ギレイの旅
世界を繋ぐ実験
儀礼は宿で新聞を読んでいた。
いつ見ても起こっている事件の数々。
世界のどこかで毎日、誰かが行方不明になり、どこかでは殺人事件が起こり、国としてまとまっていない地域では紛争が続いている。
そんな、騒動の絶えない世界に儀礼は生きている。
「わぁ! ニエストル・アルタミラーノ様が久し振りに実験を再開するって!」
その記事を見て、儀礼は思わず歓声を上げていた。
新聞に食い入るように近付く。
「……なんだ、その煮えとるアルミダーって。」
眉間にしわを寄せて悩んでいるように獅子が問いかける。
「ニエストル・アルタミラーノ。現在8人いる管理局Sランクの1人。機械分野に長けた研究者だよ。」
すごいんだよ、と儀礼は続ける。
「今ある、世界で使われてる機械のほとんどは、この人が開発に関わったって言われてるんだから。機械大国カイダルの出身で、Sランクに任命されてから16年もの間、世界に貢献し続けてるんだ。忙しい方だし、面会をするためにも手続きを踏んでから、3ヶ月待ちが当たり前なんだって。」
興奮したように頬を紅潮させて儀礼は説明する。
「お前もそのSランクだろう。」
うるさそうに耳を押さえて獅子は儀礼を見る。
「僕とは比べ物にならないよ。僕なんか、祖父ちゃんの資料を受け継いだだけだもん。アルタミラーノ様は、ご自分の力と功績でSランクに登り詰めて、ずっとその地位にいる方だよ。16年だよ。僕が生まれる前から活躍してるんだ。」
饒舌に語る儀礼だが、この『蜃気楼』への面会は手続きを通しても叶うことがないと言われている。
懇願の手紙は毎日どこかしらから届いているのだが、現在は旅の途中であるということを理由に儀礼は全てを断っている。
面会を求める者の裏側を一々調べることも大変だ、というのも理由の1つだ。
『蜃気楼』には敵となるものも多くいるのだ。
「見に行きたいな。凄い広い範囲での実験だよ! 列車なんだ。それも世界を横断するような、歴代になかった長さの。」
世界地図をテーブルの上に広げて儀礼は口の端を上げてその地図の上に指を走らせる。
この詳しい情報は今、『アナザー』から手に入れた極秘情報だ。
「北東の医療国マルチルから始まって、精霊の国アルバドリスク、農耕国家ドルエド、遺跡と魔法の国フェードからコーテルを通って機械大国カイダルへ。そして最後は海に続く国バイロへ。」
長い長い、大陸の半分を通る鉄の道だ。
今まで、それぞれの国にあったその列車の道を全て一つに繋ごうというのだ。
「これが実現できたら、世界の流通が大きく変わるよ。」
瞳を輝かせて儀礼は世界地図を眺める。
それは何か、宝物でも見ているかのような輝きだった。
「近くではないのか?」
儀礼が、あまりに楽しそうに地図を眺めているので、獅子は連れて行ってみるのも面白い、と聞いてみることにする。
「フェードの中にも、もうレールは敷かれてるはずだよ。詳しい場所は、ちょっと待ってね、すぐに調べる。」
別に、獅子が行きたいわけではないのに、ハイテンションで儀礼は請け負った。
カタカタとリズム良く左手の手袋の甲を叩いている。
それが、誰かとの連絡手段なのだと、獅子はもう知っている。
嬉しそうに儀礼の口元は笑みを描いたままだ。
「まぁ、いいか。」
くすりと笑って、獅子は儀礼の返答を待つ。
「ここからだと、転移陣を使わなくても、愛華で移動すればレールを見に行ける! それから、うまく日にちを合わせれば、転移陣を使ってコーテルで列車の本体を見ることもできそうだよ。今日の午後にはマルチルを出発するんだって!」
仔犬が、尻尾を振ってテーブルの上に両手をかけている。
獅子の目には確かに、喜びはしゃぐ動物の姿がそこに見えた気がした。
「世界を繋ぐなんて、さすが『世界の父』アルタミラーノ様だ。」
ニエストル・アルタミラーノの二つ名は、『世界の父』。
Sランクの中でも、数多くの研究者を部下として抱える彼は、いつの間にか、世間からそう呼ばれるようになっていた。
今ではもう70歳という高齢で、60歳を寿命とする世界で、最先端の医療技術の提供を受け、人々から更なる活躍を期待されている。
儀礼と獅子が見に行った『世界の父』アルタミラーノの実験場は、すでに使われている汽車のレールをさらに長く繋げたものだった。
