ギレイの旅
攫われた利香
ニエストル・アルタミラーノの作り出した列車は、今までの汽車よりもずっと速く走るものだった。
昨日、マルチルを出発した列車は、今日にはもうアルバドリスクを通り越し、ドルエドまで入っていた。
見ることはできても、誰も手を出すことのできない実験。それが最高ランクSランクの実験。
穴兎:“やっぱり何か変なんだ。今回の実験。弟子の半数が実験のことを知らされていなくて、知っていた者の中には決行を反対する者も多くいると言われている。”
穴兎からの情報が間違っていたことはない。
その部分は儀礼は信用している。
しかし、今回、Sランクという地位にいるアルタミラーノという人物が何のために、裏で動く必要があるのかが儀礼には理解できない。
Sランクというのは、世界中から認められているということではないのか。
何を、隠れて動く必要があるのか。
しかし、儀礼も世間に隠していることが多数ある。
それが、儀礼が世界中の軍事関係者から狙われれる理由でもあり、隠したいことでもある。
そういう、後ろ暗い部分が、やはりその人にも、あるのだろうか。
どれほどの人格者と世間から言われていようとも……。
自分以外のSランク。
それを儀礼はずっと敬ってきた。
Aランクの研究者でさえ、下に見てきたつもりはない。
儀礼の得たものはあくまでも祖父のもの。
本当のSランクの力が知りたい。
真実のSランクのあり方を知りたい。
そんな気持ちが、儀礼の心の中にはあったのかもしれない。
思案する儀礼の耳に、焦った拓の叫び声が聞こえてきた。
「了! 儀礼! 利香が攫われた!!」
宿の扉を開けて飛び込んで来た拓。
見れば、拓の頭と腕からは大量に血が流れている。
顔色も酷く悪い。
「落ち着いて拓ちゃん。まずは手当てしよう。それから、何があったのか聞くから。」
今すぐにも、剣で何かを切り壊しそうな拓を抑えて、儀礼はソファーに座らせる。
頭の傷を見て、消毒し、包帯を巻く。
幸い、傷は見た目よりも浅かった。
日頃から鍛えていたおかげで致命傷を避けられたのだろうと予想できた。
「利香と俺は、大勢の見物人と一緒に、ドルエドの駅に列車を見に行ったんだ。わかるよな、アルタミラーノの列車だ。」
儀礼はすぐに頷く。
大勢の見物客がそこに押し寄せることも十分に理解できた。
「はぐれないように、俺は利香と手を繋いでいた。列車は、駅には補給のために停まっていると言っていた。窓は全部閉まっていて、列車の中は見ることができなかった。どこかにアルタミラーノ氏が乗っているはずなんだが、それすらもまったく分からなかったな。」
焦っている様子の拓は包帯を巻かれながら、状況を説明していく。
「間もなく列車が出発するってころになって、列車から大量の煙が噴き出したんだ。一瞬、周囲が見えなくなるほどの。」
ぎりっ、と拓は両拳を握る。
「そして、気付いたら、背後から何者かに切りかかられて、無理やり利香を連れて行かれたんだ。列車はそのまま出発した。俺は駅で利香を探したが結局、見つからなかった……。」
まだ手当てしていない左側の腕から新しい血が流れ出てきた。
「落ち着いて、拓ちゃん。……つまり、その列車が怪しいって、思ってるんだね。」
拓の言いたいことを察して、儀礼は拓の腕の手当てに移る。
「他には考えられない。確かにたくさんの人がいたが、ドルエドの中だ。移転魔法は光るから目立つ。不審な動きをする奴がいたら、Sランクの列車の護衛をしている連中が気付かないはずがないだろうっ。」
Sランクの護衛をする者は、ギルドの中でも突出した冒険者達だ。
例えば、儀礼の護衛をしているアーデス達のように。
そんな、人物が何人もいて、人が襲われ、攫われたことに気付かないなど、確かに不審だと感じざるを得ない。
「……アルタミラーノ様に関しては、今回の実験において黒い噂が流れてたんだ。まだ不確かな状態だったけど、知らせておくべきだったね。ごめん。」
包帯を巻き終え、俯いたまま儀礼は呟く。
そして、すぐにノートパソコンを開いた。
もう、迷いはない。
