ギレイの旅
情報屋ナーディア
「あなた、アーデスの恋人ではないのね?」
女性が、頬を赤く染めて視線を逸らしながら、儀礼に尋ねた。
「違います!」
嫌そうに儀礼が頬をゆがめれば、ようやく女性から怒りの気配が消え去った。
「アーデスのベッドで寝てたから私てっきり……ごめんなさい。さっきは取り乱してひどいこと言って。」
女性が、恥ずかしそうに頬を隠す。
「いえ。実はこちらの言葉はほとんどわからなくて。さっきもあなたが何て言ったのか分からなかったんです。」
儀礼はにっこりと女性に微笑む。
「いい子、なのね。あなたは、アルバドリスクの人?」
一瞬、戸惑ったように瞳を揺らして、女性は儀礼の座るベッドに腰掛けた。ふわりと女性が微笑む。
熱い国の陽気に咲く花のように、周囲の空気を飲むような強烈な色、独特の雰囲気。
儀礼は逃げるように視線を下げた。
この女性は、情報屋だと儀礼の経験が告げていた。
ベッドの上の朱い服の美しい女性。
警戒すべき相手のドレス側面のスリットから、女性の長い足と、焼けていない肌が覗いていた。
儀礼は今度は慌てて視線を上げる。
その目が探るように見ていたらしい女性の視線とぶつかった。
「すみません。あなたに危険が及ぶ可能性があるので話せません。」
女性の目を見て、儀礼は言う。
真剣な思いでじっとその瞳を見ていれば、女性は納得したように小さく頷いた。
「そう。」
諦めたように、女性は微笑む。
「あの、もし時間があるなら、ここがどこだか教えてもらえませんか? できれば管理局への行き方も。」
あまりに悲しげに微笑まれたもので、儀礼は思わず話しをつなげてしまった。
情報屋になど、漏れることは少なければ少ないほどいいと言うのに。
しかし、移転魔法の使えない儀礼に取って、それが重要なことであるのもまた事実であった。
この女性が入って来られた瞬間から、このままこの部屋でアーデスを待っているだけなのは儀礼には、ひどく心もとない気がしていた。
「ここは大陸の南、ネルボスのさらに南にある小さな島国ナイリヤ。5つの島からできた国よ。ここが中心にある一番大きな島。管理局には、この部屋を出て大通りから乗り合い馬車に乗って行くといいわ。ここから6つ目。1時間位の場所に、管理局前の駅があるから。」
にっこりと女性は笑う。
情報屋ではない、優しい雰囲気の女性の笑顔。
「ありがとうございます。とても助かります。あの、お姉さんの名前、聞いてもいいですか? って、あ、僕が名乗ってないのに……。」
すみません、と儀礼は頬をかく。
「いいわよ。」
くすりと女性は笑った。
「私の名前はナーディア。もし、外に出るつもりならこのベールを被って行きなさい。あなたの姿はこの国では目立つわ。」
にっこりと笑って、ナーディアは儀礼に薄い布をかぶせた。
儀礼が被って寝ていたあの布だ。
「でも、これお姉さんの……。」
儀礼が戸惑って言えば、ナーディアはふふ、と笑う。
「いいのよ。次に会った時に返してくれれば。またここに遊びにいらっしゃい。私の家はすぐ近くだから。ここに人が立てば、すぐにわかるの。」
すっと、窓辺を指差してナーディアは照れたように笑った。
「だから僕がいるって分かった、って言うか、アーデスさんがいると思って、来たんですね。」
納得して、儀礼は頷く。
「あ、でも鍵はどうやって――」
「ああ、あなたが出て行くときにかけるのね。大丈夫よ。私に任せて頂戴。」
二本の鍵を取り出すと、にっこりとナーディアは笑った。
明るい南の国の花のように。
その手に握られる、一本は溝が入り複雑にギザギザしているこの部屋の鍵と思われるもの。
もう一本はまだ作成されていない鍵、ブランクキー。
ナーディアは立ち上がると、魅惑的な笑みを浮かべてその二本の鍵を重ねる。
ひとたびナーディアの目が真剣な瞳に変われば、室内の空気が変わる。
黒い髪が風もないのにゆらゆらと揺れ、ナーディアの水色の瞳が輝き、体全身に薄っすらと光が宿る。
赤い唇がささやくような声で、何かの言葉を紡いだ。
『~~~~。』
ナーディアの重ねられた手の間から赤い光の筋が幾本も漏れ出した。
光が収まれば、ナーディアはまたにっこりと魅惑的な笑みを浮かべる。
「はい、これ。合鍵。」
見惚れるほどに美しい笑みと共に、差し出される鍵を見て、儀礼は言葉を失う。
『どうやって鍵を開けたのか』という儀礼の疑問は、聞かずにしてその答えが判明した。しかし。
「……ナーディアさん、それ。犯罪です。」
頭を抱えるようにして、儀礼はそれを指摘した。
「大丈夫よ。この国は、まだ魔法使える人が少ないから、魔法でやることに関しては規制がゆるいの。」
うふふ、とナーディアは情報屋らしい、したたかな笑みを浮かべる。
水色の瞳が儀礼を捉え、赤く塗られた爪が銀色の鍵と共にナーディアの赤い唇を撫でる。
「信用、しますよ?」
犯罪ではないことを確認するように、その情報屋の瞳を見て、儀礼は新しくできた鍵を受け取る。
(これは後でアーデスに返そう。)
面倒なことになる前に、儀礼はそれを心に決める。その後で鍵を変えるなり、結界を張るなり、アーデスが好きに防犯すればいい。
そう思って見た、新品の鍵には赤い口紅がついていた。
儀礼の指に、その色と感触が移る。
