ギレイの旅
最古参チームと遺跡の調査2
儀礼はトラップに向き合った。
仕掛けは単純なD級トラップ。
壁の燭台に手をかけると、壁から槍が出てきて串刺しにされるのだ。
儀礼は燭台に触れないよう、隣のブロックをはずし、燭台に結び付いたワイヤーを切った。
それだけでこのトラップは発動しなくなるのだ。
ついでに、その槍を避けるために前や後ろに移動すると二重トラップが起動するがそちらも先に杭を咬ませて無効化する。
「ふむ。まあまあじゃな。」
そう言って長老は儀礼の背中をポンポンと叩いた。
そして、壁のトラップを示して懐かしそうに目を細める。
「このタイプのトラップを解除するのに、昔は起動させてから槍を折っとった。隣の石が外れることに気づいたのは誰あろう、わしじゃったんじゃ。」
その言葉に、儀礼は自分が先人たちの犠牲と努力によって組み上げた、土台の上に乗っているにすぎないのだと感じた。
儀礼には、誰にも簡単には解けないような新しい罠を作ることはできるだろう。
でも、未だに新しいトラップの解除をしたことはない。
全てが知識として覚えたことだった。
担当分野が違うと言ったらそうかもしれないが。
管理局の中には過去の栄光にいつまでもしがみついていると、皮肉る者もいるが、事実彼らのそうした積み重ねがあるからこそ知識は継がれているのだ。
今では遺跡の調査で死ぬ者は、段違いに減っている。
儀礼はトラップの起動箇所にはけで塗料を塗っていく。
今までにも、遺跡の中に取り残されたトラップや、あせた色を塗り替えることは幾度かあった。
だが、未踏の遺跡の最先端で、調査の最中にいる。
それは初めてのことだった。
(今、誰も見たことのない場所にいる。)
体が、身の内側から沸き立つような感動を覚えた。
普段の大人びた表情から、子供のように顔をほころばせる儀礼を、ヤンとアーデスは微笑ましく見ていた。
その時、古参メンバーの空気が変わった。
一瞬、身構えた二人の護衛だったが、すぐに気を抜いた。
瞳を輝かせている儀礼に向かって、長老が問いかけた。
「楽しいか?」
塗料の入った缶とハケを握りしめたまま、儀礼は――
「はい!」
即答していた。
口が開きっぱなしだったことに気付き、慌てて表情をキリリとひき締める。
だが。
ぷはっ。
信じられないことに長老が噴いた。
「ははは。気にするな、自然にしておればよい。」
そう言って長老は儀礼の頭をポンポンと叩く。
金色の髪が指の間からはみだしサラサラと揺れる。
「わしの子供が、お前位の時には遺跡になど興味も持たなかったわ。」
「子供どころか孫ですらもっと年上でしょうが、リーダー。」
別のメンバーが長老を茶化す。
わははは、と笑いが起こった。
その若者を見ながら、新しい世代を育てることを怠っていたのでは、と長老は感じた。
事実、彼らのチームに若い者はいない。
しかし、技術や情報を公開している彼らから、たくさんのことが与えられ、管理局は成り立ってきているのだが。
その後、儀礼には発言権が与えられ、トラップの場所や解除を手伝うことが許された。
実際に儀礼の手際はよく、時間の短縮に繋がった。
 
その夜、火を囲んでの食事時間。
「お前、どうして正確に罠の位置がわかるんだ?」
メンバーの一人が聞いてきた。
「えっと、地図の位置とか、壁の形とか何となくなんですが。」
なんとなくという答えに納得のいかない老人たちは次々に質問を浴びせる。
そして、儀礼の設計図としてとらえる目(感覚)に気付いた。
 
『 天才 』
否定しながらも彼らの頭にその言葉が浮かぶ。
しかし、さらに質問を進め、人体の設計図(解剖図)の話が出ると、彼らの態度が一変した。
「お前は。家の中にこもってばかりいるから、いかんのだ。」
「そうだ、外に出ろ外に。」
メンバーが文句を言い始めた。
普段は「若い者は研究が足りん」、やら「真面目さに欠ける」などと怒っているメンバー達が。 
「わしがお前位の時には、毎日山を駆け回っていたぞ。」
「わしは畑の手伝いをしていたぞ。」
