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ギレイの旅

千夜ニイ

高い熱

「おーい、親父。あの護衛対象とやら、どうにかしてくれ。」
子供部屋を指差し、シュリはくつろぎながら護衛と言う仕事を実行している父に言う。
「保護者のとこに返すか?」
熱いコーヒーをすすりながら、真剣みのかけらもなくバクラムは言う。


「保護者どこだよ。」
怒ったようにシュリは聞き返す。
「黒獅子だろ。」
ガハハとバクラムが笑う。


「いい、わかった。返してくる。」
本気で怒ったように、シュリは儀礼を抱えてその黒獅子の元へ移転魔法で飛んだ。


「おい。これ、どうにかしろ。俺の寝床を奪いに来た。」
木の幹に背をもたれさせ、ぐったりとした儀礼を指差せば、仕事中の獅子はものすごく面倒そうな顔をした。
儀礼の顔を覗き込み、その額に手を当てる。


「あ、獅子だ。お帰り。」
嬉しそうに、幼い子供のような口調で、にっこりと笑う儀礼。
獅子はどこにも帰っていない。
そこは外である。
魔獣のうろつく、とある森の中。


「小児科にでも放り込め。」
くるりと儀礼に背を向けると、獅子は依頼の魔獣退治へと足を向ける。


「おーい、黒獅子さ~ん。無視ですか。」
さて、どうするか、と頭を悩ませるシュリの袖を引く者。
「お医者さん、行きたくないっ。」
瞳を潤ませる儀礼がいた。


「お前、15歳だよな。」
苛立ったようにシュリは言う。1年前のシュリにこんな行動は考えることすらなかった。
「だって、変な薬飲まされるし、注射されるし、入院しなくてもいいのに入院させられるし。」
「いや、入院までいかなくとも今のお前、結構熱あるぞ。薬は必要だろ。」


「でも、痛み止めなんていらないし。睡眠導入剤も必要ないし……。」
言っていることは、かなりはっきりとしているのだが、シュリを見上げるその目からは涙がぼろぼろとこぼれ、頬は熱のために赤く染まり、よほどだるくなってきたのか、とろんとした眼つきでシュリの袖を握り締める。


「言いたいことは、はっきりと言え。」
なんで、これが女ではないのだろうと思いながらも、思いとどまれるので男でよかったなどとも思いながら、シュリはそれを考えないと自分で決めたことを思い出し、その友人に語りかける。


「意識ない間に誘拐されるのが……怖い。」
顔を伏せ、小さな声で言った少年。
シュリの服を握り締める手が細かく震えていた。


「前例があるのか?」
被害妄想に振り回されるのは迷惑だ。
「未遂だけど、小さい時なら3回。旅に出てからは……。」


儀礼は両手を出して指を折り思い出すように数え始める。
「まて、待て待て。お前、黒獅子やうちの親父が護衛なんだよな?」
確認するようにシュリはその折られていく指を止めた。
まだ、両手の指全て折るまでは至っていない。


「???」
儀礼は意味が分からないというように首を傾げる。
シュリから見る限り、意識が朦朧もうろうとしてきているらしい。


「大きくて、古い病院には、誰も知らない地下室があって、探検に出た子供は戻らないの。」
首をかしげたまま、困ったように儀礼は言う。
「なに?」
突然意味の分からないことを言い出す儀礼に今度はシュリの方が首を傾げる。


「手は尽くしましたが、残念です。って、冷たい人形を返せば親は泣いて諦めるの。」
どこか遠くを見て、儀礼は言う。
「お前、それ何の話だよ。」
儀礼の言葉になにか、薄ら寒い気配を感じて、シュリは自分の腕をこする。


「僕が入院中に聞いた怪談。次の日、その話をしてくれた看護婦さんはいなくなって、父さんが血相変えて迎えに来たんだ。」
そう言うと、苦しそうに眉間にしわを寄せて、儀礼は額に自分の手を当てる。
「う、だるぅ。やっと薬が効いてきた。」


額に当てた手で、そのまま髪をかきあげ、儀礼はシュリを見上げる。
「あれ? シュリ。……ここ、どこ?」
眉間にしわを寄せたまま、不審げに周囲を見回す儀礼。
しかし、意識はさっきよりもはっきりとしているようだった。