思わず見てしまったナーディアの、赤い唇は笑っていた。
女性が、頬を赤く染めて視線を逸らしながら、儀礼に尋ねた。
「違います!」
嫌そうに儀礼が頬をゆがめれば、ようやく女性から怒りの気配が消え去った。
「アーデスのベッドで寝てたから私てっきり……ごめんなさい。さっきは取り乱してひどいこと言って。」
女性が、恥ずかしそうに頬を隠す。
「いえ。実はこちらの言葉はほとんどわからなくて。さっきもあなたが何て言ったのか分からなかったんです。」
儀礼はにっこりと女性に微笑む。
「いい子、なのね。あなたは、アルバドリスクの人?」
一瞬、戸惑ったように瞳を揺らして、女性は儀礼の座るベッドに腰掛けた。ふわりと女性が微笑む。
熱い国の陽気に咲く花のように、周囲の空気を飲むような強烈な色、独特の雰囲気。
儀礼は逃げるように視線を下げた。
この女性は、情報屋だと儀礼の経験が告げていた。
ベッドの上の朱い服の美しい女性。
警戒すべき相手のドレス側面のスリットから、女性の長い足と、焼けていない肌が覗いていた。
儀礼は今度は慌てて視線を上げる。
その目が探るように見ていたらしい女性の視線とぶつかった。
「すみません。あなたに危険が及ぶ可能性があるので話せません。」
女性の目を見て、儀礼は言う。
真剣な思いでじっとその瞳を見ていれば、女性は納得したように小さく頷いた。
「そう。」
諦めたように、女性は微笑む。
「あの、もし時間があるなら、ここがどこだか教えてもらえませんか? できれば管理局への行き方も。」
あまりに悲しげに微笑まれたもので、儀礼は思わず話しをつなげてしまった。
情報屋になど、漏れることは少なければ少ないほどいいと言うのに。
しかし、移転魔法の使えない儀礼に取って、それが重要なことであるのもまた事実であった。
この女性が入って来られた瞬間から、このままこの部屋でアーデスを待っているだけなのは儀礼には、ひどく心もとない気がしていた。
「ここは大陸の南、ネルボスのさらに南にある小さな島国ナイリヤ。5つの島からできた国よ。ここが中心にある一番大きな島。管理局には、この部屋を出て大通りから乗り合い馬車に乗って行くといいわ。ここから6つ目。1時間位の場所に、管理局前の駅があるから。」
にっこりと女性は笑う。
情報屋ではない、優しい雰囲気の女性の笑顔。
「ありがとうございます。とても助かります。あの、お姉さんの名前、聞いてもいいですか? って、あ、僕が名乗ってないのに……。」
すみません、と儀礼は頬をかく。
「いいわよ。」
くすりと女性は笑った。
「私の名前はナーディア。もし、外に出るつもりならこのベールを被って行きなさい。あなたの姿はこの国では目立つわ。」
にっこりと笑って、ナーディアは儀礼に薄い布をかぶせた。
儀礼が被って寝ていたあの布だ。
「でも、これお姉さんの……。」
儀礼が戸惑って言えば、ナーディアはふふ、と笑う。
「いいのよ。次に会った時に返してくれれば。またここに遊びにいらっしゃい。私の家はすぐ近くだから。ここに人が立てば、すぐにわかるの。」
すっと、窓辺を指差してナーディアは照れたように笑った。
「だから僕がいるって分かった、って言うか、アーデスさんがいると思って、来たんですね。」
納得して、儀礼は頷く。
「あ、でも鍵はどうやって――」
「ああ、あなたが出て行くときにかけるのね。大丈夫よ。私に任せて頂戴。」
二本の鍵を取り出すと、にっこりとナーディアは笑った。
明るい南の国の花のように。
その手に握られる、一本は溝が入り複雑にギザギザしているこの部屋の鍵と思われるもの。
もう一本はまだ作成されていない鍵、ブランクキー。
ナーディアは立ち上がると、魅惑的な笑みを浮かべてその二本の鍵を重ねる。
ひとたびナーディアの目が真剣な瞳に変われば、室内の空気が変わる。
黒い髪が風もないのにゆらゆらと揺れ、ナーディアの水色の瞳が輝き、体全身に薄っすらと光が宿る。
赤い唇がささやくような声で、何かの言葉を紡いだ。
『~~~~。』
ナーディアの重ねられた手の間から赤い光の筋が幾本も漏れ出した。
光が収まれば、ナーディアはまたにっこりと魅惑的な笑みを浮かべる。
「はい、これ。合鍵。」
見惚れるほどに美しい笑みと共に、差し出される鍵を見て、儀礼は言葉を失う。
『どうやって鍵を開けたのか』という儀礼の疑問は、聞かずにしてその答えが判明した。しかし。
「……ナーディアさん、それ。犯罪です。」
頭を抱えるようにして、儀礼はそれを指摘した。
「大丈夫よ。この国は、まだ魔法使える人が少ないから、魔法でやることに関しては規制がゆるいの。」
うふふ、とナーディアは情報屋らしい、したたかな笑みを浮かべる。
水色の瞳が儀礼を捉え、赤く塗られた爪が銀色の鍵と共にナーディアの赤い唇を撫でる。
「信用、しますよ?」
犯罪ではないことを確認するように、その情報屋の瞳を見て、儀礼は新しくできた鍵を受け取る。
(これは後でアーデスに返そう。)
面倒なことになる前に、儀礼はそれを心に決める。その後で鍵を変えるなり、結界を張るなり、アーデスが好きに防犯すればいい。
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