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ギレイの旅

千夜ニイ

ハウスト・アールト

 儀礼達3人が通されたのは、隠し扉の奥にある特殊な通路だった。
気温はひどく低い。マイナスなのではないかと思われる程寒く、吐く息は白く凍りついた。
「さぁ、これを羽織りなさい。」
白い、何かの毛皮でできた美しいコートをティーレマンは3人に渡した。


 しっかりとした下地に滑らかな手触りの毛皮。
これは天然のものだろう。そうとう高価なものだと思われた。
それが、来客用にだろうか、ずらりと数十着、並んでいるのだ。
宝を見せびらかすためにも、お金を惜しまない、そんなところがこのティーレマンという人物の特徴だろうか。


 コートを羽織って、凍える通路を通って着いた先は、氷室のような部屋だった。
ティーレマンの合図で部屋の中に明かりが灯る。
幻想的な氷の壁の中に、美しい人間達の姿があった。


「ああ。本当に、噂に聞いた通り。なんて美しいのでしょう。」
目を細めて、冷淡にならないように気をつけながら、儀礼は高い声で、感嘆の声をもらした。
部屋中に並んだ、若い女性達の氷付けとなった姿。


 苦しんでいる様子もなく、ただ眠っているように氷の中に立っている。
特に、長い髪や、裾の広いドレスは、今まさに揺れて水中を漂っているかのように、ゆらりと柔らかく固まっていた。


「この辺りのが特に高かったものでな、北海の遺跡から出てきた貴重なものなんだと。毎日のように学者たちが研究させてくれとメッセージを送ってくる。」
ひときわ、透明度の高い氷の中に眠る女性を示して、ティーレマンは言った。


(確かに、北海のマレの遺跡のものだ。でもこれは違法ではない。)
宝に、直に触れないようにしながらも、儀礼は静かに確認を取る。
「これが私のコレクションの全てだ。」
どうだ、と言うようにティーレマンは両手を広げてみせた。


「ええ。素晴らしいですね。」
儀礼は静かに言った。
そして、一瞬だけ、瞳を閉じる。これ以上『見て』いられなかった。
苦しんで、窒息していった現代の少女達を。


 儀礼は瞳を開くと、真っ直ぐにティーレマンを見据えた。
「オーガスト・ティーレマン。ここにあるコレクションの内、21体の女性について、違法と判断する。管理局の権限において、あなたを拘束します。違法な品については没収いたします。」
毅然とした声で儀礼は言い放った。


「な、何を言っているんだ? ここにある物は全て正規に買い取ったものだぞ!」
不機嫌そうに眉をしかめて、ティーレマンはいぶかしむように儀礼を見た。
しかし、次の瞬間には、いくつもの移転魔法陣が床に現れ、管理局の局員たちが姿を現した。


「何だと言うんだ。お前達、こいつらを追い払え!」
用心棒達にそう言い放つと、ティーレマンは自分はさっさとその部屋から逃げ出そうとする。
「正規に買い上げても、入手ルートに違法性が見られます。それを見破れなかったというなら、愚かな自分を反省するべきですね。」
走っているのか、歩いているのか分からない速度ででぽでぽと駆けるティーレマンの後姿を儀礼は冷めた目で見る。


『ワルツ、仕事だ。』
アーデスの声に、ワルツは瞬時にティーレマンを捉えた。
ドレスを着ていても、その動きには一切の無駄がない。


『さすがワルツ。』
にっこりと儀礼は微笑む。
『それはいいけど、この格好、死ぬほど寒いぞ。』
白い息を吐きながら、ワルツは肩を震わせて言う。


(僕はこの格好、死ぬほど恥ずかしいですが。)
コートの中のドレスを思って、儀礼は白い溜息を吐いた。
『それでは、ここの片付けはお願いします。』
氷室の中にいる管理局員達に軽く会釈をして、儀礼は寒い通路を抜けた。分厚いコートを脱ぎ捨てる。


