ギレイの旅

千夜ニイ

アルタミラーノの資料

 フェードのある管理局で、儀礼はパソコンの画面に張り付いていた。
それは、アルタミラーノの残した資料の数々で、本来は彼の弟子であった研究者達に残されたものであるのだが、アルタミラーノの部下であったバシリオたち研究者らは、儀礼への開示を許可したのだった。
そのため、儀礼は今その貴重な資料へと没頭し、何もかもを忘れて、熱心に見入っている最中なのである。


 機械他国カイダルで生まれ育ったアルタミラーノの資料は、儀礼が今まで知っていた世界とは、まったく異なる文明を持っていた。
左から右に流して読むのはもったいない、と儀礼は一行一行を一言一句覚えるほどの集中力で熟読していた。


「食事くらいちゃんとしろ。」
パソコンから離れない儀礼へと獅子が注意を送るが、まったく聞く耳を持っていない。
利香が、そっと皿に盛った昼食をパソコンの横のテーブルへと運んでいく。
それにすら、気付かないようで、儀礼は片時もモニターから視線を離していない。


「だめだな、ありゃ。」
溜息のような、呆れた声で獅子が言う。
「儀礼君らしいですけどね。」
くすりと利香が笑った。


 その時、少し離れた町の中に現れた気配に、獅子は気付いた。
敵意あるものではない。
よく見知った者の気配だ。


「利香、拓、ちょっと出掛けてくる。客が来たみたいだ。」
光の剣を持つと、マントを羽織って獅子は管理局の上等な研究室を後にする。
その後姿を、利香だけが寂しげに見つめていた。


 獅子が管理局から出れば、すぐに遠くから飛んでくる紙の巻かれた石ころ。
音もなく獅子はそれを受け止める。


『黒獅子を狙う者がいる。注意しろ。近くの町にまで来ている。相手の狙いは『光の剣』だ。』


 紙にはそう書かれていた。
手紙をよこした者の気配はもう町の中にはない。
「これだけかよ。」
クシャリと紙を握りつぶして、獅子は周囲を見回す。


 近くの町にまで来ているとは書かれているが、まだこの町に着いている様子はない。
獅子への敵意は感じられなかった。
しかし、自分が狙われていると知って、利香のいる管理局へ戻ることはためらわれた。
気配は感じなくなったが、この手紙を送ってきたクリーム・ゼラードはまだ、この町の近辺に身を潜めて、その注意すべき人物を見張っているはずだ。


 獅子が闘気を高めれば、答えるようにクリームが居場所を示す。
紙にざっとペンを走らせ、獅子はクリームがしたようにその石に闘気をこめて投げ放った。
獅子は遠くで薄茶の髪の人物が、その石を受け取る姿を確かに確認した。
獅子が紙に書いたのも短い文章。いや、たった一言。


『儀礼の足止めを頼む。』


 今度来る客は、獅子への客だ。
研究資料に没頭するような、文人の儀礼を武人同士の戦いに巻き込みたくはなかった。
まぁ、足止めするまでもなく、当分の間はアルタミラーノの資料に夢中になっていそうなのだが。


「一人で行く気か?」
獅子のすぐ側でその声はした。
「俺の相手だ。俺が行く。これから先も光の剣を守っていくなら、必要なことだろう。」
真剣な瞳の獅子に、クリームはしばらくじっと獅子を見ていたが、諦めたように頷いた。


「無茶はするなよ。相手は魔剣の収集家だ。剣の腕前も確かなものだ。無理だと思ったらいつでも呼べ。」
砂神の剣を撫でるように示して、クリームは言った。
「その剣も、収集家には集めたい代物なんじゃないのか?」
クリームはにやりと笑った。
「動きそうな奴は見張ってるんだ。今回もそのおかげでいち早く動きを掴んだ。まぁ、奴が執着しているのは『光の剣』の方だったみたいだけどな。」


「場所は?」
「ここから西に行った町だ。向こうが町を出発していれば、道中で出会うことになるかもな。」
「その方が町に被害がなくて楽なんだけどな。」
以前の、ヒガとの戦いを思い起こして、獅子は苦笑した。


「ちゃんと倒して来いよ。」
「ああ。儀礼を頼む。今、普通じゃない状態で、周りが手薄らしいんだ。」
黒髪を掻きながら獅子が言えば、分かってるという風にクリームが頷く。
「ニュースになる程の騒動に関わってたんだろう。Sランク二人の行動に、世間は驚かされっぱなしだ。」
アルタミラーノの実験に対する称賛と、その死を悼む声が世界中から上がっていた。


「あたしらは普段から振り回されっぱなしだけどな。」
小さく苦笑して、クリームはその町に残り、獅子は後姿を残して、挑戦者の元へと走り去っていった。
「手を出すのは無粋。しかし……気をつけろよ。」
黒髪の少年の見えなくなった方角を睨むように見つめながら、クリームはポツリと呟いていた。


「さて、あたしも自分の仕事だな。ギレイの周りの確認をしておくか。」
獅子を見送った後、クリームは管理局周辺へと向かったのだった。
もちろん、その姿を人前に見せることはせず、影の中を走り、気配を断ったまま、護衛の代わりを務めるのだった。


 その頃の儀礼はといえば、もちろん、まだ、パソコンに送られてきた大量の資料に熱中しており、周囲で何が起こっているのかなど、気にもしていなかった。


 列車飛行に直接関わったヤンは、事件の後処理に追われ、とても忙しくしているらしい。
その忙しさに、儀礼はアーデス達へとヤンを手伝うように指示を出しておいた。
ついでに、可能な限り、カイダル国の情報を集めてくるようにも頼んでおいたので、次々と送られてくるその資料からも儀礼は目が離せないでいた。


 今まで、守秘を貫いてきた国のたくさんの極秘の情報。
それを見る儀礼の瞳はキラキラと輝いていた。

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