ギレイの旅
青い湖
薄暗い洞窟の中。
淡く、光り輝く青色の小さな湖。
こんこんと清らかな水が湧き出しており、天井からも鍾乳洞をつたって水の雫が滴り落ちる。
水の気配の濃い場所。
そこは、アルバドリスクの王城の地下にあった。
不思議で幻想的な光景。
それを、『花巫女』ネネは夢現の中で見ていた。
夢と現実の狭間。
しかし、それが現実であることもまた、ネネには分かっていた。
それが、ネネの、祝の者の能力。
幻想的なその場所に、一人の青年が現れた。
青年は茶色い、土色の壷を持っている。
黒髪に、どこかで見たことのあるような、優しげで透き通った茶色の瞳。
けれどネネは、その青年を知らない。
夢はまだ続く。
青年は壷を地面へと置いた。
そして見た目にも複雑な魔方陣の描かれた紙を持って、何かの呪文を唱え出す。
《代償があるよ。》
何者かの声が、ネネの心の中に響いた。
代償とは何だろうか。
この青年の行いに対して、深い代償をあがなわなければならないらしい。
それほどのことを、この青年はしている。
(危険。)
夢の中だと気付きつつも、ネネは青年へと呼び掛けていた。
しかし、当然ながら青年は答えない。
いや、術に集中していて答えられないのかもしれない。
青年の額には大量の汗が浮き、辺りには吹き荒れるような魔力の流れが出来上がっていた。
青年の描いたらしい複雑な紙の魔方陣から光の魔方陣が展開される。
「いいんだね。」
誰もいないのに、青年はそう、言葉をかけた。
魔力は変わらず強力な嵐のように渦巻いている。
「僕はいいんだ。もう、覚悟はできている。これが、大切な友人を守るためだから。」
少しだけ悲しげに、青年は語った。
「お別れだ、エリザベス。安らかに、お休み。」
魔力の渦が茶色い壷へと、急速に集束していく。
光の魔方陣が一際強く輝き、複雑な色合いを見せる。
そして、魔方陣が小さくなっていくにつれ、辺りの魔力も小さくなっていく。
魔方陣は最初の時のように、紙の上に収まった。
辺りは何事もなかったかのようにシンと静まりかえっている。
いや、黒髪の青年だけが、疲れきったように荒い息を苦しそうに吐いていた。
「これで、君の命を守れる……。だから、これでいいんだよな。」
苦しい息を吐ききった青年は、新しい空気を吸い込む。
「ははっ。後は、ここから無事に帰れるか、か。」
困ったように青年は苦笑する。
しかし、その薄茶色の瞳には確かに希望の知才が光のように表れていた。
ネネはそこで目を覚ました。
滑らかな生地でできた布団の上に起き上がる。
「今のは……夢だったの?」
夢と言うには現実的過ぎた光景にネネは戸惑う。
今までにも、夢のように過去や未来を見ることはあった。
けれどそれは、必ず、誰かネネに関係のある人物のことだったのだ。
しかし、ネネはあの青年を知らない。
見たことが、あるような気がしたが、出会って、忘れるような風貌ではなかった。
何より、強力な魔法を使う魔法使いである。
有名な人物であって間違いない。
では、まだ起こっていない未来の出来事だろうか。
だとすれば、ネネが知らなくても、おかしくはない。
今よりもずっと先の未来だったとしたら。
あの青年の瞳に、ネネはどこか見覚えがあった。
優しく、透き通るような薄茶色の瞳。
知的で、底の読めないような深淵な知識を称える光を宿す瞳。
それが、過去であるかもしれないという可能性を、ネネはまだ、知らない。
**********
「何の用?」
問いかける少年の声は警戒感に溢れている。
「会いたいから来たんじゃない。」
嬉しそうに微笑み、ネネは金髪の少年へと抱きつく。
少年はさらに警戒したようにネネの手を取って、体を離した。
「何か、僕に関わる情報が流れてましたか?」
真剣な表情に冷や汗を浮かせながら、儀礼は一流の情報屋『花巫女』に問う。
