ギレイの旅

千夜ニイ

移転魔法の使い道

 儀礼に渡された移転魔法の使えるマジックシード。
「どうやって使おう。」
その綺麗な球体を覗き込んで、儀礼は口元に楽しげな笑みを浮かべた。


 普通に使うなら、誰か友人の元へ一っ飛びだろうか。
しかし、このマジックシードの存在はまだ世には明かしたくない。
白やシュリの目の前に突然現れてみせて驚かせてもみたいが、それをやれば確実にアーデスにマジックシードの存在を知られる。
それはまだ、避けなくてはならない。
何より、儀礼の自由な移動手段と魔法使いになれるという最高の環境を奪い取られる可能性がある。


「うーん。」
儀礼は再び考える。
アーデスたちに不自然に思われない程度の移動。
転移陣を使ったことにすればいいのだ。
そうなると、出発地点は管理局が望ましい。
研究室の中ならば、他人に見られることもない。


「で、どこに行こうか。」
あるのだから使ってみたい。
できる限り有効な使い道で。


「遺跡……。」
ポツリと言って、儀礼はにんまりと笑う。
「調査の名目なら入れてもらえるかも。受付で聞いてみよう♪」
楽しげに荷物をまとめて儀礼は研究室を後にした。


「すみません。一人で探索できる遺跡を探したいのですが。」
「きゃー。」「可愛い。」
儀礼が受付に顔を見せると、カウンターの中から小さな悲鳴が上がる。
聞かなかったことにして、儀礼は手続きを続行する。


「えーとですね、冒険者ランクDの方ですと、お一人で入れる遺跡はDランクまでとなっております。」
カタカタとパソコンを操作して受付の女性は言う。
「あの。僕、管理局ランクはSなんですが。」
声を潜めて儀礼は女性に耳打ちする。


「えっ……?!」
女性の動きが一瞬止まった。
そして、儀礼が周囲に隠すように出した管理局ライセンスを見て、目を大きく見開いた。
「あ、あの。大変失礼いたしました。」
座ったまま女性は深々と頭を下げる。


「ほらっ、あなたたちも。」
と、促し、カウンター内にいた他の女性達にも礼を強要する。
儀礼は別に敬われたい訳ではなかったのだが。


「それでですね。一人で入れる高ランクの遺跡を探してるんです。仕事になってればなおいいんですが。」
儀礼一人でも、機械トラップ中心の遺跡ならばBランク程度までは行ける。
それだけの実力を儀礼は持っている。


「そうですね。マドイ様でしたら、Aランクの遺跡にも入ることが可能です。条件は冒険者ランクAの護衛を2人以上連れていくことです。」
顔を真っ赤にして緊張した様子の女性が、ちらちらと儀礼の表情を窺いながら述べた。
「護衛……。」
儀礼はひきつった笑みを浮かべる。
Sランクを持っていても、世の中そう上手くはいかないらしい。


「はい。もちろんです。Sランクの方を一人で危険な遺跡に送り出す訳にはまいりません。最低、Aランクの護衛が2人です。」
正しいことを言っていると言いたげに、女性は何度も頷いている。
「……ちなみに、普通の冒険者ランクDの人が入れる遺跡はDランクまでですよね。」
「はい。受けられる仕事はDランクまでとなります。」
女性は大きく頷いた。
「わかりました。とても参考になりました。ありがとうございます。」
にっこりとした笑顔を残して、儀礼は管理局の受付を後にした。


「「「キャーッ!」」」
受付の女性達が、何に騒いでいたのかは、Sランクのライセンスを晒してしまった儀礼は、気にしないことにした。


 儀礼は研究室へと戻ってきた。
「はぁ。一人で遺跡に行くのは無理か。せめてCランクの遺跡には行きたいよなぁ。ギルドランク上げないとだめか。せっかく一人で行けると思ったのに。」
そこまで考えて、儀礼はふと思い当たる。
「仕事として受けなければいいのか。一人で行ってこっそり帰ってくる。それだけのことじゃん。」
にんまりと儀礼は得意気な笑みを浮かべた。


「最初はどこに行くかな。魔物が少なくて、機械文明の研究が盛んな所。」
いくつかの遺跡を頭の中に思い浮かべて、儀礼は白い種の入った透明な球体を握りしめる。
「装備は万全。行かない手はないよね。」
にっこりと嬉しそうな笑みを浮かべて、儀礼は移転魔法のマジックシードを床へと放り投げた。


 たちまち展開される白い移転魔方陣。
頭の中には遺跡の外形が映し出される。
「よし、行こう!」
希望に溢れる表情を浮かべて、儀礼は白い光の中へと消えていった。
初めて自分で使う移転魔法だった。


 数時間後、満足げに頬を緩めた儀礼が研究室へと戻ってきた。
「あー! 楽しかった!」
たった一人の室内で、儀礼は大きな声で伸びをする。
着ている白衣は所々ほつれていたりするが、体自体はほぼ無傷だ。
「Bランクの遺跡のトラップ、最高だった。解除のしがいがあった。マップも更新できたし、いいことだらけだ。」
緩みまくった笑みのまま、儀礼は行ってきた遺跡のマップを机の上に広げて、部屋やトラップを書き足す。


「やっぱり、こことここも怪しい。トラップがありそうだな。こっちは……小さいけど隠し部屋がありそうだ。」
鉛筆をマップの上に走らせながら、儀礼はぶつぶつと考えを呟く。


「あーっ、やっぱり1日だけじゃ回り切れないよ。だからと言って、何日も部屋開けたらさすがに不審に思われるしな。」
儀礼は腕を組んで考える。
「この遺跡がこうだったってことは、同じ様式のあっちの遺跡もここに仕掛け部屋があるんじゃ……。」
バサバサと何枚もの地図を机の上に出して、儀礼は鉛筆で書き込む。
「まてまて、だとすると、ランク低くてもこっちの遺跡にも?!」
儀礼が描いた鉛筆の線の先には、正体不明の空間が浮き上がってきた。


「やっぱり、冒険者ランクはCに上げよう。で、こっちの遺跡には一人で行けるようにして、Bランクの遺跡には獅子とパーティ組んで行けばいいんだ!」
パチンと手を打ち鳴らして儀礼は爽快な笑みを浮かべた。
「Bランクの遺跡の依頼受けて、Cランクまで冒険者ランクを上げる。遺跡の探索もできて、いいことづくめだ。」
巻き込まれる獅子の事情など考える余地もなく、忙しかったアルタミラーノの資料見聞と、スカイウィングの育成すら頭の中から抜け落ちて、儀礼はしばらく遺跡の探索に掛かりきりになるのだった。

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