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ギレイの旅

千夜ニイ

青い契約陣

「何が関係あるんです。このエリザベスって人は、ずっと昔に亡くなってるんじゃないですか。僕が生まれる前の話ですよ。」
渡された資料を、ひどく慎重に、震えるような手で、儀礼は一枚一枚、紙をめくっていく。
「僕は生まれてからずっとシエンにいたんです。アルバドリスクで起こったことも、ドルエドの王都で起こったことも知りませんよ。」
そこには、エリザベス・アルバドリスクスという一人の少女についてが書かれていた。


 アルバドリスクの王家に生まれて、ある日突然、ユートラスの兵士と思われる刺客たちに襲われ始める。
毎日のように王宮にまで侵入され、窮地に追い込まれたアルバドリスク国王は、同盟国であるドルエドへと救助を求めた。
今の儀礼は知っている。
ドルエドは、魔法の使いにくい国、魔法での侵入のしにくい国だということを。


 アルバドリスクの国王は、ドルエド国王に助けを求め、ドルエド国王はこれを受け入れた。
当時、16歳だった王女は、ドルエドへと身を隠すことになったのだ。
だが、ドルエドにまで、ユートラスの兵士達は侵入を果たした。
そして、ある日ついに、逃亡生活に耐えられなくなった王女は、自ら敵の手に落ち、その命を絶ってしまうという。


悲しい、悲しい、悲劇の物語。
儀礼の体が、カタカタと震えている。
心臓が、どくどくと脈打っている。
何か、分からない力が、胸の内から暴走を始めようとしているのを、儀礼は感じた。
それは、儀礼の知っている力ではない。


「……魔力か。だが、今までの儀礼の魔力と違う。これは……契約陣?」
儀礼の体を、魔力探査で眺めていたアーデスは、見たことのない状況に目を細める。
魔力で知覚化されたアーデスの視界には、儀礼の胸の中心から、青い魔法陣が表れていた。
「今まで、どれだけ調べても、見つけられなかったものが、なぜ急に出てきたんだ?」
余りに不審な出来事に、アーデスはいぶかしむ。


 さらに探ろうと、その魔法陣を詳しく調べていたアーデスだが、契約陣は完璧なものなのに、肝心の契約相手がいない。
契約主は、間違いなく儀礼なのだろうが、それすら、この魔法陣には明記されていなかった。
青い色から考えるに、契約の相手は、水の精霊だろう。
そこまで、考え付いたところで、アーデスは、魔法陣にはじき出された。


バチッ!
「くっ。」
強力な魔力の衝撃波を食らって、アーデスは痛そうに自分の手を押さえる。
「並の精霊ではないってことか。」
真剣な表情で魔法陣を見つめえてアーデスは言う。


 アーデスが探査している間、儀礼はただ、呆然としていた。
動くでもなく、考えている様でもない。
抜け殻になったかのように、焦点の合わない瞳で、紙の束を見つめていた。


 資料はまだ、続きがある。
エリザベス王女のドルエドでの偽名は、エリ。
ドルエド国王が、我が子の妃として迎えてでも、守り通そうとした、美しき姫。
国民の全てから愛される精霊の繋ぎ人で、金色の瞳に、精霊を見る深い青色の瞳をしていた。


 儀礼の耳にはドルエド国王の言葉がよみがえる。
儀礼の父が、何をしたのか。
『私の妻となる人を奪っていった男のことだ。』
「でも、亡くなってるんでしょう。この方は。」
ようやく、瞳に明りを灯して、儀礼は震えるような声で、呟いた。


「死亡したという、決定的な証拠がない。契約していた精霊が消滅したということは分かっている。」
調べだした結果をアーデスは告げる。
「アルバドリスクの王族ならば、守護精霊の契約を交わしているはずだ。1対1の、命を懸けた契約。精霊が消滅したなら、本人も確実に――。」
言いかけて、儀礼は言葉を止めた。


「守護精霊の契約。どうして知ったんですか?」
真剣な瞳でアーデスが見つめていた。
「白が、精霊と1対1の契約をしてるって、言ってたから……。」
呆然としたまま、儀礼は答える。
儀礼の思考の先は答えを知ってしまっているのに、儀礼の心だけがその答えを拒否しているかのように。


「その契約が、王族のものであると、どうして知っているのです?」
アーデスの言葉は穏やかだ。
しかし、今の儀礼には、容赦のない言葉のように聞こえた。
それではまるで、儀礼が、白が王族の者であると、知っているかのようではないか。


「だって、白は上流の貴族で……。アナザーも正体が掴めないって。だから、まだ正体は不明……。」
言いながら、儀礼の身体には、再び、訳もわからない震えが襲ってきていた。
春も半ばで、近頃では、汗ばむ陽気の日まであるというのに、儀礼の身体は冷たく冷え切っていた。
「その正体不明の少女と、あなたの母親は血縁であると、自分で認めたと、言ってましたよね。」
「アナザー、そのことまで言ったの? 情報屋、失格だ。」
儀礼は苦い笑みを浮かべる。


「情報量は支払いましたから。どちらがいい客かということでしょう。向こうは商売なんですから。」
薄っすらと笑みを浮かべてさらりと、アーデスは言う。
儀礼にとって、重要な情報と、大事な友人が、情報屋というくくりで、囲われてしまっている。
分かっている。それが、アナザーの仕事でもあるのだ。


 でも、今までは、アナザーは相手がどれだけ有益な手を出してきても、全てを振り払って儀礼を援護してくれていた。
なのに、これは、まるで儀礼に敵対しているようだ。
(敵対。)
なぜ、儀礼はそう思うのか、不思議だった。


 アーデスは敵ではない。
アナザーも敵ではない。
なのに、どうして、儀礼の敵などと思えるのか。
冷たくなった手を握り締めて、儀礼は考えていた。

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