「流れてはないわ。私が見ただけ。」
意味ありげにネネは妖艶な笑みを浮かべる。
「何を見たんです?」
はあ、と諦めたように息を吐き、儀礼はネネに正面から向き直る。
昔から、祝の者が見るのは吉兆の分かれ目と言われている。
つまり、運命で重要な分岐点を示している。
「青い湖よ。洞窟の中にあるの。多分、アルバドリスクの王城の地下。そこに、あなたと同じ瞳を持った男の人がいたわ。」
桃色の髪をゆっくりとかきあげながらネネは話す。
「何かの、儀式魔法を一人で行っていた……。」
真剣な表情でネネは桃色の瞳を、儀礼の茶色の瞳に合わせる。
「僕と同じ瞳……? 茶色の瞳なら、大勢いるでしょう。どうして僕なんです?」
不思議そうに儀礼は首を傾げる。
「……そうね。『花巫女』の勘とでも言っておきましょうか。あなたと同じ、深い知識を持った者の瞳だったわ。賢者と呼ばれるような叡知に溢れた者の輝き。」
儀礼の頬を愛しそうに撫で下ろしながら、ネネはその瞳を覗き込む。
「あなたの運命が、また動き出している……。何か、変わったことがあったかしら?」
ネネは眉をしかめて儀礼の瞳を見続ける。
「本当に、突然現れて何なんですか? 僕、これでも忙しいんですよ。ギルドランクもCになりましたし、もう一人前の冒険者です。意味深な言葉で戸惑わせるのはやめてください。あと、体を触るのも。」
「いいじゃない。これ位、情報料と思いなさい。」
「有効な情報になってないから言ってるんです。それに、情報料ならお金で払いますから。」
ぷくうと頬を膨らませてみせるネネに、儀礼はハア、と深いため息を吐く。
「以前告げたわよね。あなたの運命は国の存亡に関わる。きっと、今回私が見た光景も、それに関係しているんだと思うわ。」
再び真剣な表情になって、ネネは告げる。
「これから、あなたはアルバドリスクと深く関わることになる。」
ネネは儀礼の顎に手を触れた。
「忘れないで。あなたの行動には命が懸かっている。」
当たり前の動作であるかのように、ネネは儀礼の口へと唇を合わせた。
「……。僕の命が関わっているのはいつものことです。これでもSランク持ちですから。」
口元を押さえ、若干顔色を赤く染めながらも、儀礼は冷静な態度を心掛ける。
完全に、ネネのペースに乗せられている。
何しろ相手はこういうやり取りのプロだ。
「これも情報料ですか?」
平静を取り戻した儀礼はポケットの中味が無事なことを確認してから問いかける。
「違うわ、趣味よ。」
にっこりと、色香を放つ笑みを浮かべて、ネネは言い放った。
「……すみません。僕は忙しいので、これで失礼させていただきます。」
白い煙幕を張り、儀礼はネネに見えないようにしてから白いマジックシードを放り投げる。
今は間違いなく、緊急事態だ。
「あ、言っておきますけど、僕ももう16歳ですよ。子供だと思って侮られても困ります。」
移転魔法で消える直前に、儀礼はネネへと忠告した。
いつまでも儀礼が何もしない子供だと思われても困る。
奪われてはいけない物が多すぎるから逃げているだけだ。
あまり、挑発するのはやめてもらいたい。
白い煙が晴れて、儀礼の消えた研究室の中で、ネネだけが一人、納得したように佇んでいた。
「16歳……。」
『アルバドリスク』、『16歳』、『エリザベス』。
その3つのキーワードから、情報屋として名の知れた者ならばこそ、一人の人物が浮かび上がってくる。
悲劇のヒロイン、エリザベス・アルバドリスクス。
「アルバドリスク……調べる必要がありそうね。」
神妙な顔付きで呟き、ネネは管理局の研究室から出て行った。
**********
因みに儀礼は――。
「中和剤、中和剤。アーデスいないけど、薬品棚の薬品、分けてもらってもいいよね。」
飲まされた自白系の薬品の中和薬を求めて、極北の研究室にまで移転していた。