 薄暗い霧の出た森に、こうもりが時折飛び交う。
夜の鳥の鳴き声が鬱蒼と茂る木々の間に響いている。
「どこって、魔獣の出る森だ。」


「シュリ、仕事中?」
額を押さえたまま、儀礼は首を傾げる。
「俺じゃない、黒獅子だろ。俺は仕事終わって家で休むはずだった……。」
そこで、休めなくなった原因の少年を見る。


「休むはずで、どうしたの?」
眉間にしわを寄せ、綺麗な顔に似合わない表情を作り出して、シュリを見上げる少年。
「お前、大丈夫か?」
「僕? もしかして、何か迷惑かけた?」
顔を青くして、儀礼がシュリを見る。
思い出そうとしているのか、その視線は右に左にとゆっくりと移動している。


「まさか、覚えてないのか?」
眉間にしわを寄せ、シュリが儀礼に詰め寄る。
「覚えてないって、僕また何かやった!?」
顔を青ざめさせたまま、儀礼はシュリの腕を両手で掴む。


「またって、何だよ。お前、覚えてないのか? そんで、前にもあるのか、そういうこと。」
儀礼の言う言葉の意味が分からず、シュリは面倒そうなことに大きく息を吐く。
家に帰って早く休みたかった。
「わかった。とりあえず、帰る。それでいいだろ?」
シュリは言う。


「帰るってどこに?」
だるそうに額に手を当て、儀礼が聞く。
「俺んちだよ。お前だってそこで寝てたんだから、文句ないだろ。」
言いながら、シュリは家に向けて移転魔法を唱える。


「ノーグ家に? 僕、いたの!?」
黒い光に包まれながら、少年が驚いたような顔をする。
「そっから覚えてないのか? お前、どっかおかしいんじゃないか?」
気付かない間に頭でも打ったかと、その額に手を当てれば、先程よりは下がっているとはいえ、まだ高いと言える熱があるのが分かった。


「もう、いいから。お前、俺のベッドで寝てろ。俺がカナルのベッドで寝りゃいいんだろ。」
ノーグ家の居間にたどり着き、シュリは諦めたように息を吐く。
「はは、やっぱりそのまま帰ってきたな。」
バクラムがわかっていたかのように楽しげに笑っている。


「ラーシャ、水と冷やしたタオルだ。親父、こいつ、けっこうやばい。熱のせいかここに来た記憶ないとか言ってる。」
「あ、バクラムさん。お邪魔します。でも、迷惑でしたら僕、帰りますので。」
丁寧にバクラムに頭を下げれば、バクラムはおかしそうに笑う。
「お前、さっき突然来て、『布団借ります、おやすみなさい』って言うなりシュリのベッドで寝込んでたじゃないか。本当に覚えてないのか?」
儀礼の頭をバンバンと叩いてバクラムが言う。


 その衝撃で、儀礼の頭にはひどい頭痛が巻き起こる。ただでさえ、熱のために痛いというのに。
「すみません。本当に覚えてないんです。ご迷惑おかけしました。」
儀礼は痛い頭を押さえながら深々と頭を下げる。


 水の入ったコップと氷水の入ったおけを持ってラーシャが調理場からやってきた。
それをシュリが受け取る。
「ギレイ、いいから、お前は寝てろ。ちびどもにうつるから下で寝れないって言ったのもお前だろ。」
「あ、すみません。マスクしておきます。」
儀礼はハンカチを取り出そうとして、白衣を着ていないことに気付く。


「あれ?」
「いいから、寝ろ!」
首を傾げる儀礼をひきずるように、その服を引き、シュリは儀礼を2段ベッドの上の段に投げ上げる。
コップの水を飲ませると、冷えたタオルを額に乗せ、布団をかける。


「さっさと治して俺に平穏を返せ!」
儀礼に指差して怒鳴り、シュリはカナルのベッドへと入り込む。
至れり尽くせりの好待遇に首を傾げながら、儀礼はゆっくりと眠りに付く。


 バクラムがいる限り、この家の中は安全。
薬も効いてしまえば熱はぐんぐん下がり、儀礼は安らかな眠りについたのだった。

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