ギレイの旅

千夜ニイ

ガスカル君捜索

 一方、地下通路から非常口らしきものを通って町の中へと出てきた儀礼達。
眩しい夏の日差しを浴びて、儀礼は何となく伸びをする。
「まずはガスカル君が何をしていたかだよね。ここから出て、どこへ行ったのか。」
「得意の追跡装置やら、探知やらは使えないのか?」
揶揄するようにゼラードが言う。


「そっか。町の中なら探知できるよね。朝月、ガスカル君を探して。」
儀礼は銀色の腕輪を掲げる。
ガスカルの特徴、赤茶色の髪茶色の瞳を思い浮かべる。
とたんに、儀礼の脳裏に見えてくる光景。
大勢の人の波、たくさんの建物、そして、朝月の視点は1匹の狼を捉えて止まった。


 広い公園の中の奥隅に怯えたように丸まって隠れいている狼。
毛の色は赤茶色で、瞳の色は茶色い。
ガスカルの特徴と同じだ。
「って、おい!」
笑いながら儀礼は朝月に叫んでいた。


 確かに、狼の噂のことも気になってはいたが、今探すべきは人間の少年、ガスカル君だ。
その時、朝月の視界の中で狼が動き出した。
まだ若い狼のように見えるが、普通の狼よりも大きい。
もしかしたら、魔獣かもしれない。


 儀礼は、ごくりとつばを飲み込んで、慎重にその狼を『見た』。
すると、狼は怯えたように尻尾を丸めて、さらに木々の奥へと潜り込んでしまった。
朝月の目を通した今の儀礼には、それでも丸見えなのだが。


「……この狼、おかしい。骨が、人間の物みたいだ。それに歩き方にも違和感がある。何これ、なんて言うの? えーと、狼人間?」
首を傾げて儀礼が言う。
「ふざけてる場合か。」
獅子が儀礼の頭に手刀を落とした。


「ふざけてないよ。本当に何かちょっと変なんだ。」
頭を押さえて、口を尖らせ、不満そうに儀礼は獅子を見上げる。
「とにかく、狼を見付けたってなら、ギルドに報告するか、討伐しちまった方がいいだろう。」
ゼラードが言う。


「こんなに怖がってるのに、討伐なんて可哀想だな。山に返してあげたらいいと思うんだけど。」
「どこの山だよ。」
「シエンとか。」
「明日には狩られて毛皮になってるだろ。」
笑うように獅子が言う。


「とりあえず、そんなに遠くないから行ってみようか。」
そうして、4人は広い王立公園の中へと入っていった。
木々の生える林の中で、獅子が最初に赤茶色をした狼を見付けた。
光の剣に手をかける。


 狼は、威嚇するように牙をむき出した。
「グルルルゥ。」
低く唸っているがしかし、怒っていると言うよりは、やはり儀礼の目には怯えている様に映った。
怒っていたならば、儀礼は動けなくなる。


 剣を抜く必要もないと考えたのか、獅子は鞘のまま光の剣を構えた。
狼が唸りながら飛び出してきて、獅子の構えた剣の鞘に噛み付いた。
まるで、剣を放せと言っているかのようだ。


 バシャッ。
儀礼は聖水を振り掛けてみた。
しかし、狼にひるんだ様子も、苦しむ様子も見られない。
ただブルルと体を振るって水を体から払い落とした。


「儀礼~!」
怒っているのは儀礼の友人。
「濡れただろうが。そういうことはやる前に一言、言え!」
「言ったらばれちゃうでしょ。賢い魔獣だったら。」
悪びれた様子もなく、儀礼は言った。


「でもこれで、この子が魔獣じゃないってことは分かったね。」
にっこりと儀礼は笑う。
「それにしても、普通の狼でもないんだよね。二足歩行しそう。」
狼を見ながら、儀礼は目を細める。狼が、威嚇するように声を低くして唸った。


 狼から送られてくる殺気に、3人の武人が警戒したように儀礼の前へと出た。
3人ともすでに戦闘態勢だ。


「ガスカル君なら1回。違うなら2回、鳴いて。」
軽い調子で儀礼の声がした。
「ウォウ!」
狼はお座りをして、1回吠えた。


「「「……。」」」
3人の武人が闘気のやり場に困って固まっていた。


「本当にガスカル君?」
目を見開いて、驚いたように儀礼はもう一度狼へと問う。
「ウォウ。」
元気なさげに尻尾を垂れて、狼は答えた。


「王都の学院に通ってるガスカル君?」
「ウォウ!」
狼は尻尾を振る。
儀礼が、話の通じる人間だと分かったらしい。


「狼人間なの?」
「ウォウ! ウォウ!」
違う、違う、と言いたげに、狼は首を振るう。
狼人間などと言う、本の中の存在だとしたら、見世物小屋に売られるか、研究者達の調査と解剖が待っている身だ。


「ただの人間?」
「ウォウ!」
儀礼の問いに、狼は答える。
「……面倒だな。しゃべれないの?」
「ウォゥ。」
悲しそうに狼は尻尾を垂れる。


「おい、本当にそいつが人なのか?」
疑わしそうに獅子が狼を見る。
その目は、獲物を見る捕食者の目だ。
「獅子、狼は食べないから。おいしくないから。」
呆れた目で儀礼は獅子を見る。


 怯えたように狼は、儀礼の背後へと姿を隠した。
「何があったの?」
儀礼が問うが、狼はウゥゥウォウと理解できない声を出すだけだ。
「フェードの言葉は分かる?」
「ウォウ!」


 何かを思いついたように儀礼は、ポケットからメモ用紙を取り出し、そこに26の文字を書いた。
「これならしゃべれる?」
儀礼が問えば、狼は瞳を輝かせて26枚のカードに飛びついた。


『俺はガスカル。王都の学院の1年生だ。本当なんだ。こんな姿になってしまっているが。』
先を急ぐように、狼――ガスカル君は次々とボードのキーを押すように26枚のカードを示してゆく。
『原因は、はっきりとは分からない。でも俺は、学院を抜け出して、学院には秘密の地下通路があって。』
「知ってるよ。僕らもそこから来たんだ。」
にっこりと儀礼は微笑む。
狼になってしまったという、哀れな少年を落ち着かせるために。


『俺は、親父に聞いたんだ。そこに通路があるって。探検の気分だったんだ。町まで抜け出していって、俺は管理局に行ってたんだ。』
「管理局?」
黙って話を聞いていた儀礼だが、そこで口を挟んだ。
『そうだ。管理局で安い研究室を借りて、好きに実験するのが俺の楽しみだったんだ。』
ガスカルは言う。


「管理局の安い研究室……。怪しさが増してきたな。行ってみようか。」
白が顔を青くしている。
以前、儀礼のした話を思い出しているのだろう。
管理局の部屋には、何が仕掛けられているか、分からない、と。


 まさか、人を狼に変えるような魔法や薬なんてものがあるのだろうか。
あれば、十分世界をにぎわせる研究成果だ。
しかし、それには実験データがいる。
「こういうやり方は、僕は好きじゃないな。」
儀礼の瞳に怒りが宿っていることに、その場に居た全員が気付いていた。

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