ギレイの旅

千夜ニイ

宙を飛ぶ列車

 その時、ドーーーン!!という大きな音が列車の中に響いた。
列車が揺れ、少女たちが悲鳴をあげる。


「あーあ、やっぱり来ちゃったか。辛抱のできない奴らだな。」
落ち着いた様子で儀礼は言う。
その儀礼の周りを、女の子たちが囲んでいる。
何だかいつも通りの光景にも見える。


 しかし、少女たちが儀礼を頼りにしている。
可愛がっているのではない。
それがいつもと違って、利香にはとても妙な感じだった。


 儀礼達が辿り着いた、前から2両目の車両に、黒髪の二人の男、獅子と拓が乗り込んできた。
「利香!」
獅子が利香に駆け寄る。
無事を確認し、抱きしめられ、嬉しくなって、利香は力いっぱい獅子を抱きしめ返す。


「ねぇ。それ、後にしてくんない?」
冷静な顔で儀礼が言い、
「俺が悪いのか!?」
と、獅子が顔を赤くして怒鳴り返す。


 獅子はそういう姿を余り利香には見せてくれなかった。
微笑ましくて、つい、利香は笑ってしまった。
「いつも利香ちゃんの前でかっこつけてるからだ。」
くすくすと儀礼も笑う。


「お前達! もう逃げ場はないぞ!」
儀礼達を追ってきた研究員たちがぞろぞろと2両目の車両に集まってきていた。
怪我はしていても、動けないほどではない。
だが、儀礼は堂々とした態度で、彼らに向き合った。


「お前たちのした事はSランク、アルタミラーノの命か?」
その瞳は真剣。
威厳ある儀礼の態度に、周りにいた少女や男達だけでなく、利香や獅子までもが驚いている。
そんな迫力ある儀礼を、利香達は見たことがなかった。


 周囲にいた男達は儀礼のあまりに堂々とした態度に思わずたじろぐ。
何故、自分たちが少女のような子供に怯えなくてはいけないのか、はっと我に返り、武器を構えて儀礼を睨み返す。
「アルタミラーノ様はご存じない。今回の事は全て俺の判断だ。お前らの方こそ実験の邪魔をして、何様のつもりだ。」
威圧するような声で、バシリオが言った。


 儀礼は答えない。
かわりに口の端をあげて小さく笑った。
儀礼と共にいる、黒い髪に黒い瞳の二人の剣士。
その一方が構えるのは、世にも有名な光の剣。
そして、儀礼の持つ金色の髪に色付きの眼鏡、白い衣を纏った姿。


 アルタミラーノの右腕は、それで儀礼の正体に気付かない男ではない。


「……カイダルに入るためには、それしか方法がなかったのだ。たとえアルタミラーノ様でも、カイダルからその許可が下りなかった。」
奥歯を噛み締めたような苦渋に満ちた表情でバシリオは言う。
「アルタミラーノ様は……もう、自力で動くこともできないお身体だ。」
バシリオの言葉に、そのほかの研究者たちがうなだれるように瞳を伏せた。


 今回の実験で、カイダルの一部を通る線路。
機械大国カイダルは、自国の技術を守るために、他国との接触を厳しく制限している。
そこへ、他国から来る列車を走らせようというのだ。


「Sランクであるアルタミラーノ様も一度は諦めておいでだった。なのに、死の間際になって、この実験をやると言い出されたのだ。」
じりじりと、儀礼達を取り囲む男達の輪は縮まっている。
戦闘になるまで、後わずかの距離しかない。


「カイダルを通るための通行料として、俺は独断でカイダルの内部組織と取引をして、その少女達を渡すことになったんだ。」
じりっと一歩、バシリオは儀礼に近寄る。
その瞳からは強い決意を感じ取れた。


「そんな、犯罪者まがいの連中の話を信じたんですか? まさか、レールが敷かれているかどうかの確認はできているんですよね?」
Sランクの実験が、ここまで準備不完全に行われていたとは、儀礼も思わなかった。
普通は、万全の準備に、万が一に供えた対策すら完璧にしておくはずなのだ。


「……。」
バシリオから帰ってきたのは無言だった。
「何故、そこまでして――」
「線路が敷かれているかすら分からないそこへ行くのは我々でも無謀だと言えた。だが、アルタミラーノ様はご自分の生まれた国だからと譲らなかったのだ。」
力なく、訴えるような声でバシリオは言った。


「何で止めなかったんです!? このままでは、全員死んでしまう可能性だってあるんですよ!」
線路がなければ、列車は脱線し、転倒する。
「他に、どうすればよかった! カイダルを通るにはそれしかっ、アルタミラーノ様のために!!」
叫ぶように言う、バシリオの言葉は、縋るような声で胸に刺さる。
彼は確かに、忠誠心で動いていた。


 列車は間もなく、カイダルとの国境に入る。
「アルタミラーノ様は何か言わなかったのか?」
Sランクと呼ばれる人間が、こんなおろかな実験を行うとはどうしても理解できない。
儀礼には、何かあるとしか考えられなかった。


「何も。」
バシリオは首を横に振った。
「ただ、ドルエドの、ある新聞記事を見た日に突然、この実験をやると言い出した。」
バシリオの差し出したその記事は、ある事件について書かれたものだった。
それは、その事件は――ある領主の町に大量の私兵が動いていた日のできごと。
ミサイルのような物を魔法で動かしていたあの事件。


「……! それだよ! アルタミラーノ様は会ったんだ、彼女に!」
儀礼が叫ぶように言い出す。
「だとすると、まずい。みんな! 掴まって。獅子、拓、女の子たち支えて。」
儀礼が言い、自分は近くの少女達の身体を押さえて手近な物に掴まる。


「あなたたちも早く!」
バシリオ達にも、怒鳴るように儀礼は言う。


 その時、列車はその車体を宙へと浮かせた。
長い、大きな車体を龍の様にゆっくりとうねらせて。
カイダルの上空を飛ぶ。


 町の人間の驚いた声がする。
指を差し、叫んでいる人、驚く者、怖がる者……。
その町に、線路はなかった。
高度に進んだ機械の国の証が見て取れただけ。


「……。」
儀礼は呆然とする。
いや、儀礼だけではなく、全員が呆然としているのだが、儀礼は尚更に驚いていた。
これは実験などではなかった。


 Sランク、アルタミラーノの最後の願いだったのだ。
未来ある若者達に、自分の部下達に、自分の生まれた国の技術をどうしても見せたかったのだ。
線路を通す許可は下りず、国の中に入ることも許されない。
でも、カイダルの空の防衛が緩いことをアルタミラーノは知っていた。


 初めから、線路も列車もただの囮。
ここを飛ぶことを悟られないための陽動だったのだ。
こんなに大きな車体なのに、中身が空だったのも、軽い素材で作られているのもそのため。


 そして、自力で列車を飛ばす装置を作り出せなかったアルタミラーノがAランクの魔法使い『若き魔女』ヤンの存在を知った。
(これは、最初で最後の……。)

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