ギレイの旅

千夜ニイ

ドルエド王都の学院2

「いや、すまなかったね。出会った時、そのままのような姿のエリ君が居たから。思わず、時が経ったことを忘れてしまっていたよ。」
老教師は鼻にかかる小さな眼鏡を何度も持ち上げて儀礼の顔を確かめている。
儀礼はかけていた色付きの眼鏡を外した。
現れたのはエリとは違う、茶色の瞳。
「本当に、あの小さかったギレイ君のようだ。」


 老教師はさりげない動作で目元を拭った。
「君の両親は本当に優秀な生徒だった。もちろん、君もな。」
「昔話をしに来たわけではありません。いなくなった生徒が心配です。」
長くなりそうな老教師の話を遮って、儀礼は今回の依頼の件についてを話し始めた。


「クレイル君とガスカル君についてだね。」
老教師は5人を室内へと招き入れた。
「まずは紹介します。今回依頼を受けたパーティ、デザートのリーダー、ゼラードと、メンバーのトウイです。」
二人を示して儀礼は言う。


「それから、こちらは『黒獅子』ことリョウ・シシクラと、僕の弟――じゃない、いとこの白です。」
白がぺこりと頭を下げる。
「これは驚いた……エリ君に似ているじゃないか。それに、その瞳の色! まさか――。」
「はい。母と同じように精霊を見ることができます。」
手を震わせて驚いている老教師に、儀礼はにっこりと笑ってみせる。


「みんな、こちらはマーク・サンドラー先生。魔法科の教師だよ。」
そう言って、儀礼は老教師を4人に紹介した。


「いい、表情をするようになったもんだ。」
儀礼を見て、老教師、サンドラーは目を細めた。
「みんなのおかげです。それで、早速、いなくなった2人の生徒についてお聞きしたいんですが。」
正面からサンドラーを見つめて、儀礼は話を促す。


「そうじゃったな。まずはクレイル君じゃが、わしの直接の教え子になる。優秀な生徒で、卒業までに覚える基礎魔法はすでに全て習得している。特に、探索系の補助魔法が得意な生徒じゃ。」
サンダラーは、入学式のものらしい集合写真を出してきて、そのクレイルと言う少年を指差した。
そこにいるのは、黒に近い茶髪に、水色の瞳をした少年だった。
周り中ほとんどの生徒が、茶髪に茶瞳の中では、その容姿は目立っていた。


「ドルエドの容姿ではないですね。」
遠慮がちに儀礼は問う。
自分も言えたものではない。
「父親がフェードの人でな、おかげで魔力にも魔法学にも秀でている訳じゃ。」
自慢話をするかのように頬を緩めて、老教師は少年の写真を指先で撫でた。


「次はガスカル君じゃな。」
もう一枚、集合写真を取り出してきて、サンドラーは赤茶色の髪の少年を指し示した。
瞳は焦げ茶色だ。
「この子がガスカル君じゃ。普通科に属していて、わしが直接教えているわけではないが、聞いた話によれば、特に目立った行動もない、大人しい生徒じゃったそうだ。問題を起こすようでもないし、失踪するような問題を起こすようにも見えなかったと。」
サンダラーはやはり優しい手つきでそ少年の写真を撫でる。


「2人の捜索は、探索魔法での探査は先生がなさったんですね。」
確認するように儀礼はサンドラーを見る。
「うむ。何度も繰り返し探したが、発見できなかった。学校の中だけでなく、王都中を探索したんだが、反応がないんじゃ。」
悔やむように眉をしかめてサンドラーは呟いた。
王都の学院で教師を勤めるほどだ、サンドラーの実力に不足があるとは思えなかった。


「2人がいなくなって、もう二日じゃ。何か良くないことが起こっているのだとしたら一刻も早く助けてやりたい。しかし、学校には外聞というものがある。夏休みを目前に生徒の失踪事件では、親御さんたちに平常ならざる不信感を与えてしまう。だから大事にはできないんじゃ。」
サンダラーの口調からは、納得しかねると言うような感情が読み取れた。
学校側のやり方に、サンドラーは不満があるらしい。


「2人は必ず僕たちが探し出して見せます。だから、心配なさらないでください。」
学校内で、寮の中で消えたということが、儀礼の中では引っ掛かっていた。
町に出て行って消えたのなら、家出や事件の可能性もある。
しかし、寮内でだ。
何らかの事故という可能性が高いのではないかと思われた。


 例えば、どこかの部屋に閉じ込められてしまっているとか、魔法科の生徒ならば、移転魔法の失敗など。
考えられることは多数ある。
とにかく、その2人の生徒について調べることが必要だと思われた。


「魔法科の生徒については白に調べてもらうのが一番かな。僕らの中で魔法に一番詳しいのは白だし。」
考えるように儀礼は言う。
「うん。私はいいよ。」
白は頷く。


「一人じゃ心配だから、クリーム、じゃない。ゼラード、白に付いて一緒に魔法科に行ってくれる?」
「俺は構わないが、魔法が使えなくても魔法科に入れるか?」
眉間に小さくしわを寄せてゼラードが問いかけた。


「本当に入学するわけじゃないし、そんなに気にすることないよ。それに、ゼラードなら砂神の剣の力があるじゃないか。」
くすくすと儀礼は笑った。
砂神の力は十分、魔法の力として分類できる。


「僕とトウイは普通科ね。学年が離れちゃうけど、情報集めるには広くできていいかな。」
少し困ったように腕を組んで儀礼は言う。
トウイは本来なら中等部だ。
だが、今回は高等部の1年に入ってもらう。


 行方不明になったガスカルのいる学年だ。
一番情報が入りやすい位置と言えるだろう。
儀礼が1年に入るとなると、白との身長差などが不自然になってしまう。


「僕は3年に入るよ。クレイル君は3年生だしね。」
所属する科は違うが、学年が同じ方が情報集めには、何かと有利にはなるだろう。


「俺は?」
今まで黙っていた獅子が、自分のやるべきことを儀礼に問う。
「獅子は武闘科に入って。そこで、いじめとか脅迫とか、そういう行方不明になりそうな状況を作り出しそうな生徒がいないか探してみてくれる?」
「わかった。」
獅子は頷く。


「そうだ、獅子。その黒い目、ここだとどうしても目立っちゃうから、僕の眼鏡かけていきなよ。」
儀礼は自分のかけていた色付き眼鏡を外して獅子にかけさせる。
普段見慣れないせいか、とても違和感があるが、獅子の瞳の色はわからなくなった。
これで、黒髪だとしてもそこまでは目立たないだろう。
あとは、獅子の行動が気になるところではあるが。


 武闘科とは言っても、学生である限り、冒険者ギルドでのライセンスは取れない。
だから、ギルドランクAの獅子が、手加減してみせたところで、学院の生徒たちには逆立ちしたって手の届かない存在だ。
むしろ、教師の側に立てる実力持ち。


 儀礼がどうして獅子を武闘科に勧めたか。
答えは簡単。
他の科では授業についていくことができないからだ。
獅子の頭の中味が残念でならない儀礼だった。

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