ピカピカと光る銀色の2本のレールが地平線の先までずっと続いている。
右にも、左にも。
「ここを、アルタミラーノ様の列車が通るんだね!」
首を、右に左に、忙しく動かしながら儀礼はそのまだ何もないただのレールを感激した様子で眺めている。
獅子には、ただのレールにしか見えない。
力強く走る汽車に、憧れを持たないわけではないが、正直に言って、儀礼の車に乗った方が速度は速いのだ。
「――バカなっ!」
輝く瞳でレールを見ていた儀礼が、突如鋭い眼光で、目の前の色付き眼鏡を睨み付けていた。
「どうした?」
不思議に思った獅子が尋ねるが、儀礼は首を小さく横に振り、唇を固く結んだ。
「あり得ないんだよ……。」
小さな声で儀礼は言う。
それは、何かに縋るような、否定するような願いを込める声。
「今回の実験の影に、何か裏の取引があるって。ディセードが言うんだ。」
銀色のレールをさすりながら、うつむく儀礼の表情は暗い。
「『世界の父』と呼ばれる人だよ。世界最高のSランクの地位を手に入れて、何を隠れて行う必要があるの……?」
自分と同じく、Sランクという地位に立つその人を、尊敬しているだけに、儀礼の困惑は深くなる。
「やっぱり、管理局の上に立つには、後ろ暗い所を持ってるの? でなければ、Sランクには、なれないの?」
「ディセードって、あいつだろ。年末に会ったお前の友達とか言う貴族。そいつが何か言ったからって、そんなに気にすることないだろう。」
「ディーは腕のいい情報屋だよ。ディーに掴めない情報はない。あ、内緒だけどね。」
しっ、と人差し指を口元に当てて、儀礼は小さく笑った。
「情報屋、な。ネネも確か情報屋だって言ってたな。お前、情報屋の知り合い多いんだな。」
「これでも管理局のSランクだからね。情報戦は管理局の命綱だよ。」
カタカタとリズム良く手袋のキーを鳴らして、儀礼は獅子を見る。
「アルタミラーノ様については、もう少し詳しく調べてもらうことにする。僕にはやっぱり、信じられないよ。『世界の父』が、世界を裏切るようなことをするなんて。」
薄っすらと、雲の張る冬の空を眺めて、儀礼は白い息を吐いた。
いつ見ても起こっている事件の数々。
世界のどこかで毎日、誰かが行方不明になり、どこかでは殺人事件が起こり、国としてまとまっていない地域では紛争が続いている。
そんな、騒動の絶えない世界に儀礼は生きている。
「わぁ! ニエストル・アルタミラーノ様が久し振りに実験を再開するって!」
その記事を見て、儀礼は思わず歓声を上げていた。
新聞に食い入るように近付く。
「……なんだ、その煮えとるアルミダーって。」
眉間にしわを寄せて悩んでいるように獅子が問いかける。
「ニエストル・アルタミラーノ。現在8人いる管理局Sランクの1人。機械分野に長けた研究者だよ。」
すごいんだよ、と儀礼は続ける。
「今ある、世界で使われてる機械のほとんどは、この人が開発に関わったって言われてるんだから。機械大国カイダルの出身で、Sランクに任命されてから16年もの間、世界に貢献し続けてるんだ。忙しい方だし、面会をするためにも手続きを踏んでから、3ヶ月待ちが当たり前なんだって。」
興奮したように頬を紅潮させて儀礼は説明する。
「お前もそのSランクだろう。」
うるさそうに耳を押さえて獅子は儀礼を見る。
「僕とは比べ物にならないよ。僕なんか、祖父ちゃんの資料を受け継いだだけだもん。アルタミラーノ様は、ご自分の力と功績でSランクに登り詰めて、ずっとその地位にいる方だよ。16年だよ。僕が生まれる前から活躍してるんだ。」
饒舌に語る儀礼だが、この『蜃気楼』への面会は手続きを通しても叶うことがないと言われている。
懇願の手紙は毎日どこかしらから届いているのだが、現在は旅の途中であるということを理由に儀礼は全てを断っている。
面会を求める者の裏側を一々調べることも大変だ、というのも理由の1つだ。
『蜃気楼』には敵となるものも多くいるのだ。
「見に行きたいな。凄い広い範囲での実験だよ! 列車なんだ。それも世界を横断するような、歴代になかった長さの。」
世界地図をテーブルの上に広げて儀礼は口の端を上げてその地図の上に指を走らせる。
この詳しい情報は今、『アナザー』から手に入れた極秘情報だ。