 氷室の中で暴れようとしていた用心棒達は、ヤンが、氷の魔法で足元から固めて動けないようにしていた。
「この部屋、温度が元から低いので、魔法が扱いやすいです。」
照れたようにヤンは笑っていた。


 儀礼は館の中を通り、ゆっくりと入り口から外に出た。
どれほどの美しい美術品、貴重な古代遺産を見ても、儀礼の心は慰められなかった。
深い、罪悪感。


 ここには、氷の谷の者はいなかった。
救えなかったことへの悲しみ、それはここにあった他の氷漬けの少女達にも言える。
(助けられなかったんだ。)
儀礼のせいではない。それは分かっているのだが、深い虚無感が儀礼を襲う。


 館の中はいつの間にか騒然としていた。
管理局の者たちが、館の中の方にも入ったのだろう。
戦うような音も聞こえるが、儀礼が戻ろうとする間もなく、静かになってしまった。
中にはワルツもヤンもいるのだ。心配はいらないだろう。


 そう思って、儀礼は空を見上げた。丸い月が浮いている。
この空を、儀礼は飛んだのだ。優しい、『世界の父』の列車に乗って。
そう思えば、いつの間にか慰められた気分になり、儀礼は後ろを振り返った。


 そこには一人の男がいた。
最初に館に入った時に、儀礼に話しかけてきた男。
ティーレマンと一緒にいる時に、儀礼を睨んだように感じた男。


「あなたは、管理局の人間だったんですね。」
男が話しかけてきたのは、フェードの言葉だった。
儀礼が、他の管理局員達と同じく、フェードから来たと思ったのだろう。


「ほとんどの人間が、管理局と関わりを持っていると思いますが?」
儀礼は首を傾げて男を見る。男が話しかけてきた目的が分からない。
「俺は、元いた組織が潰れて、行き場を失ってここに来たんだ。どうか、あなたの元で働かせてもらえないだろうか。」


 ゆっくりと男は儀礼に近付く。
月明かりで、男の顔ははっきりと見える。
逆もまたしかり。儀礼の顔も、男にはしっかりと見えていることだろう。


「私は組織には入っていません。」
儀礼の下部組織とかをクリームが勝手に作ろうとしていたが、それは却下した。
なので、儀礼は特定の組織には加わっていないはずだ。


「ならばなぜ、管理局の者をあれだけ動かせたんです?」
男は真剣な顔をしている。
「アーデイル。」
男が儀礼へと呼びかける。


「それも、偽名なのでしょう。」
確信を持っているように男は言った。
「俺の名はハウスト。組織ではなくてもいい。あなたの側に置いてくれないか?」
男が儀礼の手を取った。


 儀礼は、何か嫌な予感を感じた。
「ハウスト。ハウスト・アールト?」
確か、ハウストの仲間が「アールト」と、そう呼んでいた気がする。
「はい。」
男は爽やかな笑顔で微笑んだ。


『儀礼がナンパされてる。』
ゲラゲラと通信機からコルロの笑い声が聞こえてくる。
静かではないので、相手にまでは聞こえていないだろうが、やはり、気を付けてもらいたい。


『回収に行く。』
アーデスの声だ。
(僕は物か何かですか。)
男の手を振りほどいて、儀礼は月に向かって数歩歩く。


 すると、移転魔法陣が現れて、鎧兜姿のアーデスが現れた。
儀礼は黙ってその手を取る。
「待ってくれ! 君は、何者なんだ!」
ハウストが問いかける。
その声は必死な叫びのような響きがあった。


「あなたが、本当の私を見つけることがあったらお話ししますよ。」
儀礼がそう言えば、地面が白く光り、儀礼とアーデスの姿はその場から消え失せたのだった。
「アーデイル……。」
辛そうな、憎しみのこもったような、複雑な表情で、ハウストは2人の消えた地面の先をじっと見つめていた。

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