ギレイの旅

千夜ニイ

対価の代わりに得た情報

 獅子と白は稽古と称して宿の中庭で、激しい打ち合いを演じていた。
訓練用ではなく真剣で切り合っているのには、ほとほと呆れる。
本来、危険な行いであるこの稽古をエンゲル達が止めないでいられるのは、明らかに強さに差があり、獅子が白に稽古をつけているのが分かったからだ。
そしてその稽古は2時間以上続いた。


「あれだけ打ち合って傷一つつかないとは、さすがだなぁ。」
腰に下げた剣をなでながら、獅子が言った。
「私の剣はさすがに手入れしないと、もたないな。」
白は魔剣と呼ばれる自分の短剣を抜き、その刀身のくもりを見る。
精霊の朝月に加工してもらった白い刃の剣を、白は今も大切に使っている。


 宿の部屋に戻る途中、廊下で白は異変を感じた。
広い廊下のところどころで、何人もの男たちが、ボーっとした様子で立っているのだ。
「どうしたんですか?」
あまりの不自然な光景に、思わず白は近くにいた、立ち尽くしている男の一人に聞いてみた。


「今、物凄く色気のある綺麗な女性が歩いていったんだ。」
半ば、呆然としたようにうっとりとした表情で、男は廊下の先を見つめていた。
「綺麗な女性?」
男達のあまりにも異常な態度に、白は首を傾げる。


「とても甘い、花のような香りがしたんだ。鮮やかな桃色の髪と吸い込まれるような桃色の瞳……。」
思い返すように目を閉じて、男は言う。
「豊満な胸に、掴みたくなるような細い腰。すらりとした長い足。思わず抱きつきたくなるような――。」
言いかけている途中で、男はハッとしたように我に返る。


 目の前に居るのは、少女と間違えそうなほどに可愛らしい少年だ。
「あー、えっと。君も大人になったら分かるよ。綺麗な女性だった。」
ゴホンと咳払いをして、男は慌てたように去って行った。


「桃色の髪と瞳。」
その容姿に、白と獅子は心当たりがあった。
二人は急いで儀礼のいる部屋へと向かう。
その部屋で白達が見たものは――呻くようにしてベッドに倒れている儀礼だった。


 上半身は裸で、体には青黒いあざが付いている。
一目でひどい怪我だと分かった。
「どうしたの! ギレイ君!?」
慌てて白と獅子は儀礼へと駆け寄る。
二人に続いて、エンゲルとロッドも儀礼達の部屋へと入ってきた。


「おそわれた……。」
不満げに唇を尖らせて儀礼は言う。
「誰に。」
獅子の声は低い。


「ショウフ。」
頬を膨らませ、不満そうに白衣のポケットを探りながら儀礼は言う。
その言葉に、部屋の中の空気は一瞬、固まった。
「…………は?」
一同は目が点になった。


「お、お前はこんな時に何考えてるんだ! 女に襲われてそんな怪我……!」
最初に正気に戻ったのはエンゲルで、怒りを覚えたらしく儀礼に詰め寄っていくと、拳を握る。
「これはお前がやったんだろ。」
自分のあざを指差して、呆れたように儀礼は言う。


「はぁ?」
眉を寄せたエンゲルだったが、昨日のことを思い出し、思ったよりひどい怪我の様子に驚く。
「昨日のか……すまん。」
「って、やっぱり何かあったんじゃねぇか、何したんだ。」
獅子が我に返り、儀礼を怒鳴りつけた後、謝ったエンゲルを睨みつける。


「いいよ、別にたいしたことないし。」
獅子を止めるように儀礼は言った。
「それで襲われたとは?」
ロッドは咳ばらいを一つしてから儀礼に問う。


「って……そんなこと言わせないで下さいよ。」
儀礼はばつが悪そうに壁の方へ視線を逸らす。その頬には、ピンク色の口紅が付いていた。
たちまち白が顔を真っ赤に染める。そして。
「ばかぁ!」
と言うと部屋の外へと飛び出して行った。


「待ってください、シャーロ様!」
慌てて、白の後を追うエンゲル。
二人が出ていくのを見送ってから儀礼は口を開いた。
「子供に聞かせるもんじゃなかったかな。」


「もう少しましな人払いはできなかったので?」
ロッドが苦笑いのような顔をしている。
話しの早いロッドに儀礼の口の端が上がる。


 次に儀礼は獅子を見る。
「……何で獅子まで赤くなってんだよ。」
呆れた目で獅子を見やる。
「お前も男だったんだなぁって……。」
その瞬間に儀礼はベッドの上の枕を獅子に投げ付けた。


 ボスッ
顔面に喰らった獅子は「悪かった。」とパタパタ手を振る。
「ったく。それで、ユートラスと繋がりのある貴族をある程度見つけ出せました。」
ロッドへ視線をもどすと儀礼は真面目な顔で話し出した。


「この紙がその人物達の名前のリストです。」
儀礼はネネから受け取った紙をロッドへと見せる。
「ばかな。軍の重要人物の名まで入っているではないか。こんなことがありえるはずがない!」
ロッドは首を振って否定した。


「『対価を払えば、真実を与える。』それが今のアルバドリスクの事実です。」
奪われた対価を思い、溜息を吐きたい気分になりながら儀礼はロッドへと告げる。
「20年以上前から、敵は根を伸ばしていたんです。以前は失敗した。けれど、今度こそとユートラスは思っている。」
真剣な顔で儀礼は語る。


 儀礼の言葉に、白髪の騎士は表情を曇らせた。
若くして命を落とした、愛らしい姫君。
そのことを思い出したのだろう。
白の周りで起こった現象は、確かに、22年前の悲劇と同じ様な出来事だった。


「まだ内乱の黒幕が誰かまでは分かっていません。アルバドリスクへの帰国は危険なものになります。誰が味方で誰が敵か分からない。それでも帰るんですよね。」
儀礼の言葉に、ロッドは頷く。
「だからこそ、シャーロ様は置いていく。しかし、この情報は、本当に信用できるのか? わしはやはり、信じられない。ナッシュガや、ニドリスの家の者が王家を裏切るなど。」
名前の書かれたリストを見ながら、ロッドの手はわずかに震えている。


「出所は……『花巫女』です。一流の情報屋。代価を払えば真実をくれる。間違いありません。まぁ、今回は代価は奪われたに近いですがね……。」
儀礼は桃色の髪と瞳を思い出し、恨みを込めて言う。
まだ、体の熱は引かない。
中和するための薬品まで、ネネに持っていかれてしまった。


「『花巫女』。あの、噂の人物か。」
驚いたようにロッドは目を見開いた。
「ネネがさらに情報を探しに行きました。定期的に相手方の情報を送り届けることができると思います。」
対価は奪われた。しかし、これでロッドの信用は得られたようだ。

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