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ギレイの旅

千夜ニイ

ドルエド王都の学院3

 早速、授業中の生徒たちに紛れ込む儀礼達。
目立つ容姿をしている儀礼達だが、気配を消してしまえば生徒たちには、いることすら気付かれなかったりする。
儀礼の実力では、武闘科の生徒たちには通用しないかもしれないが、そこに行ったのはもちろん実力十分な獅子。
何の問題もなかった。


「聞いたか? 最近町では狼が出るらしいぞ。どこから来たかもわからないが、何件も目撃情報が出てるらしい。」
武闘科の中では比較的小柄な体型の生徒が、数人の友人に向かって話している。
「狼? こんな都会に? いるわけないだろう。もし本当にいるんだとしたら、腕試しに戦ってみたいな。」
にやりとした笑いを浮かべて短剣を腰に下げた少年が言う。
腕っぷしに自信があるらしく、確かにその体は力強い筋肉に覆われていた。


「狼か……。」
獅子は小さな声でポツリと呟いた。
シエンの周りの山には結構な数の狼がいた。
小さな子供達のいい遊び(修行)相手だった。
少し大きくなった子供は魔獣を相手にする。
懐かしいな、と思いながら獅子は他の少年達の話にも耳を傾けていった。


 少しの時間がたてば、この学科の中での力関係が漠然とだがわかってきた。
特に力を持った少年達が3人。
その周囲に派閥を作っている子供達と、無関心でいる中立の立場の少年少女達。
しかし、獅子の聞いている限り、この武闘科の子供達の中には陰湿な企てを考えるような者達はいないように感じられた。


 力が全て。
そう考えている者が多いようで、力ある者が正義、と信じているようでもある。
そして、力を持つ者は正義の心を持たなければならない。
そういう考え方をしている。
『勇者』の称号を得るために。


「ゼラード、こっちに来てたらもてはやされたのにな。」
くくくっ、とおかしそうに獅子は笑った。
「おい。次、お前の番だぞ。」
獅子の隣にいた少年が獅子の脇腹を肘でつついた。


 いつの間にか並んでいた授業の列に、獅子は混じっていた。
列の先には2mを超える大きな岩。
普通の岩よりも固い鉱石でできている。
普通なら、戦いの訓練に用いるのは丸太などの木製の物だ。


 しかし、ここは王都の学院の武闘科の3年。最高学年。
木製の標的など軽く打ち壊す、闘気を使った攻撃の練習だ。
元は四角かったらしい岩も、今は前の生徒達の攻撃でぼろぼろに形が歪んでいる。
獅子は気負う様子もなく、岩へと走る。
そして手刀を一撃、強固な岩へと放った。


 ズズン!
岩は音を立てて真っ二つに割れ落ちた。
「「「うぉおおお!」」」
思わず、といったような歓声が訓練場内に響いた。
生徒達は、信じられないという表情で崩れ落ちた岩を見ている。


「やべっ。目立ったらいけないんだった。やりすぎたか。」
獅子は瞬時に気配を絶ち、周囲の生徒の中に紛れ込む。
「今のやった奴見たか?」
「誰だ?」
「確か、髪が黒かった気がしたけど……。」
「いたか? あんな奴。」
騒がしく周囲を見回しざわめく生徒達。


 その中心部にいながら、誰も獅子の存在には気付かない。
(あいつら、いつもこんなことやってるのか。)
冷や汗を流しながら、ゼラード達が得意とする隠密行動に、自分が向かないのだと今更ながらに納得している獅子だった。


 一方、普通科1年に潜入したトウイ。
身長の低い分、少しばかり目立つが、入学したばかりの1年なので、知らない顔がいても違和感はない。
なにしろ生徒数のとても多い王都の学校だ。
他のクラスの生徒の顔までは覚えていられない。


「ガスカル?」
「そう。どういう奴?」
いなくなったガスカル少年の前の席の少年にトウイは問いかける。
「どんなって、おとなしい感じの奴だな。びくびくしてるって訳でもないし、普通に挨拶して、下らない世間話して。」
一瞬、考え込むようにした少年がすらすらと答えていく。
そこそこ仲良くしていたらしい。


「そう言えば、あいつ、親父がここの卒業生だったって言ってたな。色んな先生の癖とか知ってて、面白かったぜ。急に入院だなんて心配だよな。風邪をこじらせただけだって先生は言うけどさ、うつるから見舞いは禁止だって言うし。ちょっと退屈だな。」
仲良くなりかけていた友人がいなくなり、退屈しかけていた少年は、新しく話しかけてきたトウイに溜まっていた分の話をするかのごとく口を開いた。


「3年でも同じ風邪で入院した先輩がいるって言うし、やっぱり感染するタイプの風邪なんだな。」
少年は頭の後ろで腕を組んで、それから大きく伸びをした。


「そういや、お前の名前は? ってあれ……?」
少年の目の前から、もうトウイの姿は消えていた。
教室内のどこにも姿が見当たらない。
少年は不思議そうに首を傾げていた。


 さて、今度は白とゼラードの二人。
魔法科の1年の教室に紛れ込んでいた。
授業の内容は魔法を使うための初歩の初歩。
退屈な内容となっていた。
実際、頭をこっくりこっくりと揺らして、眠りかけている生徒が何人かいる。


 ドルエドでは、魔法が使えなければ、まず、魔法科には来ない。
つまりこの教師は、誰もが知っている基礎を繰り返し話しているのだ。
もっとも、この基礎がどれだけ大切なことか、魔法を使っていけば分かることなのだが。


「私、学校に来たのって初めてだよ。」
口だけをパクパクと動かして、白はゼラードに向かって言った。
表情はわくわくとしており、青い瞳はきらきらと輝いている。
(あたしは何回か潜入したことがあるけどな。)
とは思っても、ゼラードは口には出さなかった。
あのように楽しそうにしている白を前に、その古い仕事のことを持ち出す気にはなれない。


 ゼラードが殺そうとした相手。
楽しそうに周囲を見回している様子からは、潜入捜査をしているという気は感じられない。
純粋に喜んでいるように見える。
危険な遺跡を前にした時の儀礼の表情にそっくりだった。


(いとこ、か。)
ふっ、とゼラードは息を吐く。
どういうつもりで儀礼はそう言ったのか。
真実を話している素振りには見えなかった。
しかし、血縁者だと思えば思うほど、本当によく似ている。


(本当に、嘘の中に真実を隠すのがうまい奴だ。)
もう一度クリームは深い息を吐いた。

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