ギレイの旅

千夜ニイ

子ドラゴン

 断末魔の悲鳴が上空から聞こえ、利香と儀礼の腕の中で、小さなドラゴンたちが狂ったような叫び声を上げる。
「ごめんねっ。」
儀礼はぎゅっとその小さなドラゴンたちを抱きしめた。
暴れるドラゴンたちを、落ち着くまで、儀礼は黙って抱きしめていた。
利香の手から、2匹の子ドラゴンが逃げ出した。
利香の力では抑え切れなかったのか、押さえつける力が湧かなかったのか。


 地上に出る前に、その2匹をアーデスが捉えた。
しかし、殺すことはせず、ただ、捕まえただけでアーデスは岩場の裂け目を降りてきた。
しばらくすれば、子ドラゴンたちはおとなしくなった。


「……ドラゴンにも、言葉があるのかな。」
儀礼は小さく呟いた。
断末魔の叫び声は、この子達に届いていたようだった。
それを、子の子達はどう捉えただろうか。
人間に親を殺された魔物は、人間の言うことを聞いてくれるだろうか。


 儀礼がやろうとしていることは、本当に危険なことなのかもしれない。
けれど、今ここで、この子達を殺す決心は、儀礼にはつかなかった。
「僕は弱いな。」
獅子ならば、必要となれば、この小さな魔物でも、ためらいなく殺せるだろう。


 それが、武人と文人の違いだろうか。
生き延びる可能性が見えてしまったなら、そのために全力を注ぐ。
研究者としての血が、儀礼を危険な道へと進めている気がした。


 倒した空飛竜の悲鳴を聞いていたのはこの子供達だけではなかったようだ。
すぐに、2体のドラゴンが獅子達の元へと飛んでやってきた。
獅子と拓とドラゴンの2対2。
少し、拓には荷が重過ぎるように感じる。


「利香ちゃん、この子達お願い。アーデス、ここ、頼む。」
「私がこっちですか?」
不満そうにアーデスは片方の眉を下げた。
「だって、この仕事受けたの、僕らだもん。」


 にっこりと笑って、儀礼は岩場の端にワイヤーを引っ掛けて、一気に上へと登る。
「獅子、手伝うよ。」
「お前に何ができる。」
機嫌悪そうに拓が言う。


「空から引きずり落してやるよ。」
にやりと笑うと、儀礼は、朝月の腕輪を空へと掲げる。
白い糸のような魔力が上空へと伸びてゆく。
自由自在に空を跳びまわっていたスカイウィングの翼へと、白い糸は絡みついた。


「グヴェエエ!」
怒りに満ちた声を上げて、空飛竜は地面へと引きずり落とされた。
地上戦になればもう、空を戦い場所にするスカイウィングには勝ち目はない。
勝負はあっという間についた。


「それで儀礼。その、下にいる奴らは何だ。」
気配で、気付いていたのだろう。
獅子は、利香の抱く小さな空飛竜の雛を見て、儀礼に問う。
その表情からはまだ、戦闘中の気を張った気配がする。


「これはデータ収集用に連れて帰る。」
にっこりと儀礼は笑った。
「あと他に、この岩場のどこかに7、8匹いるはずだから、探すの手伝ってくれる?」
爽やかな笑顔で儀礼は獅子と拓に持ちかけた。


 周囲は広大な岩場。
そのどこにいるのかも分からないドラゴンの子供を、探せというのだ。
二人の表情が引きつったのも仕方のないことだろう。


 アーデスならば、すでにその位置を掴んでいそうなのだが、アーデスに頼めば、きっと、ドラゴンを始末してしまうだろう。
護衛として、監視として、危険なことを儀礼にさせるわけにはいかない。
Aランクのドラゴンを、10体以上も子飼いにする。
それは、何という危険。
また、管理局から目をつけられても無理もない状況だった。


「ギレイ様、我々の仕事増やすの好きですね。」
岩場の切れ目から登ってきたアーデスが言う。
その腕には、網の中に入った5匹のドラゴンがいる。
「好きでやってるわけじゃないんですが。」
困ったように儀礼は眼鏡を掛け直す。


「では、得意ですね。」
爽やかな笑みをアーデスは浮かべる。
「褒めてないよね、それ。」
唇を尖らせて、不満そうに儀礼は言う。
ゆっくりと、利香が登ってきたので、儀礼は手を貸した。


