ギレイの旅

千夜ニイ

君の武器

「刺客か……。そいつら、動けないようにすれば文句ない?」
左手の腕輪を白く光らせ、笑うように儀礼はアーデスに問う。
朝月はもう、その儀礼の敵の居所を掴んでいる。


「私、今仕事を終わらせてきたところですが?」
儀礼の肩から手を離し、面倒そうに、アーデスが剣を持つ。
「ついてこいとも、連れて行けとも行ってませんが?」
にこりと笑うと、儀礼は一人で外を目指す。


「俺が行く。」
アーデス達に制止をかけ、シュリが、ベッドから飛び降り、武器を持った。


「シュリ?」
儀礼が驚いたように首を傾げる。
「俺もな、自分の平穏を取り戻すためには、それが一番手っ取り早いと思ったんだよ。」
鎧を身に纏いながら、シュリは言う。


 移転魔法を使えるシュリがいれば、移動時間がぐっと短くなり、儀礼は楽になる。
しかし、アーデスを断ったのに、シュリを連れて行くわけがないと言おうとすれば、その前にシュリが笑う。
「自分の敵だって言うんだろ。でもさ、俺、お前とならハルバーラに行ってもいいと思ってんだ。」
戦闘準備を整え、シュリが笑う。


 それは、戦闘前の武勇ある者の自信。
「……相手強いよ?」
「お前、それ誰に向かって言ってんだよ……。」
武器を構えてシュリは苦笑する。
ギルドランクDの儀礼に対して、シュリはAランクだ。


「殺さない?」
困ったように首をかしげて儀礼がシュリを見上げる。
きっと本人にそのつもりはないのだろうが、これはいわゆる上目遣いという奴だ。
シュリは、もし可愛い女の子に同じことをされれば、大抵の頼みはきいてしまうだろう。
可愛い女の子ならば、だ。


「断言はできない。」
「じゃあいいや。いってきます」
するりと身をひるがえし、儀礼はその部屋を出て行こうとする。
その意外に素早い動きにシュリは楽しそうな笑みを浮かべる。


「~~~~~っ。」
走りこみながらその肩に腕をかけ、移転魔法を唱えれば、簡単に儀礼は捕らえられる。
知識がない分、儀礼の魔法に対する耐性は本当に低い。


 シュリが儀礼の意識に残る場所を移転先に指定すれば、移転魔法は不安定なまでも、簡単にその地に辿り着く。
「お前、意識まで簡単に読めるなんて、それでいいのか? Sランク。」
見たこともない荒野に辿り着き、笑いながらシュリが言う。


「人の意識読むなんて、恐ろしい魔法使うな。使えるのはお前とヤンさんぐらいだ。」
闇魔法と相性のいいらしいシュリは、人の心に介入する魔法をいつの間にか覚えてしまっていた。
それも、魔法の師匠の影響だろうと儀礼は思う。
シュリに魔法を手ほどきしたのは、ヤンだった。


「普通、そういうのは教えないから。教えるのも難しいし。」
魔法を知らない儀礼がそれを語る。
「だって、師匠ヤンが俺に相性いいのがそれだって言うから。」
仕方がないだろ、とシュリは笑う。


 シュリが一番覚えたかったのは移転魔法で、それは覚えたのだ。
その他に相性のいいものから覚えたとして、何の問題があるというのだろう。


「シュリ、何目指してんの?」
苦笑しながら儀礼が問う。
「親父のような冒険者。」
武器を構え、シュリは答える。


「その魔法、絶対違うよね。」
口の端を上げて儀礼は言う。その手には改造銃が握られている。


「ついでに、アーデスのような冒険者も目指す。」
星明りの中、走りながらシュリは言う。
周囲には、儀礼に敵意を持ちながら、気配を消した強者達の影。


「じゃぁ、仕方ないか。」
ふっと笑って儀礼は言う。
アーデスにはやはり、人の心を読むような黒い部分がなくてはなれないだろう、と少年二人は笑い合う。


「殺すなよ、シュリ。」
「断言はできない。」
ダンッダンッダンッ、と冷たい闇の中に響く連続した銃声。


 同時に別の場所では、ブゥーンと空気の震えるような音で大きな斧が風を起こす。
すさまじい風圧に、離れた場所に立っていた複数の敵が同時に血を流す。


「武器に振り回されてるよ。」
シュリの背中に回りこみ、儀礼は言う。
「わかってる。まだこいつと折り合えないんだ。」
少し苦い笑いを浮かべ、シュリはまたその斧を構える。


 その背に立ち、儀礼は言う。
「加減なんて必要ないよ。切りたい物を切り、払いたい物を払え。信じてみなよ。もうそれは君の武器だ。」
言われた言葉に、シュリは今までの魔力とは違う、闘気と言うものを斧に込める。
微妙に違うそれをシュリが、完全に使い分けることができるようになったのはつい最近だ。


 今でも、瞬時に切り替えることはできないが、儀礼に言われた言葉に従えば、その切り替えは随分とスムーズに行えた。
(切りたい物を切り、払いたい物を払う。)
心の中で、再度それを唱えれば、シュリの手元で斧が光りだす。
光っていることすら分かりにくい黒い闇の色だが、柄を握るシュリの手に力がこもる。


 襲い掛かってくる複数の敵。
それを、
(切り裂かないように――)


「払う!」
ブゥン!
斧は勢い良く振るわれ、闘気の壁が敵を巻き込んで大きく吹き飛ばす。
それは打撃。放たれたのは刃ではない。


 それを見届ける前に、シュリの体を両断しようと振るわれる次の敵の剣。
シュリはもう一度、斧を構える。
(切りたい物を――)


「切る!」
キン!
硬い音をさせて、敵の握っていた鋭い金属の刃は、みごとに半分に切り裂かれていた。


『もうそれは、君の武器だ。』
その声の意味が、握る武器の柄からしっかりと伝わってくる。
斧がシュリの意思に答えてくれているようだった。

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