「何、考えてるんだ。本当に。」
ぶつぶつと文句を言う儀礼だった。
淡く、光り輝く青色の小さな湖。
こんこんと清らかな水が湧き出しており、天井からも鍾乳洞をつたって水の雫が滴り落ちる。
水の気配の濃い場所。
そこは、アルバドリスクの王城の地下にあった。
不思議で幻想的な光景。
それを、『花巫女』ネネは夢現の中で見ていた。
夢と現実の狭間。
しかし、それが現実であることもまた、ネネには分かっていた。
それが、ネネの、祝の者の能力。
幻想的なその場所に、一人の青年が現れた。
青年は茶色い、土色の壷を持っている。
黒髪に、どこかで見たことのあるような、優しげで透き通った茶色の瞳。
けれどネネは、その青年を知らない。
夢はまだ続く。
青年は壷を地面へと置いた。
そして見た目にも複雑な魔方陣の描かれた紙を持って、何かの呪文を唱え出す。
《代償があるよ。》
何者かの声が、ネネの心の中に響いた。
代償とは何だろうか。
この青年の行いに対して、深い代償をあがなわなければならないらしい。
それほどのことを、この青年はしている。
(危険。)
夢の中だと気付きつつも、ネネは青年へと呼び掛けていた。
しかし、当然ながら青年は答えない。
いや、術に集中していて答えられないのかもしれない。
青年の額には大量の汗が浮き、辺りには吹き荒れるような魔力の流れが出来上がっていた。
青年の描いたらしい複雑な紙の魔方陣から光の魔方陣が展開される。
「いいんだね。」
誰もいないのに、青年はそう、言葉をかけた。
魔力は変わらず強力な嵐のように渦巻いている。
「僕はいいんだ。もう、覚悟はできている。これが、大切な友人を守るためだから。」
少しだけ悲しげに、青年は語った。
「お別れだ、エリザベス。安らかに、お休み。」
魔力の渦が茶色い壷へと、急速に集束していく。
光の魔方陣が一際強く輝き、複雑な色合いを見せる。
そして、魔方陣が小さくなっていくにつれ、辺りの魔力も小さくなっていく。
魔方陣は最初の時のように、紙の上に収まった。
辺りは何事もなかったかのようにシンと静まりかえっている。
いや、黒髪の青年だけが、疲れきったように荒い息を苦しそうに吐いていた。
「これで、君の命を守れる……。だから、これでいいんだよな。」
苦しい息を吐ききった青年は、新しい空気を吸い込む。
「ははっ。後は、ここから無事に帰れるか、か。」
困ったように青年は苦笑する。
しかし、その薄茶色の瞳には確かに希望の知才が光のように表れていた。
ネネはそこで目を覚ました。
滑らかな生地でできた布団の上に起き上がる。
「今のは……夢だったの?」
夢と言うには現実的過ぎた光景にネネは戸惑う。
今までにも、夢のように過去や未来を見ることはあった。
けれどそれは、必ず、誰かネネに関係のある人物のことだったのだ。
しかし、ネネはあの青年を知らない。
見たことが、あるような気がしたが、出会って、忘れるような風貌ではなかった。
何より、強力な魔法を使う魔法使いである。
有名な人物であって間違いない。
では、まだ起こっていない未来の出来事だろうか。
だとすれば、ネネが知らなくても、おかしくはない。
今よりもずっと先の未来だったとしたら。
あの青年の瞳に、ネネはどこか見覚えがあった。
優しく、透き通るような薄茶色の瞳。
知的で、底の読めないような深淵な知識を称える光を宿す瞳。
それが、過去であるかもしれないという可能性を、ネネはまだ、知らない。
**********
「何の用?」
問いかける少年の声は警戒感に溢れている。
「会いたいから来たんじゃない。」
嬉しそうに微笑み、ネネは金髪の少年へと抱きつく。
少年はさらに警戒したようにネネの手を取って、体を離した。
「何か、僕に関わる情報が流れてましたか?」
