ギレイの旅

千夜ニイ

シャーロット・アルバドリスクス

「そろそろ、認めたらどうですか? あなたの母親の正体と、自分の立場と、あの少女の本当の姿を。」
(白は、僕の弟……。)
いつの間にか、そう言うのが癖になっていた。
血の繋がりがあること、それが嬉しかった。
儀礼の考えていたことは間違ってはいない。


「エリザベス・ジェシカ・ランデ・アルバドリスクス。」
儀礼はもう一度囁いた。まるで、何かの呪文ででもあるかのように。
その瞬間に、一瞬だけ、儀礼の胸元で、不可視の青色の光が輝いた。
「認めるよ。その人は僕の母親だ。そして、……白は……シャーロット・ジェシカ・ランデ・アルバドリスクス。アルバドリスクの第一王女だ。」
力強い光を瞳に宿して、儀礼ははっきりとそう、告げた。


「だとしたら、謎なことがたくさんある。どうしてエリザベスが死んだことになっているのか。どうして、父さんと母さんがその、……、結ばれたのか。」
言いにくそうに、儀礼は考えていることを口にしていく。
「白がどうして襲われているのか。母さんは、どうして無事に暮らしていられるのか。母さんの守護精霊が、本当に消滅したなら、母さんは、どうして無事でいるのか。」
真剣な表情で、儀礼は口元に拳を当てる。


「父さんは、知っていて黙っていたのか。一体、何をして、母さんの無事を得たのか。」
「それは、本人に直接聞けばいいんじゃないのか?」
呆れたようにアーデスは儀礼を見る。
「そこはほら、僕、もう一年以上実家に連絡してないから……。」
ついと視線を逸らして、空の彼方を見つめる家出少年。


「さっさと謝りに行った方がいいんじゃないですか? なんなら、移転魔法で案内しますよ?」
右手に白い魔力を溜めながら、アーデスは問いかける。
「いや、待って。そんな、直接会うなんて、僕、どれだけ怒られるか。」
父に怒られると、そう考えただけで、儀礼の背中には冷や汗が流れ落ちる。


 怒っている人間に対して感じる肌の焼ける感覚は、火の精霊フィオの起こすものだとわかってはいても、長年身についてしまった硬直の癖はすぐに治まるものではない。
儀礼の記憶の中に残っているトラウマも、完全に消えたわけではないのだ。
「はあ。」
わざとらしく、アーデスは大きな溜息を吐いた。


「いいんですね。知らなくて。」
冷やかすような、面白がるような、そんな目で儀礼を見て、アーデスは白い光を消し去った。
「知りたいけど、今はちょっと……。」
「そのことじゃないんですけどね。」
ふぅ、とアーデスは今度は本当に大きな溜息を吐く。


「シエンには面白いものがありましたよ。いた、とか、生まれてたとか言うべきでしょうかね――。」
「そうだ、僕の家に侵入しようとしただろう。何してんだよ。」
つい先日の、厳しい攻防戦を思い出して、儀礼はアーデスを睨み付ける。
「少し用がありまして。ついでにご両親に挨拶でもと思ったのですが……。」


「何で、アーデスが僕の両親に挨拶するんだよ。」
「それは一応、監視役ほごしゃとして。」
にっこりと、可笑しそうにアーデスは笑う。
「本物の保護者に挨拶して、どうするんだよ。逆だろ、むしろ挨拶される側だろ。息子がいつもお世話になってますとか。接待されに行ったのか?」
苦笑いを浮かべて儀礼は問いかける。


「いいですね、それ。元王女の接待、是非受けてみたいですね。」
「母さん、普通の人だよ。たまにちょっと、天然なところがあるけど。あと、精霊が見えるから、いたずらとかしても筒抜け。」
そう言って儀礼は渋面を作る。
「引っかかった振り、してくれるんだけどね。」
それから、にっこりと、嬉しそうに儀礼は笑った。


「……話、逸れてますね。ギレイ様。まともに話するつもりありますか?」
「ずらしてるのはアーデスだろう。僕は普通に話してるだけだよ。」
頬を膨らませて、儀礼はアーデスを見上げる。
「僕の母親が元王女だったからって、何か変わるの? 死んだことになってる事だし、今さら王位継承権もないだろうし。問題ないだろう?」
肩をすくめて儀礼は言ってみせる。


「そうですね。どちらかというと、シャーロットという少女の正体がわかったことの方が我々に取っては重要ですね。」
顔を真剣なものに変えて、アーデスは言う。
「ギレイ。お前を身代わりにしてまでも守ろうとしたドルエド国王の態度も、これで納得がいった。相手は、一国の王女で、精霊の国において、精霊を見る力を持っている。」
「そして、守護精霊を連れている。」
付け足すように言って、儀礼は頷いた。


「アルバドリスクに取っては、何に変えても守りたい人物で、ドルエドに取っては格好の恩を売る材料。それに、守りきることで、過去に果たせなったエリザベスの件も名誉挽回できる。要人保護国家の名を売れるわけだ。」
天井を仰ぎ見るようにして、儀礼は溜息を吐いた。
「最初に利用されたのはしゃくだけど、白を守れたことは嬉しいと思ってるんだ。」
アーデスを見て、儀礼は言う。


「そして、これからもなんですよね。」
疲れたような声で、アーデスが言った。
儀礼は未だに、シャーロットとしての自分の画像を回収していない。
シャーロットを狙う敵は全て、儀礼の元へと集まる。
儀礼には、元々大勢の敵がいるというのに。


「お疲れ様、アーデス。いつもありがとう。みんなのおかげで、僕は無事でいられる。好きに旅をしていられる。閉じ込められることもなく、制限されることもなく。」
嬉しそうに儀礼は笑う。
「まぁ、それが我々の仕事ですからね。」
「……。」
面倒そうに言うアーデスを見て、儀礼は何かを言いたそうに口を閉ざす。


「何です?」
アーデスが問いかける。
「いや、アーデス、ランク調整してるんだったなぁ、と思って。」
本来ならば、アーデスだって儀礼と同じ、守られる立場だ、と思ってから、アーデスが襲われるイメージが湧かないことに思い至った。

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