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ギレイの旅

千夜ニイ

獅子の婚約

 死に掛けた獅子。
今は病院のベッドで深い眠りについている。
儀礼が傷の応急手当はしたが、流れ出た血が多かったことと、胸の近くの傷が深手になっていた。
病院で、魔法使いに治療の魔法をかけてもらったが、ヤンがするようにすぐには回復しなかった。


 それに、流れ出た血液までは魔法では回復できない。
獅子はいつ目覚めるか分からない、と医師に言われた。


 そんな獅子の寝顔を見ながら、病室に置かれた椅子に座って利香は一人、泣いていた。
「どうしてこんな無茶をするの? どうして旅なんてするの? 私と結婚するのはそんなに嫌?」
ずっと、ごまかされていたけれど、それでも利香は、獅子の優しさを感じていた。
利香の窮地にはいつでも助けてくれる腕。
利香が泣けば、いつでも頭を撫でて慰めてくれた。


 獅子は決して利香を嫌ってはいない。
(いつでもそう思えたのに……。ずっと側にいるって信じていたのに。)
泣いていたって仕方ない、それは分かっているのに、利香の涙は止まってくれない。
胸の内から、内から、溢れてくる言葉のように、止め処なく流れていく。
膝の上に握り締めた手の上に、温かい水滴が落ちてくる。


「獅子は知りたいんだよ。」
そっと、利香の手の上にハンカチが差し出された。
いつの間に病室に入ってきたのか、利香の背後に儀礼が立っていた。


「自分の生まれた国を、世界を、『黒鬼』と呼ばれる父親の経験したことを。」
儀礼は眠り続ける獅子を見た。
「獅子のお父さんはあの通りだから、獅子が村に帰ればきっと旅に出る。そうしたら、『黒鬼』を求めて来る者と戦うのは獅子だ。」
ゆっくりと、静かな声で儀礼は利香へと語りかける。


「獅子は負けられない。」
黒鬼の子として、『黒獅子』として、光の剣の守護者として、道場の主として、そして、利香を守る男として……。
「だから、知りたいんだろう。将来戦うだろう相手達を。」
儀礼はそっと利香の頭を撫でた。
「君といる、未来のために。」


 利香は、ハンカチで目元を拭いながら儀礼を見上げた。
透けるような金色の髪に、優しい茶色の瞳。
「でも、もし了様がこのまま起きなかったら……。」
甘えられる相手を見てしまったせいか、また利香の目から涙が流れ始める。


 ふぅ、と心の中で溜息をして儀礼は眠る獅子を見た。
体の傷は深かったが、すでに治療は済んでいる。
深い眠りに入ったのは、体が急激な回復を求めているからだろう。


 もう一人の、獅子と闘っていた、ジマーニという男も治療は済み深い眠りに落ちている。
ただし、そちらの眠りは、儀礼の持っていた薬品の影響もあるのだが。
命に別状はないようなので、管理局から身柄を受け取りに来るまでの間、おとなしくしていてもらうだけだ。


(気付けが必要か?)
眠る獅子に儀礼は問い掛ける。
心配しているのだ。涙を流し続ける利香を見て、獅子にほんの少し、意地悪をしてやろうと、儀礼の心が告げる。


「ねぇ、利香ちゃん。もしこのまま獅子が起きなかったら、僕と結婚しない?」
親指で利香の頬の涙を拭いながら儀礼は言った。
言葉が理解できないのか、呆けている利香。


 クスッと笑うと、儀礼は続ける。
「もちろん、毎日獅子の側にいて構わない。でも、それでは食べていけないだろ? 一生親の世話になる? 拓の荷物になる? そんなの、嫌だろう。僕なら、利香ちゃんと暮らすのは嫌じゃないし、獅子が目覚めたら別れたっていい。」
そう言いながら、儀礼は利香の了頬に手を添える。


 利香はただ驚いているようで、目を見開いてされるがままになっている。
(ほら獅子、目覚めろよ。)
視線を利香に向けたまま、儀礼の心は獅子に語りかける。


「身体を求めたりなんかしない。」
その瞬間に、利香の顔が真っ赤に染まった。
迫ってくる儀礼の顔に、後ずさろうとして、椅子の背もたれに邪魔される。
「儀礼君……?」


 状況に危機感を感じた利香だが、出た声は上ずっていた。
「僕と結婚して……。」
瞳を閉じた儀礼が、利香の顔にゆっくりと近付いてくる。
外そうともがくが、利香を抑えている儀礼の細い腕はびくともしない。


 儀礼の唇が、息遣いが分かるほど近付いた時、利香は思わずギュッと目をつぶった。
利香の目から涙が零れ落ちる。
その時、儀礼は背後で蠢く気配を感じた。
同時に肌の焼ける感覚。


