ギレイの旅

千夜ニイ

金髪女性とフリルの剣士

「えっと、あの、ありがとうございますっ。」
ナーディアの赤い唇から焦って視線を逸らし、儀礼の口からやっと出た言葉はそれだった。
鍵をもらい、情報をもらったので、感謝の言葉は間違ってはいないだろう。


「そうね。じゃぁ、私は帰るわね。仕事中のアーデスの邪魔しても悪いし。」
くるりと背中を向けるとナーディアは扉へと向かう。
その背中がまた、広く開いていて、儀礼は目のやり場に困る。


 朱色のドレスの背中、編まれた様にからまる朱紐の間に一本、真っ直ぐ横に走る下着の物と思われる、黒い紐が見えていた。
去り際、閉まりかけた扉から顔だけを出すようにして、ナーディアは振り返った。
「本当は、最初に私が言った言葉、分かってたんでしょ。あなた、傷ついた顔してたもの。」
優しい顔でナーディアは笑う。


「そんなに、顔に出てました?」
儀礼は左手で目元から下を隠すように覆って苦笑する。
「なるほど、『アーデスには興味がない』のね。安心したわ」
深い意味合いの言葉と共に、にっこりと妖しい笑みを浮かべてナーディアは扉の閉まる音と一緒に姿を消した。


「……あれ? もしかしてナーディアさん、何かひどい思い違い、されてません……か?」
情報が漏れることを恐れるあまりに、儀礼は自分が男であることをはっきりと伝えなかった事実に思い至る。
閉じられた扉に向かって、儀礼が独り呟いた言葉は、力ない、不明確なものになっていた。


 とりあえず時間を確認し、儀礼の戻る町ではまだ夜だということがわかったので、儀礼はふて寝することを決めた。
扉には鍵を閉め、鎖でノブを固定する。
窓にはブザーを取り付け、開けば音が鳴るようにした。
眩しい日差しを遮る布をかぶり、儀礼は眠りについた。


 再び、怪しい気配に儀礼は目を覚ます。
また、目の前には知らない女性。
今度は髪の短い金髪の、活発そうなTシャツに短パン姿の女性。
頬には少しのそばかす、瞳の色は濃い緑色。


 儀礼は確認する。扉にも、窓にも開いた様子はない。
目の前で振り上げられた女性の手には短い刃物。


「……えっと始めまして。言葉通じますか?」
とりあえず、ネットでは共通語となっているフェードの言葉で儀礼は話しかけてみた。
ただし、ネットは文字だけなので、読み書きはできても話せないという人は結構多い。


『敵め。』
憎むような目で見られた。
呟かれた言葉からすると、どうやら、ユートラスの方だったらしい。


 ユートラスは周囲の国を全て敵国、もしくは、いずれ侵略すべき相手だと思っているらしい軍事国家。
今その国の最も手近なターゲットがアルバドリスクだとアナザーが言っていた。
「僕はドルエド人です。」
儀礼は女性の目の前に手のひらを向け、ドルエドの言葉で話しかける。


『どの国だろうと関係ない。お前の存在が邪魔だ。』
女性はさらに憎しみを増して、それを儀礼に向ける。
言葉は一応通じているようだった。相手に聞く耳がないだけ。


『では、僕は出て行きますので、それでいいですか?』
慣れた様子でナイフを振り回す女性に、儀礼は苦笑を浮かべて、かわしながらユートラスの言葉で問いかける。
『いいわけがない! お前はここで死ぬ人間だっ。』
女性の瞳に怒りが宿る。
肌を焼く怒気に儀礼は思わず、体を硬直させた。


 ビーーーーィッ!!!
「ちょっと、あなたたち誰よっ!!」


その時、けたたましいブザーの音と甲高い叫び声と共に、ピンクのフリルをまとった女性が現れた。
窓から。
新たな侵入者はピンクのリボンに、ピンクのフリルつきスカート、白いフリルのブラウスに、よく分からない形のステッキを持っていた。


「魔法使いですね!」
儀礼はその少女の手を不思議なステッキごと握っていた。
困った人の所に現れる、摩訶不思議な格好をしたヒロイン。
その人は幼い頃に母が儀礼に読んでくれた絵本のイメージとそっくりだった。


「違うわ、私は剣士よ。」
女性は不敵な笑みを浮かべて、そのステッキから細長い得物を抜き出した。
「……。」


(なんなんだよ、この人たち。どうなってんだよ、アーデスの知り合いって。)
儀礼は悩む。
『双璧』と呼ばれる世界最強に最も近い男が、Sランクの儀礼には理解できない。


『邪魔をするならお前から消すぞ。』
金髪の女性がナイフをフリルの少女に向ける。
「『幻惑の剣士』である私にそんな小さなナイフでかかってくるなんて、舐めてるもいいとこだわ。」


 狭い部屋の中で、暴れまわる二人の女性と少女はおかしな光景ではあるのだが、その強さは本物だった。
特に、剣士と言うだけあり、後から来た少女の腕は凄かった。
ナイフを扱う女性を子供のようにあしらい、あっという間にそのナイフを空中へと弾き飛ばした。


『くっ、お前。よくも邪魔をしたな。『幻惑の剣士』その二つ名覚えたぞ。いずれ後悔しても遅いからな。』
吐き捨てるように言い、血の流れる腕を押さえて女性は移転魔法で消えようとした。
儀礼はその手を咄嗟に掴む。
『怪我、してます。』


 女性がその呪文を唱え終わる前に、儀礼は消毒薬でその傷を洗い流し、女性が戸惑ったように口を閉ざせば、綺麗な傷に縫う必要もないと判断し、儀礼は女性の腕に包帯を巻いた。
女性は、眉間にしわをよせ、その傷に巻かれた包帯を眺める。


『……なぜだ。』
女性の言葉に儀礼は首を傾げる。
『何がです?』
他に傷がないことを確かめて、儀礼は部屋の片付けに移る。


『こんなのかすり傷だ。』
女性は言う。
『ええ、そうですよね。あなたほどの腕があるなら。でも、ほっといたら痕になりますから。』
儀礼は戸惑っているような女性に、にっこりと笑ってみせた。


 きっと普段なら、そんなかすり傷手当てもしないのだろう。
その女性の体にはあちこちにそのような、かすり傷の痕がついていた。
別に、全てを見たわけではない。
戦闘中にちらりとTシャツがめくれて背中やお腹が少し見えただけだ。


 他の部分は元々見えている場所のことだ。
『礼は言わない……。いつか後悔するぞ。』
儀礼に向かい力なく女性は言い、悔しげに唇を噛んでいた。

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