「北東の医療国マルチルから始まって、精霊の国アルバドリスク、農耕国家ドルエド、遺跡と魔法の国フェードからコーテルを通って機械大国カイダルへ。そして最後は海に続く国バイロへ。」
長い長い、大陸の半分を通る鉄の道だ。
今まで、それぞれの国にあったその列車の道を全て一つに繋ごうというのだ。
「これが実現できたら、世界の流通が大きく変わるよ。」
瞳を輝かせて儀礼は世界地図を眺める。
それは何か、宝物でも見ているかのような輝きだった。
「近くではないのか?」
儀礼が、あまりに楽しそうに地図を眺めているので、獅子は連れて行ってみるのも面白い、と聞いてみることにする。
「フェードの中にも、もうレールは敷かれてるはずだよ。詳しい場所は、ちょっと待ってね、すぐに調べる。」
別に、獅子が行きたいわけではないのに、ハイテンションで儀礼は請け負った。
カタカタとリズム良く左手の手袋の甲を叩いている。
それが、誰かとの連絡手段なのだと、獅子はもう知っている。
嬉しそうに儀礼の口元は笑みを描いたままだ。
「まぁ、いいか。」
くすりと笑って、獅子は儀礼の返答を待つ。
「ここからだと、転移陣を使わなくても、愛華で移動すればレールを見に行ける! それから、うまく日にちを合わせれば、転移陣を使ってコーテルで列車の本体を見ることもできそうだよ。今日の午後にはマルチルを出発するんだって!」
仔犬が、尻尾を振ってテーブルの上に両手をかけている。
獅子の目には確かに、喜びはしゃぐ動物の姿がそこに見えた気がした。
「世界を繋ぐなんて、さすが『世界の父』アルタミラーノ様だ。」
ニエストル・アルタミラーノの二つ名は、『世界の父』。
Sランクの中でも、数多くの研究者を部下として抱える彼は、いつの間にか、世間からそう呼ばれるようになっていた。
今ではもう70歳という高齢で、60歳を寿命とする世界で、最先端の医療技術の提供を受け、人々から更なる活躍を期待されている。
儀礼と獅子が見に行った『世界の父』アルタミラーノの実験場は、すでに使われている汽車のレールをさらに長く繋げたものだった。
ピカピカと光る銀色の2本のレールが地平線の先までずっと続いている。
右にも、左にも。
「ここを、アルタミラーノ様の列車が通るんだね!」
首を、右に左に、忙しく動かしながら儀礼はそのまだ何もないただのレールを感激した様子で眺めている。
獅子には、ただのレールにしか見えない。
力強く走る汽車に、憧れを持たないわけではないが、正直に言って、儀礼の車に乗った方が速度は速いのだ。
「――バカなっ!」
輝く瞳でレールを見ていた儀礼が、突如鋭い眼光で、目の前の色付き眼鏡を睨み付けていた。
「どうした?」
不思議に思った獅子が尋ねるが、儀礼は首を小さく横に振り、唇を固く結んだ。
「あり得ないんだよ……。」
小さな声で儀礼は言う。
それは、何かに縋るような、否定するような願いを込める声。
「今回の実験の影に、何か裏の取引があるって。ディセードが言うんだ。」
銀色のレールをさすりながら、うつむく儀礼の表情は暗い。
「『世界の父』と呼ばれる人だよ。世界最高のSランクの地位を手に入れて、何を隠れて行う必要があるの……?」
自分と同じく、Sランクという地位に立つその人を、尊敬しているだけに、儀礼の困惑は深くなる。
「やっぱり、管理局の上に立つには、後ろ暗い所を持ってるの? でなければ、Sランクには、なれないの?」
「ディセードって、あいつだろ。年末に会ったお前の友達とか言う貴族。そいつが何か言ったからって、そんなに気にすることないだろう。」
「ディーは腕のいい情報屋だよ。ディーに掴めない情報はない。あ、内緒だけどね。」
しっ、と人差し指を口元に当てて、儀礼は小さく笑った。
「情報屋、な。ネネも確か情報屋だって言ってたな。お前、情報屋の知り合い多いんだな。」
「これでも管理局のSランクだからね。情報戦は管理局の命綱だよ。」
カタカタとリズム良く手袋のキーを鳴らして、儀礼は獅子を見る。
「アルタミラーノ様については、もう少し詳しく調べてもらうことにする。僕にはやっぱり、信じられないよ。『世界の父』が、世界を裏切るようなことをするなんて。」
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