真剣な表情に冷や汗を浮かせながら、儀礼は一流の情報屋『花巫女』に問う。
「流れてはないわ。私が見ただけ。」
意味ありげにネネは妖艶な笑みを浮かべる。
「何を見たんです?」
はあ、と諦めたように息を吐き、儀礼はネネに正面から向き直る。
昔から、祝の者が見るのは吉兆の分かれ目と言われている。
つまり、運命で重要な分岐点を示している。
「青い湖よ。洞窟の中にあるの。多分、アルバドリスクの王城の地下。そこに、あなたと同じ瞳を持った男の人がいたわ。」
桃色の髪をゆっくりとかきあげながらネネは話す。
「何かの、儀式魔法を一人で行っていた……。」
真剣な表情でネネは桃色の瞳を、儀礼の茶色の瞳に合わせる。
「僕と同じ瞳……? 茶色の瞳なら、大勢いるでしょう。どうして僕なんです?」
不思議そうに儀礼は首を傾げる。
「……そうね。『花巫女』の勘とでも言っておきましょうか。あなたと同じ、深い知識を持った者の瞳だったわ。賢者と呼ばれるような叡知に溢れた者の輝き。」
儀礼の頬を愛しそうに撫で下ろしながら、ネネはその瞳を覗き込む。
「あなたの運命が、また動き出している……。何か、変わったことがあったかしら?」
ネネは眉をしかめて儀礼の瞳を見続ける。
「本当に、突然現れて何なんですか? 僕、これでも忙しいんですよ。ギルドランクもCになりましたし、もう一人前の冒険者です。意味深な言葉で戸惑わせるのはやめてください。あと、体を触るのも。」
「いいじゃない。これ位、情報料と思いなさい。」
「有効な情報になってないから言ってるんです。それに、情報料ならお金で払いますから。」
ぷくうと頬を膨らませてみせるネネに、儀礼はハア、と深いため息を吐く。
「以前告げたわよね。あなたの運命は国の存亡に関わる。きっと、今回私が見た光景も、それに関係しているんだと思うわ。」
再び真剣な表情になって、ネネは告げる。
「これから、あなたはアルバドリスクと深く関わることになる。」
ネネは儀礼の顎に手を触れた。
「忘れないで。あなたの行動には命が懸かっている。」
当たり前の動作であるかのように、ネネは儀礼の口へと唇を合わせた。
「……。僕の命が関わっているのはいつものことです。これでもSランク持ちですから。」
口元を押さえ、若干顔色を赤く染めながらも、儀礼は冷静な態度を心掛ける。
完全に、ネネのペースに乗せられている。
何しろ相手はこういうやり取りのプロだ。
「これも情報料ですか?」
平静を取り戻した儀礼はポケットの中味が無事なことを確認してから問いかける。
「違うわ、趣味よ。」
にっこりと、色香を放つ笑みを浮かべて、ネネは言い放った。
「……すみません。僕は忙しいので、これで失礼させていただきます。」
白い煙幕を張り、儀礼はネネに見えないようにしてから白いマジックシードを放り投げる。
今は間違いなく、緊急事態だ。
「あ、言っておきますけど、僕ももう16歳ですよ。子供だと思って侮られても困ります。」
移転魔法で消える直前に、儀礼はネネへと忠告した。
いつまでも儀礼が何もしない子供だと思われても困る。
奪われてはいけない物が多すぎるから逃げているだけだ。
あまり、挑発するのはやめてもらいたい。
白い煙が晴れて、儀礼の消えた研究室の中で、ネネだけが一人、納得したように佇んでいた。
「16歳……。」
『アルバドリスク』、『16歳』、『エリザベス』。
その3つのキーワードから、情報屋として名の知れた者ならばこそ、一人の人物が浮かび上がってくる。
悲劇のヒロイン、エリザベス・アルバドリスクス。
「アルバドリスク……調べる必要がありそうね。」
神妙な顔付きで呟き、ネネは管理局の研究室から出て行った。
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