ギレイの旅

千夜ニイ

占い師

 ポツンとギルドの前に残された儀礼。
じりじりと肌の焼ける気配がまだ残っている。
「フィオ。」
儀礼が呼び掛ければ、熱さは治まった。


「どうしよっか。」
閉じられてしまったギルドの扉を見て、儀礼はぽつりと呟いた。
これと言うのも、獅子が約束の時間に来ていなかったせいだ、と勝手に獅子のせいにして、儀礼はとぼとぼと道を歩き出す。


 今、儀礼が一人でギルドに入っても、結果は変わらないだろう。
獅子が来るまで、少し時間をつぶすことにする。


「やっぱりいいね、ドルエドは。魔法探査がまったくかかってこないなんて。」
フェードにいる間、色とりどりに光っていた腕輪の石が、まったく光を見せない。
「朝月。」
そう呼び掛ければ、白く淡く光るだけ。


「ドルエドって最高!」
銀色の腕輪を太陽に掲げてみながら、儀礼は呟いた。くすくすと、儀礼を笑う気配がした。
儀礼は周囲を見回す。


 少し先の道端に、怪しげな占いの露店があった。
見たことのあるような店だった。


「……占ってもらえますか。」
黒いローブを頭から被った占い師の正面に座ると、儀礼は声をかけた。


「何を占いましょう。」
くすりと、笑う気配を見せて、占い師が儀礼に告げる。
口元だけが見えているが、占い師の顔までは見えない。


「えーと。今回の依頼を受けた時と受けなかった時の国の情勢を。」
儀礼は、一瞬考えるようにして言った。
途端に、占い師は真剣な表情になって、水晶球に手をかざす。
透明な水晶球には、薄暗い雲のようなものが浮き出てきた。


「……。」
占い師は黙っている。
やがて、水晶球の中で、黒い雲の様なものの中にちらほらと星のような光が見え始めてきた。


「この依頼、受ければ国は何も変わりません。受けなければ、この国は滅びます。」
それが、定例句ででもあるかのように、すらすらと、占い師は告げた。


「やっぱり、受けない訳にはいかないね。」
にっこりと儀礼は微笑んだ。
「フェードどころかドルエドまで。」
くすりと、儀礼は笑っている。


「本当にわかっているの? 前にも言ったけど、受ければあなたは……。」
ばさりとローブのフードを取り去って、ネネが顔を見せた。
その唇を儀礼は人差し指でふさぐ。


「前も大丈夫だった。僕には力強い味方がたくさんいるんだ。あなたみたいに。」
儀礼は楽しげに笑う。
「国を救いに行ってきます。」
そう言って、儀礼は再びギルドの方へと向かって歩き出したのだった。


 儀礼がギルドの前に着くと、そこにはすでに獅子の姿があった。
「遅いぞ儀礼。」
獅子は言う。


「遅かったのは獅子の方だろう。危うく依頼を断られるところだったんだぞ。」
まだ、依頼キャンセルの連絡を受けていないことに安心しながらも、儀礼は獅子へと不満をぶつける。
「悪かった。ちょっと病院を探すのに手間取ってな。」
獅子は言う。


「病院?」
その言葉に、儀礼は獅子の姿を見回した。
少しほこりを被って入るようだが、特に怪我をした様子は見当たらない。
そのことに安堵して儀礼は問いかけるように、もう一度獅子に視線を合わせる。


「光の剣に客が来た。」
にやりと笑って、獅子が言う。
「無傷。」
微妙な苦笑を浮かべて、儀礼は獅子の強さを再確認する。


 今回の、白の依頼を受けるためには、この強さが必要なのだ。
今の獅子を見れば、Aランクの依頼、断られる理由が、儀礼には思い当たらなかった。
二人はギルドの扉をくぐる。


「――だから、もっと普通の護衛はいなかったのか?!」
大柄な、騎士の姿をした男が、ギルドの受付に乗り込むような姿勢で怒鳴りつけている。
「十分な実績を持ったパーティなんですよ。若い男の二人組ですが、実力も十分です。」
マスターが丁寧に説明してくれている。


大きな騎士の後ろには、途方にくれているように男をいさめようとする白髪の騎士。
そして、その場にいるもう一人は――。


「ギレイ君!」
儀礼によく似た少年が、ぶんぶんと手を振っている。
纏っているのは、二人の男達と同じ様な騎士の鎧。
14、5歳位の少年は、唯一儀礼とは違う、深い青色の瞳を輝かせている。
以前、別れた時よりも肉付きがよくなり、健康的に見える。


「太ったって言うの!?」
慌てた様子で、顔を真っ赤にして白は自分の頬を隠す。
「はは。違うよ。元気そうだと思って。」
初めて白と出会ったときには、骨ばった体つきで、ガリガリにやせ細っていて、体力も弱っていた。


「白。僕達は君の依頼を受けるよ。」
まだ、受付でマスターともめている騎士を無視して、儀礼は白と直接話をつける。
「本当に!!?」
嬉しそうに叫び、白は儀礼の手を握った。
「また、ギレイ君たちと一緒に旅ができるの?!」


 ぎゅっと握った白の手が、思わず力が入りすぎていたらしく、儀礼が小さく苦笑する。
「あ、ごめんなさい。」
顔を赤くして、白は慌てて儀礼の手を離した。


「可愛いね。白は、すぐに赤くなるんだ。変わってないね。」
くすくすと儀礼は笑う。
そして、懐かしむように白の頭を撫でた。
「むぅ~。」
照れながら、俯いている白だが、悪い気はしていないらしい。
その口元は微笑んでいた。


「力不足だ!」
突然、横から高圧的な口調で、背の高い騎士が言った。
受付でのマスターとのやり取りをやめ、儀礼達の存在に気付いたらしい。
バシン、と男は、白の頭の上にあった儀礼の手を叩いて払った。

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