全力で、利香の行方を追うために、『アナザー』の力を借りる。
『利香ちゃんが攫われた。アルタミラーノ様の列車が関わっている可能性が高い。他に行方不明になっている人物や、列車についての不審な噂について、全て調べて情報を知らせて。』
儀礼は穴兎にメッセージを送る。
『列車が通過した後に、見目のいい少女たちが複数行方不明になっている。国が違うために各国の兵士たちも連携が取れずに困惑している状態だ。しかも、列車はSランク、『世界の父』アルタミラーノの実験だからな。』
穴兎からの返信はすぐに来た。
『各国の連携をすぐにとらせて。行方不明者の人数を特定して。それから、攫われた状況の確認を。』
儀礼は素早くパソコンに打ち込む。
「列車の次の行き先は!?」
拓が荒々しい声でパソコンに向かって怒鳴る。
「ドルエドを抜けたらフェードに来るよ。昨日レールを見に行った。そこで一度様子を見よう。向こうも警備を固めているはずだから、簡単には近づけないと思った方がいい。それから、コーテルで列車の本体を見るつもりだったんだ……。」
儀礼はテーブルの上に世界地図を広げる。
そこには、すでにアナザーから聞いていたアルタミラーノの列車実験の全ルートが描かれている。
「ここで、利香ちゃんが中にいるか護衛機の反応を確かめる。マップで護衛機の位置が特定できない。故障して信号が乱れているのか、高速移動中か、魔法防御の中にあって信号を送り出せない状況なのか。どれをとっても、この列車が怪しいことになる。でも、違う可能性も考えておいた方がいい。万が一、違った場合、利香ちゃんの身が危ないからね。」
そう言いながらも、儀礼はすでに確信していた。
高速移動する列車の中に、利香の姿を捉えていたのだ。
白く光る、銀色の腕輪に宿る精霊のおかげで。
ぎゅっと、きつく、儀礼は自分の唇を噛み締めていた。
ここで手を出すならば、儀礼は、機械大国カイダルのSランク、アルタミラーノと敵対することになる。
そして、カイダル国の出身とは言っても、もう長い年月アルタミラーノは医療国家マルチルに属している。
つまり、儀礼は二つの国家を相手にしなければならなくなるかもしれないのだ。
昨日、マルチルを出発した列車は、今日にはもうアルバドリスクを通り越し、ドルエドまで入っていた。
見ることはできても、誰も手を出すことのできない実験。それが最高ランクSランクの実験。
穴兎:“やっぱり何か変なんだ。今回の実験。弟子の半数が実験のことを知らされていなくて、知っていた者の中には決行を反対する者も多くいると言われている。”
穴兎からの情報が間違っていたことはない。
その部分は儀礼は信用している。
しかし、今回、Sランクという地位にいるアルタミラーノという人物が何のために、裏で動く必要があるのかが儀礼には理解できない。
Sランクというのは、世界中から認められているということではないのか。
何を、隠れて動く必要があるのか。
しかし、儀礼も世間に隠していることが多数ある。
それが、儀礼が世界中の軍事関係者から狙われれる理由でもあり、隠したいことでもある。
そういう、後ろ暗い部分が、やはりその人にも、あるのだろうか。
どれほどの人格者と世間から言われていようとも……。
自分以外のSランク。
それを儀礼はずっと敬ってきた。
Aランクの研究者でさえ、下に見てきたつもりはない。
儀礼の得たものはあくまでも祖父のもの。
本当のSランクの力が知りたい。
真実のSランクのあり方を知りたい。
そんな気持ちが、儀礼の心の中にはあったのかもしれない。
思案する儀礼の耳に、焦った拓の叫び声が聞こえてきた。
「了! 儀礼! 利香が攫われた!!」
宿の扉を開けて飛び込んで来た拓。
見れば、拓の頭と腕からは大量に血が流れている。
顔色も酷く悪い。
「落ち着いて拓ちゃん。まずは手当てしよう。それから、何があったのか聞くから。」
今すぐにも、剣で何かを切り壊しそうな拓を抑えて、儀礼はソファーに座らせる。
頭の傷を見て、消毒し、包帯を巻く。
幸い、傷は見た目よりも浅かった。
日頃から鍛えていたおかげで致命傷を避けられたのだろうと予想できた。