「やっとお目覚めか……。」
儀礼の声は硬い。
「人の女に何してる!!」
低い、今までにない獅子の怒りの声。


「……婚約もしてないだろう?」
儀礼は言った。精一杯の棒読みのセリフを。そうしてゆっくりと二人の間から後ずさる。
獅子はベッドから起き上がると、無言で利香の前まで歩いてきた。
そして、首に付けていた飾りを利香の首へとかける。


「俺が村に戻ったら、結婚しよう。」
「はい。」
利香は嬉しそうに答えていた。


 ******


「本気で殺されるかと思ったよ。」
儀礼が苦笑しながら言う。
いつものごとく、拓の連れて来た馬車の前だ。


「お前が悪いんだろう! もしあの時、俺が起きなかったらどうしてたんだよ。」
まだ根に持っているらしい獅子。ちくちくと儀礼の肌が痛む。
「ん~、役得?」
儀礼は自ら地雷を踏んだ。


 前と後ろから、2人の男の腕が襲い掛かってくる。
後頭部と腹に一撃ずつ拳を喰らい、儀礼は地面に倒れる。
「くぅ、コンビネーションかよ……。」
目元に涙を浮かべて儀礼は呻いている。


「でも、儀礼君が意外に女慣れしててびっくりしました。」
と、獅子の婚約者となった利香が追い撃ちをかける。
「利香ちゃん、そんな。人聞きの悪い……。」
言いながら、儀礼は涙を拭う。
味方のいない状況にどこか寂しそうだ。


 一方、利香はとても機嫌がいいようだった。
それもそうだろう。
獅子からのプロポーズを受けたのだから。
利香の胸元にはピンク色の石が小さくも確かにその存在をアピールしている。
利香の誕生石、ピンクトルマリンだ。


 儀礼達の故郷では、婚約の証に相手の誕生石を送る。
先日、グラハラアの町で、小さいながらも、綺麗な物を見つけて、儀礼は獅子に進めたのだ。
そして、獅子はその石を自分で買っていた。
婚約の証を送るための前芝居だった、ととって、獅子も今回のことは、それほど怒るのを控えているのだ。


「でも、そのピンクの石を獅子が身につけてたと思うと笑えるよね。」
いつになく怖いもの知らずな儀礼。肌が焦げそうな勢いだ。


「え、でも可愛いと思います。」
恥ずかしそうに俯きながら利香が主張した。
「あー、そうか?」
と、頬を掻く獅子。照れながらも顔は苦笑している。


「……拓ちゃんにもいい出会いがあるといいねぇ。」
ほのぼのとした二人を見て、儀礼は言った。
「自分の心配してろ!」
拓は儀礼のお腹に蹴りを放つ。


 ボスッ。
「うぅ。」
みごとにきまり、儀礼は再びしゃがみ込んだ。


「ふぅ。じゃ、そろそろ行くか。」
満足そうな表情で、拓が馬車に乗るよう、利香を促す。
「はい。」
いつになく、素直な利香。石の効果だろうか。


 二人が乗り込み、馬車が走り出す。
「気をつけてな。頼むぞ、拓。」
獅子が二人に手を振る。
窓から顔を覗かせながら、利香が手を振り返す。


 獅子の隣りにしゃがみ込んだ儀礼が、顔を下に向け、呻いたままの姿で弱々しく手を振っているのが見えた。
それを見て、利香はくすり、と笑った。
「どうした?」
拓が聞く。


「なんだか、儀礼君て、小さな弟みたい。」
微笑みながら利香は言う。
以前、思わず儀礼の頬にキスしてしまった時のことを思い出した。
その時、儀礼は、顔色一つ変えずに利香に言った。
『いいかげん、僕のこと弟扱いするのやめなよ。』と。


 その時も、すんなりと利香の心に入ってきた言葉は、今また、利香の心を落ち着け、さっきの儀礼の暴走(?)を納得させる。
利香の記憶の中の小さな儀礼が、『お姉りかちゃん、僕と結婚して。』と。
(……可愛すぎる。)


「私と了様の二人の弟で、なんだかもう家族になったみたい。」
嬉しそうに笑う利香に、拓が嫌そうな顔をした。
「了が弟になるのは構わないが、冗談じゃない。あの泣き虫と兄弟なんて、考えるのも嫌だね。」
走る馬車の中、拓は後ろの窓で、豆粒ほどになった儀礼を指ではじく。
それを見て、利香は苦笑する。


(いつか、二人がもう少し仲良くなればいいのに。)
利香は思うが。
「死んでもありえん。」
拓の否定の声が馬車の中で響いて消えた。

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