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ギレイの旅

千夜ニイ

精霊 風祇(ふうぎ)

 ドルエドには、他国からの侵入防止用の巨大な結界が張ってある。
けれど、それさえ突破してしまえば、後は魔法にはもろい脆弱な守りしかない。
魔力が国土全体で薄いために、魔力の行使にいち早く気付ける、という利点はあるのだが。


 魔法陣が最大限に輝きだした。この後にいつも、刺客が現れるのだ。
白は緊張して短剣を握り締める。
シャーロットが水の攻撃魔法の詠唱を始めた。
そして、人の影が魔法陣から現れた瞬間、魔法陣の中に炎が舞い込んで人影を押し戻した。
次いで、その魔法陣が無数の風の刃によって切り刻まれた。


 ばらばらになった魔法陣が、キラキラと光りながら霧散して、消えていった。
移転魔法に干渉するのも、妨害するのも、とても難しいことだ。
それを、2人の精霊は軽くやってのけた。


《無作法な訪問者もあったものだな。仕置きに魔法陣を砕いてやった。当分は移転魔法は使えないだろうな。》
くくくっ、と笑って、風祇は伸ばしていた腕を元に戻した。
《どこに飛んで行ったかは、風だけが知っている。無事に自国に帰れるといいがな。》
鋭い目をさらに鋭くして、風祇は言った。
緑色の体が淡く光っている。
ゆるくウェーブのかかった短い髪がふわりと落ちる。


《やけどのおまけ付きでな。》
ひひひ、とフィオが笑う。赤い光を纏って。
《敵、なんだろう。なら、どうなっても構わないだろう。命を奪うまではしていない。》
呆然としている白を前に、目を細めて、風祇は笑う。


《俺の名は風祇。風の精霊だ。こいつらよりも早く移動できる。》
フィオを指し示して風祇は語る。
《困った時には呼べ。》
鋭い眼つきを穏やかなものにして、風祇は微笑んだ。


《気に入った、ってことだろう。》
キョトンとしている白に、フィオがそうフォローを入れる。
「私を?」
《ギレイに似た魔力を感じる。それに、ギレイがお前のことを気にしているのも事実だ。》


 魔法陣の魔力の残波を吸収して、風祇は何でもないことのように言う。
しかしその言葉が、白には嬉しかった。
「助けてくれてありがとう。よろしくね、風祇。」
白の言葉に、風祇は口の端を上げる。


《風の精霊は気まぐれだけどな。》
今度こそ、風祇は小さな手で、白の手を握り返した。


「ところで、ギレイ君はどうしてるの?」
《あいつは、今寝てる。朝月が付きっ切りで離れないから俺ら退屈で、ちょっと出かけてみようかなって。》
頭の後ろで手を組んでフィオが言う。


《俺は退屈だなんていった覚えはない。お前に無理やり引きずってこられたんだ。》
不満そうに風祇は言う。
鋭い眼つきがさらに険しくなって、ちょっと怖く見える。


「ギレイ君、こんな時間なのに、寝てるの?」
話を逸らすように白は言う。
しかし、時刻は16時だ。昼寝にしても遅い。


《魔力切れだよ。ロームって遺跡で一暴れしてきたんだ。そんで、俺達に魔力与えすぎて、バタン。》
くすくすとフィオが笑う。
《だからあなた、成長したのね。》
納得したようにシャーロットが頷く。


《白。今度、あいつに精霊への魔力の分け与え方を教えてやってくれよ。これじゃ、ギレイの奴、戦闘の度に深い眠りに落ちちまうぞ。》
呆れたようにフィオが言う。
《契約してないから難しいわね。どうしてあなたたちはあの子と契約しないの?》
不思議そうにシャーロットが問う。


《あいつ、契約の仕方なんて知らないもんな。それにシャーロット。お前なら分かると思う。あいつと契約できると思うか?》
真剣な顔をして、フィオはシャーロットに問いかける。
《……っ!》
何かを探るようにしていたシャーロットは息を飲んだ。


《あの子にはもう……契約精霊がいるの? でも、精霊の気配がない……?》
理解できないと言うように、シャーロットは眉を寄せた。
《あなた、何か知ってるのね。》
確信を持ったようにシャーロットはフィオに問いかける。


《俺の口からは言えないことだよ。》
いたずら好きなフィオとは思えないほど、真剣な表情で、フィオは呟いた。
《……わかったわ。私達の存在に関わることなのね。》
真剣な表情でシャーロットも返す。


《強いて言うなら、呪われてるんだ。》
一転、明るい調子に戻ってフィオは言う。
「ギレイ君、呪われてるの?!」
白が驚きの声を上げる。


《そう。あの見た目がもう呪われてるだろ。女にしか見えないとか。》
ケラケラとフィオは笑う。
「そんな、ギレイ君はちゃんと男の子だよ。頼りになるし、かっこいいよ。」
フォローするつもりで白は言う。


《それ、自分のこと言ってるのか? 同じ顔して。》
白の顔を覗き込んで、またくすくすとフィオは笑う。
「っ!!! ち、違うよ。私はまだ、頼りないから。全然。ギレイ君より。」
《あなた、またからかわれてるわ。》
呆れたような笑みを浮かべてシャーロットが言う。


《とりあえず、この部屋には結界を張り終えた。今みたいに侵入者が来ればすぐに分かるし、多少は時間が稼げる。って、何を笑ってるんだ、お前は。》
ふわりと、風祇が戻ってきて、ケラケラと笑っているフィオに目を留める。
《それじゃ、そろそろギレイも起きるだろうし、俺は帰る。そいつは自分で適当に帰ってくるだろう。じゃあな、小さなギレイ。》
 シュルン。
それだけ言って、小さな竜巻を起こして、風祇の姿は室内から消えた。


「小さなギレイって、……私って、何だと思われてるんだろう。」
風祇の言葉に戸惑いを感じながらも、さらに可笑しそうに笑うフィオを見て、白は微笑む。
広い室内。
いつの間にか、白の寂しさはどこかへと消え去ってしまっていた。

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