガスカルの名を呼んだ。
「ウォウ!」
嬉しそうにしっぽをふりふりガスカルは吠えた。


「ひいぃ。」
少年はさらに数歩下がった。
「ご、ごめんよガスカル。ガスカルなんだろうけど、僕は、僕は、ごめんよ~ぉぉぉぉ!」
泣きそうな声で叫んで、少年は廊下の先へと走って行ってしまった。


「クゥーン……」
悲しそうに尾を垂れ下げるガスカルの背中は哀愁が漂っている。
「ガスカル君。元気出して、大丈夫きっと元に戻ればまた仲良くなれるよ。」
痛々しい姿に、儀礼は涙をこらえてガスカルの背中をさすることにした。


「今日は僕と一緒に寝ようか。」
「ワフゥ」
頭をなでられ、クスンと鼻を鳴らしてガスカルは小さくうなずいた。

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