ギレイの旅

千夜ニイ

グラハラアの観光

 ここはグラハラアの町。
先日、儀礼が熱を出した時に、ノーグ家に世話をかけたことのお詫び――お礼に、儀礼と獅子はバクラムの家に手土産を持って訪れていた。
しかし、平日の昼間。ラーシャたち下の子供達は学校に行っており、留守にしていた。
家にいたのは、一番迷惑をかけたシュリだった。


 儀礼は、看病してくれた、ラーシャとメルーとタシーにはそれぞれ小さなアクセサリーを。
それから、家族全員にケーキを買ってきていた。
「ありがとうな。あいつら喜ぶよ。」
そう言って、シュリは水色の魔法石の付いた棚にホールのケーキをしまった。


「お前ら、グラハラアの町は、まだ見てないんだったか?」
シュリの言葉に儀礼と獅子は頷く。
バクラムの家に来たこと自体、獅子は初めてだった。


「折角だから、案内してやるよ。」
そうして、シュリの案内で、グラハラアの町の中を観光することになった。
変わった形の家々や、店の形に、物珍しそうに辺りを見回す二人。


 商店街には、たくさんの店が並び、石でできた建物や、レンガで組まれた店舗。
頑丈そうな家々だが、どの建物も、大きな窓が付いていて、風通しは良さそうだった。
「面白いね。」
違う国の文化に触れて、儀礼は瞳を輝かせて楽しんでいる。


 方々の店から、独特の香辛料の効いた料理の香りが漂ってくる。
幾つかの露店を回って、シュリは儀礼と獅子に食べ物と飲み物を勧めてくれた。
辛味のあるジューシーな肉に、さっぱりとした飲料。
儀礼達は楽しみながら商店街を回っていた。


 ある店の中には、たくさんの武器が所狭しと並んでいて、シュリと獅子の語り合いが始まってしまうし、別の店の中には、生活に欠かせない雑貨などが置かれていて、また別の店には、グラハラアの文字で書かれた書物が積み上げられていて、危うく、儀礼が動かなくなるところだった。


 グラハラアの、と言うだけで、それらの物は儀礼の目には珍しいものとして映った。
いくら見ていても飽きない、異国の文化。
儀礼は、獅子とシュリが止めるのも聞かず、一人でうろうろと、あちこちをさまよう。
まるで、仔犬が久し振りに外へ出て遊んでいる様だ。


「おい、こらっ。はぐれたら迷子になるぞ!」
冗談を混ぜて、からかい気味にシュリは儀礼の腕を掴んで、その行動を引き止める。
町の全体図がすでに頭の中に入っている儀礼は、迷子、にはならないだろうが、シュリと獅子とはぐれることにはなりそうだった。


 以前にも、ノーグ家と敵対している冒険者達と儀礼は出会っている。
この町も、治安が完全に良いわけではないのだ。
それに、今の儀礼の状態を見るならば、はしゃぎすぎた小さな子供が一人、町の中を駆け回って、店々を回っている様にしか見えない。


つまり。
「保護されるぞ。」
心配そうに、というよりは、呆れた目でシュリは儀礼を見る。
獅子が、さりげない動作で、儀礼の背後に立った。
その瞬間に、姿の見えない、気配ある者たちがさっと散って行ったのが3人にはわかった。


 微笑ましく儀礼達を見守っていた商店街のおじさん、おばさん達の視線に混じり、絡みつくように儀礼を見る良くない性質たちの視線がいくつかあったのだ。
バクラムがこの町で名が知られている冒険者であるように、シュリもまた、この町では有名人だった。


 その連れと見える少年、いや、人によっては少女に見えていたかもしれないが、美しい顔立ちを隠そうともしない儀礼を、観察するように気配を絶って見ている者たちがいた。
戦えるようにも見えない、今の儀礼の姿は、バクラムやシュリに悪意ある者にとっては、家族同様、弱点となりえる人間に見えたことだろう。


「……自分の面倒くらい、自分で見れるんだけど。」
不満そうに儀礼は頬を膨らませる。
その時、3人に近付く人影があった。


『ちょっと、シュリ! 商店街回る暇があるなら、うちの店にも顔見せなさいよ!』
背後からの声に、3人は同時にその声の主に振り向いた。
グラハラアの民族衣装に身を包んだ、少女と思われる者が一人、そこに立っていた。


「ミランダ。何だよいきなり。俺は今、客を案内中なんだ。」
軽い調子で返事をするシュリは少女と知り合いのようだ。
フェードの言葉で返したシュリをちらりと見てから、少女は顔の布を外して儀礼の方を見た。
睨んでいる。確実に、儀礼は睨まれている。


 じりじりとした肌を焼く気配に、儀礼はビクリと震えてシュリの背後に身を隠した。
「お客さん、綺麗な人ね。珍しいわね。あなたが仕事休んで町の中歩くなんて。」
ミランダと呼ばれた少女は、何かを探るように儀礼を見ながらシュリの背後へと回ってくる。
その言葉は、流暢なフェードの言葉だった。


「私、ミランダ。あなたは?」
ずいっと儀礼の前に顔を出して、ミランダは名乗る。
「初めまして。ギレイ・マドイです。シュリのお父さんのバクラムさんに、護衛の仕事をしてもらっています。今日は、シュリが町案内兼、護衛代わりです。」


 少女が儀礼を睨んでくる理由がわからずに、儀礼はかしこまった挨拶をして、少女に右手を差し出す。
その手を、ミランダはちょっと見てから、ぎこちなく握り返した。
少女らしい、小さくて柔らかい手だ。
にっこりと儀礼は微笑む。


「ミランダ。多分、勘違いしてると思うから言っておくけど、そいつ、男だからな。」
ニヤニヤと笑いながら、シュリが言う。
「それ、言う必要あること?」
不機嫌そうに儀礼は頬を膨らませる。


「え?!」
シュリと、儀礼と、握った儀礼の手とを見比べながら、ミランダは瞳を見開いていた。
「可愛いね。綺麗な髪の色。夕焼けの空みたいだ。」
赤く輝くミランダの髪を見て、儀礼は再びにっこりと笑ってみせる。
「ギレイって呼んでね。黒髪の方はシシ。大きいけど、怖くないよ。」


 ミランダから、敵意がシュルシュルとしぼんでいくのが儀礼には分かった。
じりじりと焼ける肌は平穏を取り戻していた。
逆に、握っている少女の手が赤く、熱くなっていった。

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