ギレイの旅

千夜ニイ

避難場所

「あなたたち、アーデスの何よ! 分かる言葉で話しなさい、卑怯よ!」
フリルの少女が、儀礼と金髪の女性をそれぞれ指差し頬を膨らませる。


『お前のような者に語る必要はない。』
金髪の女性が色気を感じさせるような妖艶な笑みを浮かべた。
まるで、子供など相手にならないとでも言うように。


 その女性の言葉は理解できなくとも、その態度から馬鹿にされたと気付き、少女が一人、眼光から火花を散らす。
どういうわけか、儀礼にまでその火の粉が飛んでいる気がする。
また、いらぬ誤解をされていることに気付き、儀礼は被ったままだった女物のベールを外す。


「あの、強いて言うなら僕はアーデスの弟です。兄の交友関係にまでは口を出しません。では、僕はこれで。」
儀礼はにっこりと愛想笑いを浮かべると、一番安全そうな立場を提言し、その意味不明な空間を抜け出すことに成功した。
木製の扉を閉じ、鍵を閉めれば儀礼は大きく息を吐く。


 儀礼がベールを外した瞬間に、女性と少女の動きが止まったのはラッキーだった。
息を飲むようにして見開かれた4つの瞳は、剣やナイフを振り回している時より、ずっと鮮やかな色をしていて、驚きからか、頬を染めた表情は可愛らしかった。


くすりと笑みを浮かべると儀礼はナーディアに借りたベールを被り直す。
彼女の言う通り、外には黒や濃い茶色の髪の人間が多く、肌の色も焼けたような茶色だった。
この国で儀礼の姿は目立つだろう。


「アーデスのプライベートには今後関わらないでおこう。」
呟くと、儀礼は乗り合い馬車の駅を目指す。
ナーディアに教えられたとおりに馬車に乗り、儀礼は無事に管理局に着くことができた。


 転移陣がない可能性を想像し、少し不安に思っていたのだが、先月無事にこの国初の転移陣がこの管理局に敷かれたのだと熱っぽく受け付けの女性が語ってくれた。
深い安堵の息を漏らし、儀礼は不審者の多数待つ自分の宿へ帰るか、他の避難場所を探すか考える。


(他の避難場所……。)
儀礼の知る安全な場所などそうなかった。
儀礼はアーデスの極北の研究室へ飛んだ。


 入り方は以前アナザーに聞いた通りでまだできた。
安堵の息を吐き、その中に入って、寒さに息が白く凍る。
眠るどころではない。
おそらく、今ここで眠れば凍死できるだろう、と儀礼は笑みを引きつらせる。


 暖炉の火のつけ方はわかっても、アーデスの仕掛けた魔法トラップの解き方まではわからない。
クローゼットの場所がわかっても、凶悪な召喚魔法の対処法が不明だ。


「シュリとかカナルなら、わかるのかな。結構来たことあるみたいなこと言ってたし。連れてきて教えてもらお……。」
そこまで言って、儀礼はその人物にようやく思い至った。
「いつでも遊びに来ていいって言ってたじゃん♪」
嬉しそうに笑い、儀礼は転移陣の中へと入る。


「バクラムさん家なら、安全。迷惑かけない。僕、おとなしくするし。」
一人頷くと、儀礼はノーグ家に最も近い管理局へと飛んだのだった。


 結局、物凄く寒い極北などに行き、儀礼は風邪をひいたようだった。
もしくは極北の研究室には、アーデスにより儀礼の気付かない魔法系のトラップが施されていたのかもしれない。
儀礼は、シュリの寝床で丸まっていた。
2段ベッドの上の段。
狭い寝床の主が帰ってきても、儀礼は移動しようとしない。


「下の段にいると、ちびたちにつぶされる。」
儀礼の言うそれは事実だ。
シュリも下の段で寝ていれば、小さい弟妹にトランポリンや馬の代わりのように扱われる。
ひどければサンドバッグ代わりだ。
さすがに父の武器を持ち出してきたときには殴りつけて叱った。
当の父はその様子を笑って見ていたが。


「シュリは闘気使えるだろ。獅子倉の道場の人はみんな風邪ひかないから、馬鹿は風邪ひかないってやつかと思ってたら、闘気で体内に侵入するウィルス倒してた。信じらんない。俗説にそんな裏事情があったなんて……。」
潤ませた瞳で、意味の分からないことをほざくSランクの保持者。
要するに、この友人はシュリに寝床を返すつもりはないらしい。


「俺、今仕事終わってすっげぇ疲れてるから寝たいんだけど。」
とりあえず、事情を話してみる。


「……っ。」
ぼうっとした目で、何かを考えているらしい。
シュリが儀礼の額に手を当ててみれば、驚くほど熱かった。
「お前、熱やばい――」
シュリが言い終える前に、儀礼は鎧のような白衣を脱ぎだす。


 この暑い国でそれを着たままで暑くないと言う時点で相当やばい。
それを、儀礼はベッドの端に引っ掛ける。
脱いだはずの服だが、おかしな容量を保っており、まるでそこに人が立っているようで不気味だ。
シュリは顔を引きつらせる。


 ごろり、と儀礼はまたそのベッドに横たわった。
「おーい、俺の話し聞いてんのか?」
弟のカナルのベッドにでも移動してくれればいいのだ。


 向かいの2段ベッドの一番上がカナルの寝床だ。
シュリのベッド同様、弟妹からはおもちゃにされない安全な場所になっている。
「だから、カナルにはうつしちゃうんだってば。シュリ、お兄ちゃんなんだから我慢して。」
シュリに儀礼こいつの兄になった覚えはない。確かに、カナルと同じ歳ではあるが。


 ぺたりと奥の壁に張り付く少年。
まるで、そこからは絶対に離れないぞとでも言っているようだ。
細い体は、とてもシュリと同年代とは思えない。
シュリでさえ、小さい方だというのに、それをさらに小さくしたのが儀礼だ。


 この少年に会ってから、シュリは自分の成長が遅いことが気にならなくなった。
ましてや、体の大きなカナルと同い年だとはどうしても思えなかった。
くるりと、儀礼が顔だけをシュリに向ける。


「半分こ。」
儀礼の言っている意味がわからず、シュリは首を傾げる。
儀礼は自分の後ろの部分を指差す。


「シュリこっち、僕こっち。半分ずつ。大丈夫、白衣なければ重量制限以下。」
そう言って、儀礼はまた壁の方を向き、寒そうに体を縮ませると、シュリの布団を被り、寝息を立て始めたのだった。

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