ギレイの旅

千夜ニイ

王位継承権

「あんな追い払い方でよかったんですか?」
ロッドが心配するように儀礼を見る。
「問題ないですよ。獅子には難しい話に分類されてるはずですから。さっきの話も他言できません。」
自信を持った様子で儀礼は答える。


「? それならいいが。」
「と言うか、実際薬がないと僕が困るんで。『花巫女』にほとんど持っていかれたんで、対処のしようがないですから。紙に書かれた物を買ってくるくらい、獅子にもできますよ。」
最後の言葉を聞くと、まるで子供のおつかいだ。
黒獅子は一体どんな扱いをされているのだろうか、ロッドの頭に疑問が浮かぶ。


 儀礼は、花巫女に盛られた薬の解毒剤を獅子に管理局まで取りに行ってもらったのだ。
痛み止めの切れた儀礼に、花巫女は痛み止めと言って薬を飲ませた。
いや、嫌がった儀礼ののどに無理やり流し込んだのだが……。
痛みは治まった。それはいい。


 だが、興奮剤のような物でできているらしいその薬は、痛みを忘れさせるかわりに、興奮を呼び覚ます。
正直、誰かが触るだけで体は熱くなり、鼓動は速くなる。
(いつか復讐してやる。)
儀礼は花巫女への怒りを心の中で燃やしていた。


 それはおいておいて、儀礼が獅子を外へ出したのには別の意味もあった。
「本題に入らせていただきます。」
儀礼はロッドに一言断ってから話を始めた。


「単刀直入に言って、あなたはアルバドリスクの国王軍付きの騎士ですね。そして、白は王位継承権を持っている。」
儀礼の言葉をロッドは静かに聞いている。
『蜃気楼』と呼ばれる儀礼ならば、いつか気が付くと思っていたのかもしれない。


「僕は白と間違われて、アルバドリスクの人間に襲われたことがあります。」
今度は、ロッドはピクリと眉を動かした。
「その人は僕を殺そうとはせず、弱らせて、捕らえようとしていました。ユートラスのやり方とは違う。」
儀礼の話をロッドは口を挟まず、考えこむように聞いている。


「生きて捕らえようとするならば、考えられる可能性は利用すること。白が王位に近い存在であれば、幼い白を王位に就けて自由に操ることを考えてもおかしくない。何より、白はアルバドリスクの王位に必要な守護精霊を連れている。」
ロッドはゆっくりと瞳を閉じた。何かを迷っているようにも見える。


「ユートラスとは別で、アルバドリスクの中に、王座を狙うものがいると。そういうことですかな。」
瞳を開くとまっすぐに儀礼を見てロッドは問いかけた。
「いえ。ユートラスと完全に繋がりがないとはまだ言い切れません。ユートラス国内はまだ混乱している。複数の思惑が別々に動いていても不思議はありません。」
小さく首を振って儀礼は答えた。


 思い出すのは半年前。
魔法の植物を使って儀礼を捕らえようとしたアルバドリスクの男の言葉。
『安心しろ。殺すつもりはない。主の命令どおり。捕らえて、連れ帰る。おとなしくしていれば、怪我をさせるつもりもない。』
『おとなしく付いてくれば、楽な暮らしをさせてもらえる。』
半年でようやく調べが付いた。その男はある人物の指示で動いていた。


「コーナルダ家を探ってください。」
「ばかな、コーナルダ殿は王の友人だぞ!」
非難するような声でロッドは叫んだ。
最も信頼するものを裏切るというような、悲愴と恐怖に近い表情。


「娘がユートラスに嫁いで子供を生んでいます。その子供は低いけれどユートラスで、王位継承権を持っている。二つの国の国王を自分の手の中に収められたとしたら……。」
その言葉に、ロッドは渋面を作った。苦く、重たいしわを刻ませた表情。
「僕の手の内では、これ以上彼らに近付けません。信用されているあなたたちなら、可能でしょう。コーナルダを捕まえ、反乱軍とユートラスを抑えてください。」
「シャーロ様を守りきれるのか?」
儀礼の言葉に疑いを持ちつつも、真実を確かめるためには、とにかくアルバドリスクに行かなければならない。
ロッドは重たい声で儀礼に問いかけた。


