ギレイの旅

千夜ニイ

触れてはならない逆鱗

(フィオ、抑えて。味方の怒りに反応しないで。)
こいつは敵だ。》
儀礼には聞こえない声で、炎をたぎらせるフィオは答える。


(利香ちゃん助けるためだから。)
じりじりと焼ける肌に、冷や汗をかいて儀礼は苦笑する。
(二人が物騒なのは認めるけどさ。)
くすりと笑って、儀礼はハンドルを大きく切る。
列車は後方へと遠く流れていった。


「何を笑ってる。」
機嫌悪そうな、低い声で拓が儀礼を威嚇する。


「いや、向こうも、『Sランク』を敵に回したんだな、と思ってさ。」
にやりとした、不敵な笑みを浮かべて儀礼は手袋のキーを操る。
売るために集めた人員ならば、利香達が傷つけられる可能性はとても低い。
護衛機から送られてきた情報は、十分に、中の状況を儀礼に知らせてくれるものだった。


 コーテルに入ってから、儀礼の準備には少し時間がかかっていた。
その間も獅子と拓の苛立ちはつのってゆく。
「おいっ、儀礼! まだか!」
拓が剣の鞘の先をダンッと地面に叩きつける。


 二人の怒りに、儀礼はぎこちなく首だけを振り向かせる。
「相手はSランクの試験者だよ。通常、手を出せば許されないんだ。利香ちゃんを助けても、全員殺されることになるかもしれないんだ。」


「お前は、助けるなって言いたいのか!」
剣を振り回して、苛立たしさを全面に押し出し、拓は近くの岩を叩きつける。
その迫力に、儀礼はビクリと身を縮ませる。
「……違うよ。そうじゃなくて、今作戦を立ててるから、もう少し待って。」
パソコンのキーを叩きながら、務めて平静に儀礼は答える。


 アルタミラーノが人身売買に関わるような人物でないことは、今までの行動や、歴史から十分に裏づけが取れた。
アナザーもそれは認めている。
今、儀礼は、アーデス達に頼んで、その部下達を探らせているところだった。


「利香は領主の娘だぞ! それでも手を出せないって言うのか!?」
「シエンなんて、たかがちっぽけな村一つの領主だろ! 王族や、もっと政治に力を持った貴族ならともかく、そんなんで手を……。」
出せるわけがないと続けようとして、儀礼は背後の怒りの気配に息を飲んだ。


 拓はシエンの領主であることに誇りを持っている。
儀礼はそれを傷つけたらしく、恐ろしい怒気が儀礼の肌を焼く。
「ま、待とうよ拓ちゃん。何を考えてる……。」
儀礼達が今いる場所は高い高い崖の上。


 間もなく、この崖の下のレールの上をアルタミラーノの列車が通っていく予定なのだ。
平面から行くのは難しい、一番簡単なのは上から乗ること、と儀礼は提案したのだが。
遠くから、列車の走る小さな音が聞こえてくる。
コーテルの街中を這うように走る銀のレールはスピードを出すことができないほどうねうねと曲がっている。
それでも、だんだんと列車の全容が見えてきた。


 儀礼は怯えながらずりずりと後ろへと後退する。
その儀礼の腕を素早く掴み、拓は自分の側へと引き寄せた。
にやりと邪悪な笑みを浮かべる。


「ただの人じゃ、だめなんだったな。じゃぁ、しっかりと捕まってこい!」
拓は儀礼の手を後ろ手で縛る。
「見目美しい少女だけが捕まってるらしいじゃないか。成功すれば、お前も認められたってことだな。」
そう言って、拓は儀礼を崖から蹴り落とした。


「うわぁ! トーラ! 風祇!」
儀礼は即座に助けてくれる精霊の名を呼ぶ。
薄い紫色の障壁が儀礼の周りを覆い、強い風が落下の速度を緩めてくれる。
ごろごろと転がるようにして、儀礼は列車の屋根の上へと到達することに成功した。


 ゴン、ガラガラゴロ……。
大きな音をさせて、儀礼は列車の上に乗っていた。
両手を後ろ手に縛られているために、うまく身動きが取れない。
「縛る必要があったのかよっ。」
ロープを外そうともがく儀礼の前に、屈強な男が一人現れた。


 大柄な男だが、立派な研究者だ。
アルタミラーノの右腕とも呼ばれている人物。
その男が、じっと儀礼の顔を見ている。
高い崖から転げ落ちてきたので多少髪がぼさついてはいるが、それ以外、傷一つ負ってはいない。


「あの車両から逃げ出したか。どうやったのかは知らないが、残念だが、逃げることは不可能だ。諦めておとなしくしているんだな。」
男は儀礼を抱え上げる。
「……。」
敢えて、儀礼は無言を貫いた。
色々と言いたいことはあったが、言い出せばきりがなく、折角の侵入の機会を失ってしまいそうだった。


 高い崖の上には、二人の友人達の気配を確かに感じる。
次に列車に近寄れる地点は、コーテルからカイダルに入る間近。
この状況は、二人が儀礼のことを信用してくれたと、そう受け止めていいのだろうと、儀礼は自分を慰めた。
決して、味方にエサにされたのではないと信じている。


 こうして、儀礼はおとなしく、不審な車両の中へと捕らえられたのだった。


「これだけの美女を揃えておけば取引相手も不満はあるまい。」
儀礼を肩に乗せた男が、ふっふっふ、と満足そうな笑みを浮かべる。
ぷつりと儀礼の中で何かが切れた。


(誰が女だ! 誰が!)
送り出した拓にも、止めなかった獅子にも、気付かなかった男にも、次々と怒りの湧いてくる儀礼だった。

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