ギレイの旅

千夜ニイ

騎士エンゲル

 ロッドと儀礼が話を進め、騎士の二人がアルバドリスクへ行き、その間の安全を儀礼達が守る。
そういうことで決着がつきそうだった。


「ならば、エンゲルを呼び戻さねばなるまいな。あやつにも話に加わってもらわねば。」
ロッド言い、何か口元で、ぶつぶつと小さな言葉を呟いていた。
魔法を使って通信しているのかもしれない。


「獅子と白――シャーロ様は置いてくるように言ってください。話を聞けば、白はきっとすぐにでもアルバドリスクへ行くと言って聞かないでしょう。」
苦笑するように儀礼は言う。
「なるほど、確かに。その通りですな。」
目を細め、あごひげを撫でながらロッドが答える。


 しかし、その行動に、エンゲルが反発しているらしく、なかなか魔法の通信が終わらない。
獅子一人に、白の身を任せることに納得しないのだろう。
「なら、もう一人護衛をつけますか? 『双璧』のアーデスをすぐに送り出せます。」
カタカタと、手袋に付いたキーを操り、儀礼はロッドへと微笑む。


「『双璧』のアーデス……。」
その名前に、ロッドが息を飲んだのが分かった。
世界最高峰の冒険者の名前だ。
儀礼は、にぃといたずらっこのような笑みを浮かべる。
「すぐに来てくれますよ。今、白の――シャーロ様の護衛の依頼を受けたって仲間に知らせましたから。」


「シロ、と呼んで構いませんよ。その方が慣れておいでなのでしょう。我々の価値観をあなたにまで押し付けることはいたしません。」
ほほほ、と笑うようにロッドが言う。
儀礼は小さく苦笑した。


「何より、シャーロ様自身がそれを望んでいるように感じます。ただの一人の人間として、見ていただけるのならば、その方が、シャーロ様には幸せなのでしょう。」
懐かしむように何かを見るようにして、目を細めて、ロッドは手に持っていた杖から力を抜いた。
どうやら、エンゲルの説得は終了したらしい。


 間もなく、儀礼とロッドのいる部屋に、不機嫌そうに眉にしわを寄せたエンゲルが入ってきた。
儀礼の体は、じりじりと焼ける感覚にカチリと硬直する。
「エンゲル。気を静めなさい。これから重要な話があるのだ。」
ロッドがエンゲルをとりなす。


 じろりと儀礼を睨んで、エンゲルは仕方なさそうにテーブルの席に着いた。
「では、話を再開します。」
緊張した声で儀礼は切り出した。
「これから、ロッドさんとエンゲルさんには、アルバドリスクに行ってもらいます。そして、国内の状況、国王の無事などできる限りのことを調べてもらいたいのです。」


 真剣な顔で、真面目な話を始めた儀礼に、エンゲルも態度を改める。
「我らは、王宮内で動いても、怪しまれはすまい。そして何より、シャーロ様の気がかりである、国王と、王子の安全を確認しに行けるということじゃ。」
ロッドが説明する。
「しかし、私はシャーロ様と共にいると誓ったばかりです。その側を離れるなどとは、考えられません。」
拳を握り締めて、エンゲルは反論する。


「でも、家族の無事を確認することがシャーロ様の願いでもあるんでしょう?」
儀礼が言えば、言葉を飲み込むようにしてエンゲルは奥歯を噛み締めた。
必死に、父と兄の無事を確かめに行くと言い張っていたシャーロの姿が、エンゲルの脳裏には浮かんでいた。


「僕の手の内では、王宮の中にまで入り込めても、誰が味方で、誰が敵かまでは、まだ見定められていない。」
物騒なことを儀礼は口にしていた。
アルバドリスクの王宮に、すでに配下の者を忍び込ませたことがあると言っているようなものだ。
二人の騎士が、鋭い視線で儀礼を睨む。


「……。」
儀礼は、乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
その時、儀礼の腕輪が白く光った。
明るく輝いたその光に、二人の騎士は何かを感じたようだった。


「今の光は……?」
不思議そうに儀礼の腕輪を見るエンゲルとロッド。
「朝月です。光の精霊なんです。」
「精霊使いか。ならば、城の中を覗くことも可能ということか。」
ふぅ、と息を吐いて、何かを納得したように二人は視線を穏やかにした。


 アルバドリスクは精霊の国。
精霊の力を使うことに関しては、否定的ではない。


「えっと、なんか分かってもらえたようで安心しました。それでですね。白をドルエド国内に留めておくための理由も必要なんで、それもどうするか考えようと思いまして。」
エンゲルがギロリと儀礼を睨む。
儀礼の肌は、またも火傷しそうな程に熱い。
「二人でアルバドリスクに行った場合、安全を確認するまで、どれ位の時間がかかりますか?」


