ギレイの旅

千夜ニイ

ドルエド王都の学院4

「暑い~。」
夏休みも近付いた、ドルエドの夏の教室で、一人の少年がだれるようにして机の上に突っ伏していた。
「涼しくなる話でもしてやろうか。」
にやりと笑って隣りの生徒が少年に向き合う。


「知ってるか? ここの学院の寮には幽霊が出るんだぜ。」
その生徒は真面目そうな顔で隣りの生徒へと話しかけた。
「幽霊? そんなもの、どこでだって噂だけは出るだろう。」
全く信じていないように少年は答えた。


「それがさ、これは本当らしいぜ。」
ごくりと唾を飲み込んで、話を始めた生徒が真剣味を増す。
「誰も使っていない部屋から物音がしたり、床下から人の囁き声がしたり。結構な数の生徒が聞いてるんだ。」
「寮で暮らして3年目になるが、俺はまったくそんな声や音は聞いたことないな。」


 幽霊の話をする生徒をばかにするように、にやにやと笑って少年は言葉を返す。
「信じてないな。でも実際に、学院に通ってて死んだ生徒もいるんだぜ。確か、20年位前に女の子が一人。」
指を1本立てて、不気味さを煽るように薄く笑って話し始めた生徒はもう一人の生徒を見つめる。


「それ、本当? 幽霊の話。」
二人の会話の間に、少しばかり高い少年の声が混じった。


「本当だぜ。噂はずっと昔からあるらしい。」
「ずっと昔からあるのに、なんで20年前に死んだ奴の幽霊なんだよ。」
不満そうに、隣にいる少年が指摘する。
「そんなの、もっと前にも死んだ生徒がいるってことだろう。何しろ400年も続く伝統の学校だぜ。なあ。お前は信じるよな。」


 生徒は後ろを振り返って、話しに混じってきた少年に肯定を促す。
しかし、そこでその生徒の顔は蒼色に変わった。
後ろにあったのは、白い校舎の壁だけ。
「幽霊が確かかは分からないけど、いい情報を貰ったのは確かだよ。ありがとう。」
誰もいない、壁の方から、聞いたことのない少年の声はした。


 二人の生徒は互いに顔を見合わせて、その顔がお互いに色を失っていることに気付き、ついに叫び声をあげた。
「「でたーっ!」」
ガタン、と席を跳び立つと、授業中だと言うことも忘れて、二人の少年は教師へと泣きついていた。


「虫型スパイロボット、回収と。」
長く広い廊下の中で、小さな機械を手のひらに乗せて壊れた箇所がないか確かめて、儀礼はポケットの中へとしまった。
「幽霊か。面白い情報が手に入ったな。そう言えば、この建物も、400年は前の物だったっけ。」
長い廊下を見渡して、儀礼は考え込むように口元に拳を当てる。
「寮の方を見るのが楽しみだ。」
ニヤリと笑うと儀礼は授業中の廊下を音もなく歩いていった。


『ギレイ、まだか? 遅いぞ。みんなもう集まってる。』
通信機からゼラードの声が聞こえてきた。
『はい、こちら情報科のギレイ。ただいまそちらに向かっています。』
通信機の向こうから、明るい調子の儀礼の声が返ってきた。


「お前は普通科に行ったんだろう!」
呆れたようにゼラードは通信機に向かって怒鳴り付ける。


「ドルエドの情報科は、情報科じゃなくて機械科だってさ。穴兎が言うんだ。」
集合場所に姿を現して、儀礼は不満そうに口を尖らせている。
「自分の使うパソコンを自分で組み立てるなんて、当たり前のことなのにね。」
同意を求められて、ゼラードは深い息を吐いた。
正直、そんなものどうでもいい。
この少年は、行方不明の生徒を探すために学院へと潜入しているのではないのか。