「必ず。」
儀礼は引きもせずに答える。
ロッドは握手をしようとベッドの上に座っている儀礼に手を差し出す。
しかし、儀礼はその手を見るだけで、苦笑して申し訳ないと断った。


ほんのりと赤い顔をした、細い姿。
金色の髪、優しい顔立ち。
エリザベス……。ロッドは美しかった少女を思い出す。


「私はあの方を助けられなかった。今度こそは必ず守り抜く。何者も我が王家を傷付けさせはせん!」
ロッドの瞳は深い決意を称えていた。


(……ごめんなさい。)
心に傷を負っているロッドに、儀礼は心の中で謝る。
(今はまだ言えない。)


***************


「何しに来たの、シシ?」
管理局の中、白は受付に立つ獅子に駆け寄って聞く。
「お前らこそ何してるんだ?」
宿から飛び出していった白を見つけて、不思議そうに獅子が問いかける。


「私たちは、ギレイ君について管理局の人に聞きに来たんだ。」
ちょっと照れくさそうに、白は答える。
「そういえば、さっき、ギレイ君の崇拝者がいたよ。」
「儀礼崇拝者か。」
獅子はどこか遠い目をしている。


「なんとかのパーツがどうで、部品がどうだから、技術がどうでって、まったくわからないこと言ってた。」
白も遠い視線を少女の去っていった扉に向ける。
「普通の人が同じように組み立ててもだめなんだって。だからギレイ君は奇跡の人だって。」
うっとりとした瞳で語った少女を思い出す。


「あいかわらず、どこにでもいるよな。俺は儀礼に頼まれて薬をもらいに来たんだ。何か変な薬を飲まされたらしいけど、解毒系の薬品、みんな持ってかれたって……。」
さっきの少女の話を思い出す白。


「大丈夫なの? ギレイ君。」
「毒じゃないから大丈夫って言ってたぞ。触るなって怒ってたから、痛みはあるのかもな。」
眉を寄せて心配するように獅子は言う。


「ちょっと見せてくれ。」
エンゲルが言い、獅子は紙を見せる。
リストの中身を見てエンゲルはだいたいを察したらしい。
書かれているものは、鎮静剤や鎮痛剤の種類だ。興奮を鎮める作用の物ばかり。


「ふっ……気の毒に……。」
言いながら、エンゲルの顔は笑っている。
「そういや、お前、儀礼にあの怪我を負わせたんだったな。」
鋭い目で、怒りを露に獅子はエンゲルを睨み付ける。


「お前には関係のないことだ。」
若干、ばつが悪そうに顔を歪めてエンゲルは言う。
獅子は拳を握りしめた。今すぐにでも、殴りかかりそうな雰囲気だ。
白は戸惑いながら二人を見ていた。


 儀礼の怪我に関しては、白も憤りを感じている。
エンゲルと獅子が睨み合い、一触即発と思われたその時、二人の間に、突如旋風が巻き起こった。


《決着はすでに着いている。ギレイの勝ちでな。》
二人の間に割って入ったのは緑色の風の精霊、風祇だった。
《それでもまだ納得がいかないって言うんなら、……俺も相手をするぜ。》
ゴオと熱が沸き起こり、なにもない空間に炎が巻き起こった。
風祇の隣に浮いているのは火の精霊、フィオだった。
二人の精霊がエンゲルに向き合っている。


「決着は着いてるって。ギレイ君の精霊が。」
白は言う。
正確には契約をしていないので儀礼の精霊ではないのだろうが、二人の精霊はその言葉を否定しようとはしなかった。
「何?」
睨むような目付きで獅子が白を見る。


「ギレイ君の勝ちだって。」
知らず、にっこりと笑っていた白の言葉に、エンゲルは複雑そうに表情を歪める。
確かに、儀礼の前でエンゲルは倒れた。
それも無防備に動くこともできない状態に。


 精霊と、白に言われてはもうエンゲルには認める道しかない。
「確かに。私の敗けです。」
白に向かってエンゲルは言った。

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