「うちにゃ、畑どころか家もねぇでな……。」
いつのまにか昔談義に花が咲く。
儀礼は嬉しそうに彼らの昔話を聞いていた。
「わしは祭りの後に小銭が落ちてないかと、地面を這ってあるいたわ。がはは。」
「うちの裏の沼にはな、カエルが山のようにいて、その蛙を……。」
話が、くだらない遊び話に移り始めた頃、アーデスが立ち上がった。
「ギレイ、知らなくていいこともある。先生方、彼が子供だからとあまりからかうのはやめてください。」
そう言うとアーデスは儀礼に寝袋を押し付けた。
その時、少し離れた所から声がした。
「おお、お嬢ちゃん、もっとこっちによって。となり、となり。」
いい具合に酔いの回った男がヤンを呼び寄せる。
絡まれている、と思い行こうとした儀礼をアーデスが手で制した。
肌を焼く感覚に儀礼は体を硬直させる。
「そんな、お嬢ちゃんだなんて……。」
ヤンは照れたように、とんがり帽子を目深く被りなおしている。
どことなく、嬉しそうなので案外、大丈夫なようだ。
アーデスが酔っぱらいへと近づいていく。
「どうやって酒を持ち込んだんです。今回の調査には禁止されているはずです。」
「だぁれが、酒を禁止なんかにしたぁ。飲まなきゃやってらんねえば。」
男は言い返す。
酒類に関しては昔から賛否両論だった。
強い酒は体を温める効果や栄養補給、消毒や麻酔代わりにもなり冒険者たちには重宝されていた。
しかし、飲酒状態でのトラップの誤動作や、ケンカなどのトラブルの増加に加え、長期間密室に近い孤立した調査を行う遺跡などでは理性を欠くことが多かった。
そのため、十年ほど前に、長期の遺跡探索と、Aランクの遺跡調査に限り酒類を禁止していた。
今回の遺跡は未踏なため、Aランクの仕事となっている。
当然アルコールは禁止のはずだ。
「い~いじゃねぇか、少しくらい。」
男は話を聞く様子もなく、アーデスに酒を勧めた。
アーデスはAAランクとしての真価を発揮した。
『双璧』と呼ばれる冒険者としての威圧を放つ。
その気に当てられ、男は渋々と酒をしまったのだった。
仕掛けは単純なD級トラップ。
壁の燭台に手をかけると、壁から槍が出てきて串刺しにされるのだ。
儀礼は燭台に触れないよう、隣のブロックをはずし、燭台に結び付いたワイヤーを切った。
それだけでこのトラップは発動しなくなるのだ。
ついでに、その槍を避けるために前や後ろに移動すると二重トラップが起動するがそちらも先に杭を咬ませて無効化する。
「ふむ。まあまあじゃな。」
そう言って長老は儀礼の背中をポンポンと叩いた。
そして、壁のトラップを示して懐かしそうに目を細める。
「このタイプのトラップを解除するのに、昔は起動させてから槍を折っとった。隣の石が外れることに気づいたのは誰あろう、わしじゃったんじゃ。」
その言葉に、儀礼は自分が先人たちの犠牲と努力によって組み上げた、土台の上に乗っているにすぎないのだと感じた。
儀礼には、誰にも簡単には解けないような新しい罠を作ることはできるだろう。
でも、未だに新しいトラップの解除をしたことはない。
全てが知識として覚えたことだった。
担当分野が違うと言ったらそうかもしれないが。
管理局の中には過去の栄光にいつまでもしがみついていると、皮肉る者もいるが、事実彼らのそうした積み重ねがあるからこそ知識は継がれているのだ。
今では遺跡の調査で死ぬ者は、段違いに減っている。
儀礼はトラップの起動箇所にはけで塗料を塗っていく。
今までにも、遺跡の中に取り残されたトラップや、あせた色を塗り替えることは幾度かあった。
だが、未踏の遺跡の最先端で、調査の最中にいる。
それは初めてのことだった。
(今、誰も見たことのない場所にいる。)
体が、身の内側から沸き立つような感動を覚えた。
普段の大人びた表情から、子供のように顔をほころばせる儀礼を、ヤンとアーデスは微笑ましく見ていた。
その時、古参メンバーの空気が変わった。
一瞬、身構えた二人の護衛だったが、すぐに気を抜いた。