 儀礼は左腕に小型のパソコンを取り付けていた。
眼鏡型のモニターを獅子へと貸し与えてしまったためだろう。
「それで、集まった情報は、ガスカル君に関しては先生の言っていた通りで、普通の生徒みたいだね。武闘科では、怪しげな生徒はいないと。クレイル君は魔法科の1年でも話題になるくらい優秀な生徒なんだね。」
儀礼の言葉にそれぞれが頷く。


「あと、町で狼が出る。」
獅子が付け足す。
「狼ね。こんな都会にいるかな。野犬と見間違えたんじゃないのかなぁ。」
指先を顎に当てて儀礼は首を傾ける。


「ギレイ君、あとこれね。一応、授業の内容書き写してきた。」
真新しいノートを儀礼へと差し出す白。
「偉いな、白。ちゃんと授業受けてきたんだね。」
にっこりと笑って儀礼は白の頭を撫でる。


「なになに、『属性には向き不向きがあり、全ての属性が使える人もいれば、1種類しか使えない人もいる』と。なるほどね、勉強になるね。」
いい子、いい子と、儀礼はさらに白の頭を撫でる。
授業の内容は、今回の依頼には関係していないと思われる。
((兄ばかだ……。))
見守っていたゼラードとトウイは呆れた目で二人を見ていた。


「昔から、古い建物には付き物だよね、幽霊の話って。」
儀礼が唐突に語り出す。
「でもさ、それってやっぱり噂になる元があるんだ。」
にっこりと笑って儀礼は続ける。
「誰もいない部屋から聞こえる物音。床下から聞こえてくる声。考えれば結構簡単だよね。」


「何がだ?」
儀礼の言いたいことが分からないように首を傾げて獅子が問う。
「幽霊の正体。これだけ大きくて古い建物なら、あってもおかしくないよ。隠し倉庫とか、地下通路。」
にやりと、遺跡で新しいトラップを発見した時のように嬉しそうに瞳を輝かせて儀礼は宣言した。


「地下通路……。」
また面倒そうなものを、とゼラードは知らず溜め息を吐く。
そんな面白そうなもの、儀礼が見逃すわけがない、と。


「だからさ、行ってみようよ。男子寮に。」
儀礼の中ではもう行くことに決まっているらしく、足はもう、男子寮に向かって歩き出している。
「おいおい、一人で話を決めるな。」
そう言いながら、全員を見回して、異論が無さそうなことを確認してからゼラードは儀礼の後を追った。
その後ろから、全員が歩き出す。


「まだ授業中だぞ。」
「その方が、人がいないから動きやすいでしょ。」
注意するゼラードの言葉にも、にっこりと笑って儀礼に躊躇する様子は見られない。
しばらく歩くと、古いが綺麗に整えられている男子寮の建物が見えてきた。


「あっ、本当に地下がある。」
建物を見た瞬間に儀礼は言った。
「何で外から見ただけで分かるんだよ!」
苦笑するように言うゼラードに、不思議そうに儀礼は瞳を瞬いた。


「柱の長さ見れば、半分地下に埋まってるし。」
言われて建物を見てみたゼラード達だったが、全てが白い石の壁にしか見えない。
どれが柱なのかも、理解できなかった。
こんなところでも、『蜃気楼』は異常性を発揮させてくる。
しかし、生徒の行方不明事件の解明の手掛かりにはなるかもしれないと、4人は頼もしい遺跡探索のプロフェッショナルを見た。


「楽しみだね。」
にっこりと笑う彼は、ペンと紙を握りしめて嬉しそうに笑っていた。
今、儀礼の頭の中から、失踪した二人の生徒のことが抜け落ちたことが判明した。


「何しに入るか分かってるよな、儀礼。」
獅子の低い声に、儀礼はびくりと震え、ピシリと背筋を伸ばした。
「分かってる。行方不明者の捜索。地下で迷ってるかもしれないから、食料と水は必須ね。」
でも、と眉間にシワを寄せて、難しそうに儀礼は続ける。
「ただの倉庫みたいなんだよね。迷路になってるわけでもなさそうなんだけど……迷うかな、ここで?」
不思議そうに儀礼は首を傾げた。

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