ギレイの旅

千夜ニイ

ドラゴンの巣

 ゴゴゴゴゴ……。
地震の様にかすかに辺りが揺れて、石ころがボロボロと落ちてくる。
ドラゴンとの戦闘が始まったらしい。
「グギャーァ!」
茶色いドラゴンが一鳴きすれば、地面から、大きな棘のような岩が次々と生えてくる。
「うわぁっ。」
慌てて、地面の下から出てきた岩を儀礼は砕く。


「こんなに離れてても影響があるのか。利香ちゃん、もう少し上に登ろうか。」
安全を確保する為に、儀礼は岩場を少し登る事にした。
一番広がった部分には、岩の柱で作られたような、変わった形の何かがあった。
下から見る限りは、岩の串のようなものを崖の隙間に何本も刺した様な、変わったもので、何であるのかはよく分からない。


 しかし、その周辺には、今のドラゴンの攻撃で、岩の柱は生えて来なかった。
絶対とは言い切れないが、そこは安全地帯と見ても、良さそうだった。
その、場所についた時、儀礼と利香は一瞬、息を飲んだ。


「これって……。」
「可愛い。」
呆然とする儀礼と、頬を緩ませる利香。
そこは、岩の柱によって作り出された、ドラゴンの巣のようだった。


「利香ちゃん、小さくてもこれは魔物だよ。大きくなれば、人を襲う。」
真剣な顔で、儀礼は警戒を露わにする。
麻酔銃をその小さなドラゴンたちに向けて構えていた。


「でも、こんなに小さくて、可愛いのにっ。」
目に、涙を浮かべて利香はその小さな魔物たちを、胸に抱く。
「……っ。これが、今回の依頼内容の真実か。」
眉間にしわを寄せて、儀礼は奥歯を噛み締めた。


『複数発見した場合は、全てが討伐対象』。
こんな小さな魔物までもが、だ。
わかっている。儀礼にだってわかっている。
この魔物が大きくなれば、今回被害を出した空飛竜が何体も育つのだということが。
しかし、――目の前にいるのは、親の保護を必要とする、小さな命。


「利香ちゃん、騎竜って知ってる?」
「キリュウ?」
利香は分からないという風に首を傾げる。
「うまくいくかは分からないけど、これだけ小さければ、人が育てるのに成功すれば、人に懐く存在になるかもし知れない。」
小さな、お腹を空かせた魔物たちを見ながら、儀礼は言う。


「それって?」
小さな期待を込めて、利香は儀礼へと問いかける。
「昔、ずっと昔の話だけどね、竜を育てて、騎乗する乗り物として利用していた時代があるんだ。今は、わずかな記録しか残っていないけど、昔、できたことがあるのなら、試してみる価値はあるかもしれない。」
幸いにも、儀礼の手元、サウルの研究施設に、その時代の生き残りの人物が何人かいる。
専門の知識は持たなくとも、それがあったと知る者たちがいれば、他の者たちをずっと説得しやすい。


「この子達、生かす方法があるかもしれない。ただ、親の方は……。」
儀礼は唇を噛み締める。
このドラゴンたちの親は、人を殺しすぎた。
討伐対象になるほどに。
そして、それは、もう覆すことのできない事実だ。


 ドラゴンは人をエサとしか見ておらず、人は、ドラゴンを魔物、敵としか見ていない。
「了様……。」
利香は、悲しそうに涙を流した。
利香にもわかったのだ。
冒険者とは、ただ、利用される存在。


 自分たちでは倒せないからと、獅子はその人たちの代わりにドラゴンと戦う。
しかし、そのドラゴンはこの小さな子供達の母親でもある。
この子ドラゴンたちも、獅子に取っては討伐対象になっているのだ。
「利香ちゃん、泣かなくていいよ。獅子はちゃんとわかってるから。利用されるだけの存在じゃないよ。自分で考えて、動ける冒険者だから。」


 このドラゴンたちがもう少し大きければ、獅子はこのドラゴンたちから恨みを買っていただろう。
そうして、どこまでも執拗に追いかけられ、狙われる存在になっていたかもしれない。
けれど、ここにいたのは、本当に小さな魔物。


「ただ……。」
儀礼が心配するのは、ここに巣を作っているのが1体だけなのか、ということだ。
複数の空飛竜がここに巣を作っているならば、それら全てが討伐対象になる。
1体でも面倒なドラゴンとの戦闘。
それが、複数となれば、さすがの獅子でも体力的に心配だ。


「アーデス。」
「はい。」
儀礼が問いかければ、すぐにアーデスの返事が来た。
岩場の隙間の上から、儀礼達を見下ろしている。


「この辺、どの位の空飛竜がいる?」
「そうですね、大きなものだけなら、3体と言ったところでしょうか。」
何事でもないように、アーデスは言った。
アーデスの魔力は、すでにその存在を捉えているらしい。


「小さいのは?」
真っ直ぐにアーデスを見て、儀礼は問いかける。
「そうですね。12、3体と言ったところでしょうか。中には、大きくなりかけのものもいますが。」
やはり、アーデスは、魔物の巣の討伐ということを理解していたらしい。


「その子供たち、連れて帰る。」
儀礼が言えば、アーデスは驚いたように目を見開いた。
「正気ですか? 小さくともドラゴンですよ?」
少し大きくなれば、人間を丸呑みするような存在に育つのだ。


「騎竜にする。」
「……ギレイ様、現実を見てください。この種族はアースドラゴンではなく、スカイウィングですよ、振り落とされたら、死にますからね。」
上空高く跳びまわるのがスカイウィングの特徴だ。
現に今も、空を大きく跳びまわるので、獅子は剣で捉え切れずに苦戦しているところだ。


「それでも、育てる。魔物を、専門に研究している人たちがいるんだ。きっと協力してくれる。」
「その人たちも気の毒に。魔物の研究をしているからと言って、いきなりドラゴンを押し付けられるとは……。」
くくくっ、と、楽しげな笑みをこぼして、アーデスは言う。


「大丈夫、優秀だから。」
お腹を空かせた子ドラゴンに、干し肉を細かく裂いて与えて、儀礼はにっこりと微笑む。
邪気を感じさせない、子供のような笑みだった。

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