ギレイの旅

千夜ニイ

目覚めた2人

 何としてでも、ガスカル逹を助ける方法を見つけ出さなければならない。
しかし、それは一朝一夕でできることではない。
専門家のブローザ・ジェイニが何年もかかって果たせていない技術である。
儀礼も焦りはしても実際のところ、気長に構えるしかないのだ。


 アーデスが、魔方陣の形を正確に写し終え、今度はカップを割って、中の魔法薬を調べる。
「分析に少し時間がかかるな。」
細かい作業を終えて、アーデスはふうと息を吐いた。固まっていた体を解すように肩を回す。


「ありがとう。これで解析結果が、ブローザさんのデータと一致すればもう間違いないね。」
分析器を真剣な瞳で見つめながら儀礼は呟いた。


 その時、グルゥゥと、低い小さな唸り声が室内に響いた。
気絶していた狼の姿の2人が目を覚ましたらしい。
鼻の頭にシワを寄せて、牙を剥き出して、警戒したようにのどを鳴らしている。


「よかった。目を覚ましたんですね!」
嬉しそうに笑うと、儀礼は簡易ベッドの上にいる2頭に近付いていく。
「友人が手荒なことをしてすみませんでした! もうそんなことさせませんから大丈夫です。今は弱っている体をゆっくり休めてください。」
にっこりとした笑顔を浮かべたまま儀礼は2頭に話しかけた。


 唸っていた茶色の大きな狼は戸惑ったようにその声を小さくしていく。
「僕の名前はギレイ・マドイと言います。あなた方が本当は人間だと言うことはわかっています。必ず元に戻る方法を見つけ出してみせるので安心してください。」
まだ、その方法の見当もつかないと言うのに、儀礼は大きく請け負った。
疑わしそうに儀礼を見上げる大きな狼、タザニア。


「アーデスが。」
にこにこと笑ったまま儀礼は付け足した。
「私ですか。」
呆れたようにアーデスは苦笑する。
「だって僕より詳しいもん。」
当然でしょうと、儀礼は笑う。


 にこにこと明るく笑う研究者に、普通とは思えない空気を纏う武人逹。
目を覚ましたばかりのタザニアとグレイシルは状況を把握するためにパチパチと瞬いた。
管理局で研究のために部屋を借りて、気が付いたら体が狼へと変化していて。
そのままでは討伐の対象になると知っていた二人はそれぞれ自分の借りていた部屋から逃げ出したのだ。
そうして、数日を過ごしたところで、空腹と疲労のために体の動きが鈍くなってきた。
体が狼になったと言っても、野生の動物を捕まえて食べようとは思えなかったし、生きた動物を見ても食欲はわかなかった。


「栄養剤を点滴しましたから、体調は戻ってくると思いますが、お腹が空いているようなら何か食べますか?」
気さくなようすで儀礼はタザニアへと話しかけ続ける。


 グルルゥとタザニアはのどを鳴らした。
「ああ、話せないってことですね。管理局を使う研究者ならフェードの言葉、使えますよね?」
問いかけるように聞きながらも、儀礼は決定事項であるかのように、タザニアとグレイシルの前に大きなボードを置いた。
もちろん、ガスカルが使っていたように26文字のキーが置かれたキーボードだ。


 その先は、部屋に備え付けの大きなモニターに繋がっている。
儀礼は即席でそのキーボードを3個作った。
喜んでガスカルがキーボードを鳴らす。
『これでしゃべれる!』
嬉しそうに尻尾がすごい早さで揺れている。


『これは……。君たちは一体誰なんだ?』
戸惑ったようにキーを押したのはタザニアだ。
「あれ? 名乗りましたよね。僕はギレイです。一応、ドルエドの研究者で、冒険者です。あっちの背が高い人がアーデスで、黒髪がシシ、薄い茶髪がゼラードで――」


『そうではなくて!』
儀礼の紹介を遮るようにタザニアは荒々しくキーを叩いた。
『お前逹が、俺をこんな目に合わせた犯人なのかと聞いてるんだ!』
牙を剥き出して、唸るようにのどを鳴らす姿からは怒りを感じる。
儀礼は息を飲んで固まっていた。


『違う。この人逹は僕らを助けてくれたんだ!』
反論したのはガスカルだった。
『僕らが犯人の手に渡りそうになったのを防いでくれた。それに、気付かない? ギレイという名前に。あなたもドルエド人でしょう。』
静まり返った部屋の中にカタカタと鳴るキーボードの音。


『ギレイ。ギレイ・マドイ。って蜃気楼! 本人か!?』
パックリと口を開けて、目を見開いて、驚いている。
『蜃気楼がなぜ、俺たちと一緒にいるんだ?』
すぐに落ち着きを取り戻し、タザニアは冷静に問いかける。
有名な人物だからと言って、いや、高名だからこそ、管理局では危険度も上がる。


「なりゆき?」
頼りない答えを蜃気楼本人が出した。
「学院の行方不明者の捜索の依頼を受けたら、その内の一人のガスカル君が狼に変化してしまっていまして、試しに探ってみたらお二人を発見したと言う訳です。二人とも管理局の研究室を利用したんですよね。」
儀礼の問いにタザニアは『ああそうだ。』と短い文で返した。
グレイシルは小さくうずくまったまま鼻の先だけで頷いたのがわかった。


「僕たちは味方です。あなた逹を元に戻すための方法を探しています。信じてくださいとしか言えませんが。」
瞳を伏せて儀礼は困ったように考え込んでしまう。
彼らに信じてもらういい方法はないだろうかと。


『もういい。わかった。お前が嘘を吐いていないことは分かる。これでも管理局では長く生きてきたんだ。自分より若い子供に騙されるようなへまはしない。』
タザニアは小さく口を開けて笑ったような顔を作った。
『そこでな。早速で悪いが、腹が減ってるんだ。5日はまともに食べてない。何か食べ物を用意してほしい。代金は後でちゃんと払う。俺の荷物はどうなったんだ?』
不安そうにタザニアは顔を上げた。


「受付の預かりになっているそうです。手続きが終わったら、引き取りに行きますよ。でも食事代くらい僕が持ちますよ。安心してください。他に必要なものはありますか?」
儀礼の問いかけに、今までずっと黙っていたグレイシルがゆっくりと動いた。
その動きは遠慮しているような、戸惑っているようにも見える。


『何か着るものをください。』
モニターに映し出された言葉は、震えるように丸まっていたグレイシルの切実な願いだった。
考えてみれば、ガスカルの部屋には下着も含めて全ての衣服が落ちていた。
だとすれば、彼らは全身毛皮に覆われているが、体感的には裸と言うことになるのだろう。


「すぐに買ってきます。」
儀礼は頭を下げた。グレイシルを直視することは失礼に当たる気がした。
「とりあえず毛布で我慢しててください。」
備え付けのクローゼットから薄手の毛布を取り出して儀礼はゼラードに渡した。
ゼラードがグレイシルに毛布をかける。
毛布の端から鼻先を出して、安心したようにグレイシルは体を伸ばした。


「なんだ、そいつ寒かったのか?」
一人、フェードの言葉のわからない獅子だけが的はずれなことを呟いていた。



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