ギレイの旅

千夜ニイ

現れた女性たちは

 ふわりと身も軽く、儀礼は2段ベッドの上から飛び降りる。
「で、どうしたんです? あのお姉さん達との痴話げんかなら僕は知りませんよ? 介入する気もありませんし。弟を名乗ったのが気に入らないなら勝手に訂正してください。」
儀礼の言葉にアーデスは目を細めた。


「お前、誰と会った。」
薄暗い部屋の中、真剣な顔でアーデスは言う。
「別に、アーデスが誰を使おうが、誰と付き合おうが僕には関係ないんで関わるつもりもないんですが?」
どうにも、アーデスの真剣な理由が分からず、儀礼は首を傾げる。


「あ、そうだ。これ返しとく。それとこれもナーディアさんに返しといてくださ……いって、なんでそんな怖い顔するんです?」
情報屋ナーディアの作った合鍵と、借りたベールを白衣から取り出して渡そうとすれば、儀礼は物凄い形相で睨まれた。
怒りがないのに、凄みがあるという恐ろしい状況に、ねぇ、と儀礼は向かいのベッドで話を聞いているシュリに助けを求める。


「お前が女、寝取ったとか。」
「違うから。」
見当違いのシュリの返答に儀礼は即座に反論する。


「あの部屋には結界が張ってあった。まず、お前がナーディアと会うはずがないんだ。」
アーデスが言う。
「でも、ナーディアさん、窓の所に人が立ったらわかるって言ってましたよ。結界が張ってあっても、人がいるかどうか位は、見ればわかるんじゃないですか? 鍵も持ってるみたいですし?」
とりあえず、いつまでも持っていても仕方がないので、儀礼は鍵と布をアーデスの手に押し付ける。


「ギレイ、結界の張ってある部屋は鍵が合っても扉は開かない。」
ベッドの上から、魔法知識のない儀礼にシュリが知識の補助を出す。
「つまり、あの時すでに結界が破られていたと……。」
儀礼は自分が目を覚ました時のことを思い出す。


 怒りの形相で目の前に立っていたナーディア。
もしあれがアーデスの使う情報屋ではなく敵だったとしたら。
ようやく儀礼もことの重要さを理解し、考え込むように拳を口に当てる。


「ナーディアさんが破ったんではないんですね?」
確認するようにアーデスに問えばはっきりと頷く。
「その後に来た二人は?」
儀礼が問えば、アーデスの目がまた険しくなる。


「誰が来た。」
アーデスの低い声に、儀礼は冷や汗をかく。
「金髪に緑の目の20代前半の女性と、ピンクのフリルスカートの20代半ばの少女です。」
儀礼が言えば、アーデスは呆れたような目で儀礼を見る。


「20代半ばは少女か?」
「見た目は少女でした。」
儀礼はにっこりと笑ってみせる。
本人が少女だというなら、そう言ってあげるべきだと儀礼は思う。


「まぁいい。そっちはわかった。で、もう一人は? 金髪、緑の目、他に特徴は?」
アーデスの問いに、儀礼は笑みを引きつらせる。
つまり、その特徴で、アーデスの部屋に現れる可能性のある女性は複数いると。


「……髪はショートで、頬にそばかす、Tシャツに短パン姿。」
儀礼は思い出しながら、その女性の特徴を語る。
「移転魔法が使えるみたいで、抜き身のナイフを持っていて、ユートラスの言葉を使っていきなり襲い掛かってきました。」
にっこりと笑う儀礼の頭に、硬い拳が振ってきた。
儀礼は目に涙を浮かべて頭を押さえる。


「それは刺客だ。」
そう言って、いつの間にか背後に立っていたバクラムが儀礼の頭を叩いたのだ。
「そんなの、寝てる時にいきなり現れたんですよ。わかるわけないじゃないですか。」
儀礼は口を尖らせる。
今になって、やっとあの女性のおかしな言動に納得がいった。


「ギレイ、そん時の記憶はあるのか? いつから記憶ない?」
シュリが聞く。
「ん? えーっと、ナイリヤの管理局からアーデスの研究室に飛んだのは覚えてんだよな。そこが寒くて、……いつここに来たって?」
儀礼は首をかしげてシュリに問い返す。


「と言う訳だ、こいつには刺客がどうのこうの以前の問題がある。」
儀礼の問いには答えず、シュリは訳知り顔でアーデスとバクラムに語る。
「ひどいよシュリ。」
儀礼はしゃがみ込んで、窓を見る。
月の見える位置から、現在が草木も眠る丑三つ時だということが分かった。


 今日もまた、寝た気のしない一日だなぁ、と儀礼は小さく息を吐く。
「あれ?」
そして、儀礼は瞳を瞬いた。


「ナーディアさん、窓の所に人が立つと分かるって言ったんですよ。僕、寝てたんですけど、誰が立ってたんです?」
青ざめた顔で儀礼は窓辺を指差す。
ナーディアの言葉では、今そこにアーデスが居たから驚かすために飛び込んできたみたいな雰囲気だった。
実際には、儀礼はアーデスが出て行ってから2時間ほど寝ていたはずである。
何者かが、結界を破りあの部屋に侵入し、窓のすぐ側にある儀礼のベッドの横に立っていたことになる。


「……僕、しばらく愛華で寝ようかな。一番安全だし。うん。そうする。じゃ、フェードじゃまだ夜中だし、僕静かに帰るね。」
熱も下がり、意識がはっきりしていることを自分で確認し、儀礼はその場を去ろうとする。


 そして思う。儀礼は何故、護衛などと言う面倒なものを持ってしまったのだろうか。
「僕、男の人に見られながら寝るの好きじゃないんですが?」
「まぁ、大抵の人はそうでしょうね。刺客でも、女性の方がいいですか?」
儀礼の肩を掴む男に言えば、当たり前のように、言葉を返してくる。


「チッ、言わなきゃよかった。」
気付いたことにも、黙っていれば、面倒にはならなかったと、儀礼は舌打ちする。
「お前、本当に口が悪いな。」
呆れたように、ベッドの上でシュリが笑っていた。

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