「利香と俺は、大勢の見物人と一緒に、ドルエドの駅に列車を見に行ったんだ。わかるよな、アルタミラーノの列車だ。」
儀礼はすぐに頷く。
大勢の見物客がそこに押し寄せることも十分に理解できた。
「はぐれないように、俺は利香と手を繋いでいた。列車は、駅には補給のために停まっていると言っていた。窓は全部閉まっていて、列車の中は見ることができなかった。どこかにアルタミラーノ氏が乗っているはずなんだが、それすらもまったく分からなかったな。」
焦っている様子の拓は包帯を巻かれながら、状況を説明していく。
「間もなく列車が出発するってころになって、列車から大量の煙が噴き出したんだ。一瞬、周囲が見えなくなるほどの。」
ぎりっ、と拓は両拳を握る。
「そして、気付いたら、背後から何者かに切りかかられて、無理やり利香を連れて行かれたんだ。列車はそのまま出発した。俺は駅で利香を探したが結局、見つからなかった……。」
まだ手当てしていない左側の腕から新しい血が流れ出てきた。
「落ち着いて、拓ちゃん。……つまり、その列車が怪しいって、思ってるんだね。」
拓の言いたいことを察して、儀礼は拓の腕の手当てに移る。
「他には考えられない。確かにたくさんの人がいたが、ドルエドの中だ。移転魔法は光るから目立つ。不審な動きをする奴がいたら、Sランクの列車の護衛をしている連中が気付かないはずがないだろうっ。」
Sランクの護衛をする者は、ギルドの中でも突出した冒険者達だ。
例えば、儀礼の護衛をしているアーデス達のように。
そんな、人物が何人もいて、人が襲われ、攫われたことに気付かないなど、確かに不審だと感じざるを得ない。
「……アルタミラーノ様に関しては、今回の実験において黒い噂が流れてたんだ。まだ不確かな状態だったけど、知らせておくべきだったね。ごめん。」
包帯を巻き終え、俯いたまま儀礼は呟く。
そして、すぐにノートパソコンを開いた。
もう、迷いはない。
全力で、利香の行方を追うために、『アナザー』の力を借りる。
『利香ちゃんが攫われた。アルタミラーノ様の列車が関わっている可能性が高い。他に行方不明になっている人物や、列車についての不審な噂について、全て調べて情報を知らせて。』
儀礼は穴兎にメッセージを送る。
『列車が通過した後に、見目のいい少女たちが複数行方不明になっている。国が違うために各国の兵士たちも連携が取れずに困惑している状態だ。しかも、列車はSランク、『世界の父』アルタミラーノの実験だからな。』
穴兎からの返信はすぐに来た。
『各国の連携をすぐにとらせて。行方不明者の人数を特定して。それから、攫われた状況の確認を。』
儀礼は素早くパソコンに打ち込む。
「列車の次の行き先は!?」
拓が荒々しい声でパソコンに向かって怒鳴る。
「ドルエドを抜けたらフェードに来るよ。昨日レールを見に行った。そこで一度様子を見よう。向こうも警備を固めているはずだから、簡単には近づけないと思った方がいい。それから、コーテルで列車の本体を見るつもりだったんだ……。」
儀礼はテーブルの上に世界地図を広げる。
そこには、すでにアナザーから聞いていたアルタミラーノの列車実験の全ルートが描かれている。
「ここで、利香ちゃんが中にいるか護衛機の反応を確かめる。マップで護衛機の位置が特定できない。故障して信号が乱れているのか、高速移動中か、魔法防御の中にあって信号を送り出せない状況なのか。どれをとっても、この列車が怪しいことになる。でも、違う可能性も考えておいた方がいい。万が一、違った場合、利香ちゃんの身が危ないからね。」
そう言いながらも、儀礼はすでに確信していた。
高速移動する列車の中に、利香の姿を捉えていたのだ。
白く光る、銀色の腕輪に宿る精霊のおかげで。
ぎゅっと、きつく、儀礼は自分の唇を噛み締めていた。
ここで手を出すならば、儀礼は、機械大国カイダルのSランク、アルタミラーノと敵対することになる。
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