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ギレイの旅

千夜ニイ

報告

 コンコン。
サンドラーの研究室の扉がノックされサンドラーは入室を促す返事をした。


「失礼します。サンドラー先生、不明者捜索の報告に来ました。」
開かれた扉から、儀礼を先頭にぞろぞろと少年たちが入ってくる。
そして、クレイルの無事な姿を認めるとサンドラーは「おぉ」と感嘆の声を上げた。


「クレイル君、無事で良かった。」
ポンポンとクレイルの肩を叩きしわだらけの顔に笑みを浮かべる。
「ご心配おかけしました。すみません。」
気まずげに頭を下げ、クレイルは目線だけでサンドラーの表情をうかがう。


 そこに安堵の笑みを見て、怒りがないことにほっと息をつき、クレイルはもう一度深く頭を下げた。
「すみませんでした。」
「無事ならそれでいい。ところで、ガスカル君は……?」
サンドラーは戸惑い気味に室内を見回し、ガスカルの姿がない事に気付き顔を曇らせた。


「サンドラー先生、……ガスカル君の事で説明したいことがあります。」
神妙な面持ちで報告する儀礼の言葉をサンドラーは静かに聞いていく。
すべてを聞き終えると、サンドラーは狼となったガスカルの前に崩れるように膝をついた。


「そんな、これがガスカル君だとっ。何てことだ……」
ガスカルの目を見つめ、知性と理解の色を感じ取ると、困惑した様子で手を震わせ、すぐに両手を床へと落とした。
「すまない、もっと早くに気付いてやれなくて。怖い思いをさせたな。」
魔法での探索を担当していたサンドラーは、姿を変えられ、事態もわからず、怯え弱っていく生徒を見付けられなかったことに、悔恨した様子で肩を落とした。


 忘れ去られ、崩落しかけていた学院の地下空間。
その地下を通じ生徒たちが街へと出入りし、事件に巻き込まれてしまったこと。
研究に携わる者が必ず関わることになる管理局の、その内部にある取り締まれない不文律。
それらのせいで起こった、今回の取り返しのつかない事態。


 長く学院の教師を務め、生徒たちを教え、守る者として、長く務めたからこそ余計に、未然に防ぐことができなかった事を悔いる。
老教師の悲壮感漂うほどに落ちた肩を、ガスカルの肉球の付いた脚がぽむぽむと叩く。
一番不安に襲われている者の存在を思い出し、はっとガスカルに目を向けたサンドラー。
そこに見えたガスカルの顔は、毛皮に覆われ読み取りにくい狼のはずなのに、不思議と笑っているように見えた。


「きっと元に戻れるようになります。安心してください。今、仲間が全力でその方法を探しています。だから、大丈夫です。」
ガスカルの頭を一撫でし、儀礼はサンドラーに向かって思いを込めて真っ直ぐに告げた。
「必ず。」
儀礼の言葉にサンドラーはゆっくりと頷いた。
その瞳にはしっかりとした力強さが戻っていた。


「学院の地下についてはマップはすでにできています。補強についてと、この補強の魔法陣については別で報告書を作成していますが、すぐに提出できます。」
クレイルが先ほどまで作っていた学院の地下マップを取り出していた。
「あ、これは現在のガスカル君の身体データです。疲労と衰弱がみられるので、しばらくは休養が必要だと思います。」
儀礼も、思い出したように資料を取り出し、サンドラーへ手渡す。


「すぐに他の先生方にも知らせよう。今日は遅くまで会議になるだろうな。君たちにはまた明日の朝に話を聞くことになるだろう。」
地下の存在の確認と、ガスカルの状態とこれからの扱いなど、教師たちでの話し合いが必要だ。
隣室の助手を呼び出すと、サンドラーはいくつかの指示を始めた。


「では、僕たちは今日のところはこれで失礼します。」
忙しそうなサンドラーに儀礼たちは退室の挨拶をする。
「ガスカル君のことは任せたよ。ギレイ君。管理局での君の働きはよく知っている。幼いころの君を知る者としては誇らしく思っている。きっとやってくれるだろう。……でも、無理はしないでくれよ。」
去り際の儀礼へと老教師は心配そうに微笑んでいた。


「頑張ります。」
微笑もうとして、失敗し苦笑のような顔で儀礼は応えた。
(お見通し、かな。)
ガスカルを戻す方法を見つけるのに、「必ず」と儀礼は言ったが、本当はそんな保証はどこにもない。
ただどれだけ時間がかかろうと、解決するまでは絶対に諦めないと、儀礼は決意していた。


 魔法に疎い儀礼に代わり、コルロやアーデス、魔法に関し優秀な者にそこは頼ろう。
儀礼のすることは、儀礼にしかできないこと。
管理局の研究室内で起こった「故意の事故」に対する対応、やり方に不満があるなら。
不備があると思うのならば、管理局の決まりを、規則を変えなくてはならない。
それは、つまり現状を護っている管理局の上層部との対立。
(僕をSランクに決定したのも上層部あなたたちだ。)


 儀礼は今まで、それを逃げて、戦意を向けられては逸らしていた。
上位であることを誇示することは苦手だ。
でも、他にその地位を持つ者がいないのだから。
(どちらが上か。)


 儀礼だけの力ではない。祖父の、アーデスの、アナザーの能力。
多くの仲間となった人たちが貸してくれるという力――。
儀礼は一度自分を静めるように目を閉じた。不安はある。けれど。


気合いとともに決意を左手のキーに打ち付けて。
儀礼は力強く瞳を開いた。
(さあ、勝負を始めよう。)

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