ギレイの旅

千夜ニイ

最古参チームと遺跡の調査3

「ギレイ様は、この遺跡をどう思いますか。」
酔っ払っている男から意識を離し、儀礼の方へと戻りながらアーデスが問う。
アーデスは儀礼「様」と呼んだ。
と、言ってもここにいるメンバーは全員、儀礼がSランクであることを知っているため、気にもしなかったが。


 儀礼以外は。


 むぅ。
と口の中で息を吐いてから儀礼はアーデスに向き直る。
管理局の最高名誉者たちの前で、儀礼のような未熟者を様呼びするのはやめてもらいたかった。
恐れ多すぎる。


 しかし、遺跡への意見を求められて、儀礼は深く考える。
「この遺跡、なんか、生活感がありますよね。暮らしを感じると言うのか。古代の人たちの使っていた様子が伺えます。」
口元に拳を当てて、儀礼は考え込むようにして続ける。
「その割に、侵入してくる者に対しての仕掛けが多くあって、まるで、何かを守っているかのような作りになってますよね。砦とか、お屋敷とか、そういったものが思い浮かびます。」


 儀礼の言葉に、長老達が頷く。
「興味深い意見じゃな。まだ、最初の入り口に入ったばかりに過ぎんが、そこまで、お前さんには見えているのか。」
「わしも、仕掛けのない、長い通路を見ると、古代人の歩く様が見えるようじゃった。」
目を細めて、メンバーの一人が言う。
遺跡の話にも、花が咲いてゆく。


「ギレイ様。そろそろ寝たほうがいい時間ですね。」
にっこりと微笑んで、アーデスが言う。
「……それ、僕だけ子ども扱いしてるよね。」
「無理やり寝かしつける手もありますが。どちらがいいですか?」
手の平の上に、何か黒く蠢く闇のようなものを浮かせて、アーデスはにっこりと微笑んでいる。


「そうじゃ、そうじゃ、子供は寝る時間じゃ。」
頬を引きつらせる儀礼に、追い討ちをかけるように、長老たちが言葉をかけてくる。


「皆さんも、明日の調査を考えたら、もうお休みになられた方がいいと思いますよ。見張りは私が引き受けますので。」
今度は長老達の方に向き直って、アーデスは言った。


「生意気坊主が、いっちょ前の口を聞くようになったわ。」
「あの、口の聞き方も知らんかった生意気坊主が。」
わははは、と老人たちは笑う。
アーデスが片方の眉をピクリと動かした。
彼らから見たら、アーデスさえも子供扱いなのか、と儀礼はなんとなく安心感を抱き、素直に寝袋の中で目を閉じた。


「アーデス。見張りの交代、僕引き受けるから。」
最古参のメンバー達に、魔物が襲ってくる可能性のある遺跡での見張りを任せるわけにはいかない。
「私も見張りはしますから、ギレイさんは眠ってて結構ですよ。」
儀礼が目を開けて見れば、ヤンが優しい笑みを浮かべていた。


「……僕も、できるから。3人で交代制にしよう。」
にっこりと笑って儀礼は提案する。
今までは、ずっとヤンとアーデスが見張りをしていた。
けれど、儀礼だって、もう子供ではないのだ。
長老たちは、儀礼をアーデス達と同じ扱いにした。


 だから、もう儀礼に気構える必要はない。
遠慮する必要はない。
彼らに取っては、儀礼だろうが、アーデスだろうが、どちらにしろ半人前なのだ。
生きてきた時間、研究に費やしてきた年月が違う。


「もう、あと2日しかないんだ。僕も、少しでも長く、遺跡の中で起きて見ていたい。見張りだって出来るよ。何かあれば、すぐに知らせるから、安心して、眠って。」
さすがに、未知の遺跡での5日目ともなれば、アーデスやヤンにも疲れは出てくる。
何が起こるかわからない。
何ランクに位置づけられるかも分からない遺跡。


 もしも、突然、Aランクのガーディアンが出現したら。
Aランクの魔物が現れたら。
考えられる可能性は十分にある。
だから、一時も気を抜けない。


「先に僕は寝るから、たまには僕も頼って。これでも、Sランクなんだよ。」
くすくすと笑って、儀礼は今度こそ完全に目を閉じた。
その寝顔は、幼い子供にしか見えない。
だが、その左腕で光る腕輪の石から、白い結界が飛び出してきた。
半球体の結界が、調査隊全体を包み込む。


「何だこれは……。」
「こんな大きな結界を、……眠りながら発動しているんか?」
「その子がか?」
見たことのない光景に、最古参メンバーは騒然としている。
そんな中で、儀礼は早くもすやすやと寝息をたてていた。


「光の結界か。魔物は通さないな。」
「これ、精霊の力ですよね。」
すでに、慣れきったかのような態度で、のんびりと構えているのはアーデスとヤンだ。


 どこに行っても、儀礼は儀礼で、人を驚かせることをしているのに、本人は、全くの他人事。
今だって、遺跡の中に安全地帯を作るという奇跡を起こしているのに、本人は全く気付いていない。
気付いたAランク研究者たちがパニックを起こすほどに興奮している中を、ぐっすりと熟睡しているのだ。


「この子が、管理局のSランクか。」
しばらく騒いだあとに、ようやく納得したように長老たちは腰を下ろす。
いつまでも騒いでいるほど、若くもないし、何が起こっても納得できる答えを探し出せる。
それだけの経験を積んできている。


 そして、そこにいるのは、彼らの上を行った者。
「ええ。ドルエドの『蜃気楼』。ギレイ・マドイです。」
それを主とした、二人の配下、アーデスとヤンが、得意げに微笑んでいた。


 残りの2日。
遺跡調査は順調に進んだ。
儀礼は調査への参加を許可され、主にトラップの解除役を担っていた。
そうして、遺跡調査は、当初の予定よりも順調に進み、予定していた1階部分の半分を終え、3分の2にまで達していた。


「ありがとうございました。とても勉強になりました。」
遺跡の外で、儀礼は深々と最古参メンバー達に頭を下げる。
「いや、こちらこそ。久し振りに楽しい調査になったわい。」
そう言って、長老たちがわはは、と笑う。


 活気のある姿。
平均寿命をとうに超えた研究者たちが、現役で遺跡の調査へと乗り込む。
このまま、ずっと、元気でいてもらいたい。
儀礼はそう願っていた。


「二日後には遺跡調査のまとめをするぞ。」
長老が儀礼に言った。
「はい!」
もちろんです。と儀礼は元気良く参加を告げた。
誰も受け入れなかった最古参のチームに、少年が受け入れられた瞬間だった。

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