 白がアルバドリスクにはいっても大丈夫だと分かるまでの時間、ということだ。
ロッドが深く考えるようにあごひげ何度も撫でる。
「ふーむ。できれば、全てを解決してからシャーロ様を国へ戻したいところですな。」
「なるほど。そうなると、おそらく期間は二ヶ月から遅ければ半年以上ですね……。資金の方は問題ありません。」
何とはなしに、世界地図を眺めながら、儀礼は答える。


「うむ。状況を見て、判断して欲しい。必ず、内乱が解決してから国に入るよう。」
念を押すようにロッドは言う。
その後、さらに詳しく打ち合わせをして、儀礼たちは話を終えることにした。


「わかりました。では、これ位にして、獅子達の方へ行きますか。退屈し始めてる頃だと思いますし。」
ロッドと儀礼が扉へと向かい、部屋を出ようとする。
「ちょっと待て、ぼうず。少し話がある。」
エンゲルが儀礼の肩を掴んで引き止めた。


 肌を焼く気配に嫌な予感を感じながら、儀礼は溜息を吐く。
仲裁を求めようともう一人の騎士の方を見るが、すでに、ロッドは外へと向かって長い廊下を歩いてしまっていた。
「何ですか? 仕事の説明は一通り聞いたと思いますが。」
できる限りの営業スマイルで儀礼は応える。


 が、腕を思い切り強く引かれ、部屋の奥へと放り込まれた。
部屋の中に倒れこむ儀礼。
バタン。
涙で滲む視界の先では、扉の閉まった音がした。


「俺は、黒獅子は認めたが、お前は認めていない!」
怒りを放ちながら、儀礼を睨み付けるエンゲル。
顔は引きつり、身動きができなくなる儀礼。
そんな儀礼の服を左腕で掴むと、エンゲルは、持ち上げるように無理やり立たせる。


 儀礼の腹へ、思い切り拳を叩き入れる。
「ぐぅ……。」
急な痛みに、儀礼は吐き気を覚え、一瞬、視界が揺らぐ。
「何……を……。」


「そんなに弱いお前が、シャーロ様より弱いお前が、どうやってあの方を守るんだ!」
エンゲルが腕を放すと儀礼は床に膝を着く。
倒れそうになるのを何とか堪えた。
そんな儀礼に、エンゲルはさらに蹴りを放つ。


 エンゲルの足は儀礼の胸に当たり、儀礼は後ろの壁にまで吹き飛ばされた。
体を鍛えている一国の騎士と、冒険者ランクが、ようやくCの儀礼。
力の差は明らかだ。
胸と背中に強い衝撃を受け、儀礼は呻く。


「うぅ……。」
「あの方に触れるな! お前は、あの方の何一つ分かってはいないんだ!」
儀礼は苦痛に顔を歪ませながらも、エンゲルを見た。
エンゲルは、怒りよりも苦しそうな表情をしていた。


 儀礼は思い至った。
(騎士にとっては、触れることの許されない人……か。)
それなら、儀礼はまるきり無関係な者として、白に出会えたのは幸運なのかもしれない。


「もし、あの方に、何かあってみろ! こんなものでは済まさないぞ。お前の首を刎ね、お前の家族もただでは済まさない。」
エンゲルは儀礼を真っ直ぐに睨み付け、剣の柄に手をかけていた。
「ふぅ~。」
体の痛みを堪え、儀礼は深い息を吐いた。


 自分のことはどう言われようと構わないが、両親に関しては関係ないではないか。
わずかに、儀礼の中に怒りがこみ上げてきた。
「白に何かある? そんなことは絶対にない。僕の命にかけてだ。僕の、存在にかけて。全ての友人達の力を信じて。白は僕が守る!」
儀礼はエンゲルを睨み返していた。


「シャーロ様をそのような呼び方するな!」
剣の鞘で、エンゲルは儀礼の肩を打った。
「ぐぁぁ……。」
儀礼は肩を押さえ、床に屈みこんだ。


(こんな奴、国であれば、打ち首にしてくれるのに……。)
エンゲルの脳裏に、儀礼と並び、嬉しそうに笑うシャーロの姿が浮かぶ。
(何故……あなたは微笑むのですか?)


 王宮を出る時、エンゲルは泣き崩れ、嫌がるシャーロットを抑え付ける様に、無理やり馬に乗せて連れ出した。
何日も、何日も、泣き続け、怯える少女を何度、抱きしめたいと思ったことか。
身分の違いがなければ、騎士としての立場がなければ……。
彼女とはぐれて一ヶ月以上。
必死で探して、ようやく見付けた少女は、誰だかも分からない少年の横で微笑んでいた。

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