ギレイの旅

千夜ニイ

ドルエド王都の学院1

 儀礼たちは、ロッドとエンゲルを見送る。
彼らは王都から少し離れた所まで旅立ち、そこからロッドの移転魔法と、世界中の転移陣をいくつも利用して、どこから来たのか追跡できないようにして、アルバドリスクの国の中に入るらしい。
面倒なことだが、白の居場所を悟られないためには重要なことらしい。


 心配そうな表情で白は二人の騎士を見上げている。
「必ず、無事でいてね。」
白の言葉にエンゲルはひざまずく。
「シャーロ様から離れることは、大変心苦しい思いですが、必ず、重要な情報をつかみ取り、無事に戻って参ります。」
白の手を、そっと、震えるように握りしめて、エンゲルは言った。


「父様と、母様と兄様たちをお願い。」
涙のにじむ瞳で、白はエンゲルを見た。
握られた手を力強く握り返す。
「はっ。必ず!」
頭を垂れて、エンゲルは頷いた。
これから、内乱により混乱した国内に行くと言うのに、その瞳は力強い輝きを放っていた。


「気を付けてください。信用できる者は少ないです。」
真剣な表情で儀礼はロッドへと忠告する。
「わかっている。だからこそ我々が行くのだろう。」
ロッドの口調は落ち着いている。
その体の内側には、歳を重ねた者の経験が深く刻まれているようだ。


「何か困ったことがあればこれを。」
儀礼は小さな機械をロッドへと手渡す。
「通信機です。呼び掛けてくだされば、仲間を送り込むこともできます。」
儀礼もまた、危険な地へと行こうとしている二人の騎士を心配していた。


 儀礼の、まだ行ったことのない国。
母の生まれ育った、精霊の国、アルバドリスク。
その恵まれた土地故に、昔から狙われ続けていた。


 そうして、その国を守るために、今、二人の騎士が多くはない荷物を持って、旅立っていった。


 二人を見送る5人の姿。
儀礼、白、獅子、そして二人の少年。
「うわっ。」
振り返って、儀礼は驚きの声をあげた。


「気配消して後ろに立たないでよ。びっくりした。」
心臓を押さえて儀礼は二人の少年に言う。
一人は薄茶色の髪に薄茶色の瞳。髪は肩までの長さがあるが、鋭い目付きが少年らしさを醸し出している。
もう一人は小柄な少年。
儀礼の作った特殊な靴を履いている。


「どうしたの? クリーム、トウイ。」
二人の接近に気付いていたらしい獅子と白は別段、驚いた様子は見せていない。
そのことに、儀礼は不満そうに唇を尖らせる。


「今はゼラードだ。仕事があってな。デザートに来た仕事なんだが、人手が足りなくて、お前らが暇か聞きに来た。」
少年の姿をしたクリームは言う。
「普通に来ればいいのに。じゃなきゃ、メッセージ送ってくれれば良かったのに。」
小型のパソコンを服から出して儀礼は咎めるようにクリームを見る。


「急ぎだったんでな。ついでに、場所がここなんだ。王都。」
にやりと意味深にクリーム、いやゼラードは笑う。
「王都?」
儀礼は首を傾げた。
広いドルエドの王都だ。仕事があってもおかしくはない。


「王都の学院で2人、学生が行方不明になっているらしい。捜索の依頼が出た。」
クリームが依頼書を広げる。
「1年生と3年生? 4月に学校が始まって、今が7月だから、15歳と17歳ってとこか。」
依頼書を読んで儀礼は呟く。


「俺みたいに誕生日が早くなければな。」
4月に誕生日がある獅子はすでに17歳になっている。
「2人とも、男子寮の中でいなくなったんだね。探索魔法にも引っかかってないと……。」
考え込むように儀礼は拳を口元へと当てる。


「ああ。そして、騒ぎにはしたくないから、生徒に紛れ込んで探して欲しいってわけだ。」
ゼラードが言う。
行方不明になっているのは男子寮生が2人。探すなら男子寮の中に入れる方がいい。


「それでその格好。」
納得したように儀礼は大きく頷く。
「詳しい話はこれから学院に行って聞くんだが、一緒に来ないか?」
ゼラードの問いかけは、答えが決まっているかのように軽かった。
「お前の両親の通っていた場所なんだろう。」


ゼラードの言葉に、儀礼は白と獅子をちらりと見回してから、反対する様子がないことを確認し、頷いた。


「僕も子供の頃に、1ヶ月だけ通ったことがあるんだよ。教師の資格を取るためにね。もちろん、行ったのは初等科だったけど。」
にっこりと笑って、儀礼はゼラードの仕事を手伝うことを決めた。
王都の学校。
両親の出会ったそこに興味があったのも事実だった。


 王都の学院。
その校長室で5人は説明を聞いた。
探索魔法で探してもその2人の生徒の居場所が特定できないと言う。


 調べてみても、いなくなった2人の生徒に接点はなかったらしい。
3年の生徒は優秀で魔法科の学生であるということ。
1年生の生徒は目立つところのないおとなしい少年で、普通科の学生だと言う。
2人は今、具合が悪く入院したということにしているらしい。


 王都の学院には普通科、魔法科の他に、情報科と武闘科がある。
15歳から成人と認められるドルエドでは、授業とは別で、個別で自分の研究を持っている生徒がいたりする。
管理局にも登録されているため、管理局ランクの高い生徒も稀にいたりするらしい。


 儀礼の両親がそういう生徒だった。
校長室を出た儀礼たちは、協力者でもある魔法科の一人の老教師を訪ねた。
広い学院の中の研究室の一つに、その教師はいた。


 コンコン。
中の様子を扉に付いたガラス窓から確認して儀礼は扉を叩いた。
すぐに、老教師は作業中だった手を止めて、扉を開いてくれた。
校長先生から話がいっているのだろう。


 扉が開き、儀礼は真っ直ぐに教師の顔を見る。
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです。」
この教師には、儀礼が子供の頃にこの学院に来た時にも世話になった。
両親から離れてきた儀礼を気にして、よく面倒を見てくれたのだ。


「おおっ!」
老教師は驚いたように両目を見開いた。
「まさか、君が来てくれるなんて。何年ぶりだろうか。久し振りだね。」
懐かしむように老教師は優しい力で、儀礼を抱擁した。
「会えて嬉しいよ、エリ君。」
「……。息子のギレイです。」
老教師の言葉を、儀礼は引きつった笑みで訂正した。

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