「ギレイ様。食料の届かなかった理由が判明いたしました。」
真面目な顔になってアーデスが言う。
今まで、何のやり取りをしている素振りも見せていなかったが、魔法での情報交換をしていたらしい。
「原因は、このドラゴンの子供達ですね。」
はぁ、と深い溜息を吐いて、アーデスは網の中の子ドラゴンを見る。


「何とか団体とか言うのが、ドラゴンにも生きる権利があると言い張って、ドラゴン討伐の依頼の邪魔をしていたらしいのですが、討伐依頼を出した村からすれば、家族をドラゴンに殺されているので、何の悪魔の団体だ、という話になって、衝突していたらしいのです。おかげで、支給されるはずの食料などが、混乱状況に陥って、届かなかったと。」
呆れたようにアーデスは息を吐く。


「その邪魔をしていた団体は、スカイウィングが、巣作りをして、子育てをするのを知っていた研究者の集団らしいのです。」
「見ちゃったのかもね、この子達を。」
小さな、愛らしい瞳を持ったドラゴンの雛達。
全身から保護欲を掻き立てる、動物の子供と変わらない愛らしさを感じる。


 これがいずれ、人々を脅かす、Aランクの魔物になると分かっていても、幼い命を奪うことに、疑問を抱いた研究者達。
それを、儀礼は間違ってるとは思えないし、言えない。
儀礼自身が同じことをしているのだから。
しかし、ドラゴンに襲われた側からすれば、とんでもない恐ろしい行動だ。
1体だって、仕留めるのが大変な魔物を、何体も育てようというのだから。


 結局、儀礼達は残りの巣を見つけ出して、スカイウィングの子供を7匹見つけた。
全部で12匹。
そのうち3匹はすでに、1m程に成長していた。
儀礼は手綱の様に朝月の魔力の糸でその3匹を縛り、付いてくるように促した。


 何も知らないかのような、無垢な目をしたドラゴンたちは、おとなしく、儀礼達についてきた。
そうして、アーデスにつれられて、儀礼達は冒険者ギルドへと戻ってきた。


「うひゃぁ!」「ぎゃぁっ!」
突然移転魔法で現れた、スカイウィングの子供たちを見て、数名の男たちが悲鳴を上げた。
冒険者ではなく、仕事の依頼に来ていた一般人の方だろう。


「それは、ドラゴンの子供じゃないか。どうするつもりだ?」
険しい表情でギルドマスターが儀礼に問いかける。
「研究材料に持ち帰りました。」
真剣な顔で儀礼は答える。


「ばかな。依頼した仕事は、巣穴ごと全討伐のはずだ!」
最初に悲鳴を上げた男の一人が、儀礼へと食って掛かってきた。
依頼を出した村の男らしい。


「研究材料にするだと! 命を何だと思っているんだ!」
今度は、別の男達が、ギルドの奥から出てきて言う。
こちらは研究者風の格好をしている。


 儀礼はすぐに理解した。
彼らが、食料支援の遅れた原因の集団なのだと。
「このドラゴンの親はすでに退治しました。村への被害は今後一切ないでしょう。それに、この子達は騎竜にします。決して解剖や肉体改造の実験に使ったりはいたしません。」
儀礼は言い切る。


「そうは言うが、もしその子供のドラゴンたちが凶暴に育ったらどうなると思ってるんだ! 脅かされるのは、俺達一般人なんだぞ!」
怒りも露わに、村人の男が儀礼へと殴りかかろうと拳を振りかざす。


「アーデス、12体の成体のスカイウィング、倒すのに必要な時間は?」
それに臆した風もなく、儀礼が問えば、アーデスは静かに答える。
「10数秒いただければ。」
爽やかに言うアーデスの言葉に、村人達は驚きの目を向けるが、それを分かっていた儀礼はにっこりと微笑む。


「『双璧』のアーデスが言うのですから間違いはないでしょう。この件は、管理局Sランク『蜃気楼』。僕に任せていただきます。」
二つの権力を振りかざして、儀礼は村人達を無理やり納得させたのだった。
そして、その場には、いつの間にか平伏している複数の男たちの姿があった。


「ねぇ、何で、『蜃気楼』の名前出すとみんなひざまずいたり、平伏したりするの?」
困ったように儀礼は頬を膨らませる。
「ギレイ様、他のSランクの方に会ったらどうしますか?」
「深々とお辞儀します。」
「それが平伏というのではないですか?」
くすくすとアーデスは笑った。

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