瞳を輝かせている儀礼に向かって、長老が問いかけた。
「楽しいか?」
塗料の入った缶とハケを握りしめたまま、儀礼は――
「はい!」
即答していた。
口が開きっぱなしだったことに気付き、慌てて表情をキリリとひき締める。
だが。
ぷはっ。
信じられないことに長老が噴いた。
「ははは。気にするな、自然にしておればよい。」
そう言って長老は儀礼の頭をポンポンと叩く。
金色の髪が指の間からはみだしサラサラと揺れる。
「わしの子供が、お前位の時には遺跡になど興味も持たなかったわ。」
「子供どころか孫ですらもっと年上でしょうが、リーダー。」
別のメンバーが長老を茶化す。
わははは、と笑いが起こった。
その若者を見ながら、新しい世代を育てることを怠っていたのでは、と長老は感じた。
事実、彼らのチームに若い者はいない。
しかし、技術や情報を公開している彼らから、たくさんのことが与えられ、管理局は成り立ってきているのだが。
その後、儀礼には発言権が与えられ、トラップの場所や解除を手伝うことが許された。
実際に儀礼の手際はよく、時間の短縮に繋がった。
 
その夜、火を囲んでの食事時間。
「お前、どうして正確に罠の位置がわかるんだ?」
メンバーの一人が聞いてきた。
「えっと、地図の位置とか、壁の形とか何となくなんですが。」
なんとなくという答えに納得のいかない老人たちは次々に質問を浴びせる。
そして、儀礼の設計図としてとらえる目(感覚)に気付いた。
 
『 天才 』
否定しながらも彼らの頭にその言葉が浮かぶ。
しかし、さらに質問を進め、人体の設計図(解剖図)の話が出ると、彼らの態度が一変した。
「お前は。家の中にこもってばかりいるから、いかんのだ。」
「そうだ、外に出ろ外に。」
メンバーが文句を言い始めた。
普段は「若い者は研究が足りん」、やら「真面目さに欠ける」などと怒っているメンバー達が。 
「わしがお前位の時には、毎日山を駆け回っていたぞ。」
「わしは畑の手伝いをしていたぞ。」
「うちにゃ、畑どころか家もねぇでな……。」
いつのまにか昔談義に花が咲く。
儀礼は嬉しそうに彼らの昔話を聞いていた。
「わしは祭りの後に小銭が落ちてないかと、地面を這ってあるいたわ。がはは。」
「うちの裏の沼にはな、カエルが山のようにいて、その蛙を……。」
話が、くだらない遊び話に移り始めた頃、アーデスが立ち上がった。
「ギレイ、知らなくていいこともある。先生方、彼が子供だからとあまりからかうのはやめてください。」
そう言うとアーデスは儀礼に寝袋を押し付けた。
その時、少し離れた所から声がした。
「おお、お嬢ちゃん、もっとこっちによって。となり、となり。」
いい具合に酔いの回った男がヤンを呼び寄せる。
絡まれている、と思い行こうとした儀礼をアーデスが手で制した。
肌を焼く感覚に儀礼は体を硬直させる。
「そんな、お嬢ちゃんだなんて……。」
ヤンは照れたように、とんがり帽子を目深く被りなおしている。
どことなく、嬉しそうなので案外、大丈夫なようだ。
アーデスが酔っぱらいへと近づいていく。
「どうやって酒を持ち込んだんです。今回の調査には禁止されているはずです。」
「だぁれが、酒を禁止なんかにしたぁ。飲まなきゃやってらんねえば。」
男は言い返す。
酒類に関しては昔から賛否両論だった。
強い酒は体を温める効果や栄養補給、消毒や麻酔代わりにもなり冒険者たちには重宝されていた。
しかし、飲酒状態でのトラップの誤動作や、ケンカなどのトラブルの増加に加え、長期間密室に近い孤立した調査を行う遺跡などでは理性を欠くことが多かった。
そのため、十年ほど前に、長期の遺跡探索と、Aランクの遺跡調査に限り酒類を禁止していた。
今回の遺跡は未踏なため、Aランクの仕事となっている。
当然アルコールは禁止のはずだ。
「い~いじゃねぇか、少しくらい。」
男は話を聞く様子もなく、アーデスに酒を勧めた。
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