ギレイの旅

千夜ニイ

ロームの遺跡最上階2

 1体の魔獣と2羽の魔鳥は、獅子とシュリとカナルがそれぞれ1匹ずつ片付けた。
Aランクの魔物を1人1体倒すとは、さすがだ。


 残ったのは実体を持たない霧という敵。
相手は大きな魔鳥の姿に化けた。
大きいとは言っても、今までいた魔鳥よりは、というサイズ。
翼を広げれば1mを超える大きさになる。


 鈍く光る鋭いくちばしと鉤爪。
翼を使った高速の移動。
真っ直ぐに飛んでくるそれを、獅子、シュリ、カナルは正面から受け、はじき、切り倒す。
それなのに、ダメージを与えられていない。


 インパクトの瞬間に、魔鳥は霧へと姿を戻し、攻撃を受け流してまた、魔鳥の姿に変化する。
魔鳥の姿から風の魔法を放ち、儀礼達の衣服が切れる。
幸い、結界により威力を抑えられているので、肌にまでは傷が付いていない。


 霧は自由自在に天井近くを飛び回っていたかと思えば、今度は豹のような肉食の魔獣へと姿を変えて地面を走り抜ける。
鋭い牙を儀礼達の体へと食い込ませようと、唸り声と共に、口を開けて襲い掛かってくる。
それを、獅子が光の剣で受け止めた。
魔獣の牙と、光の剣の刃がギチギチと硬い音を鳴らせている。


 しかし、次の瞬間には魔獣は霧へと姿を変えて、再び魔鳥へと変化すると空中から勢い良くスピードを出して突っ込んでくる。
儀礼へと向かってくるくちばしが、キランと光って見えた。
その魔鳥の体当たりを、大きなハンマーでカナルがカウンター気味に攻撃する。
だが、ダメージを与える前に魔鳥はまた、霧へと霧散する。


 そしてすぐに鳥の形を取ると、魔法で風の刃を放ってくる。
それを、今度はシュリが黒い結界で防ぐ。
目の回るような素早い戦闘の連続。めまぐるしく変わる展開。
儀礼は目で追うのがやっとだった。
体の動きではまったく着いていけない。


 間違いなく、この灰色の魔物はAランクに位置づけてよいだろうと思われた。
少しずつ、こちらの体力と魔力は削られていくが、魔物へのダメージは見たところ感じられない。
何か、対策を考えなくてはジリ貧になってしまう。


 また、魔物は儀礼の方へと向かってきた。
魔物にも分かっているのだろう。
儀礼にこの魔物と戦う力がないということが。
そして、有り余るえさとなる魔力を、儀礼は持っている。


 トーラ、と儀礼が唱える前に、儀礼の前には獅子が立っていた。
魔物の攻撃を、光の剣で迎え撃つ。
「獅子。」
感謝の意味を込めて呟けば、そこで儀礼は気付いた。
儀礼は、3人の戦士に囲まれている。まるで、守られているように。


「っ! 僕のことは気にしなくても大丈夫だよ! トーラの障壁があるから。それより、何かこいつを倒す策を考えないと。」
守られていたということに、ようやく気付いて、儀礼は恥ずかしいような、惨めなような気分を味わう。
確かに、儀礼のランクはDで低いが、自分の身は自分で守れる。
友達に足手まとい扱いされるのは、我慢ならなかった。


「それな。俺なんかが考えても、対抗策なんか浮かばねぇよ。」
光の剣で魔鳥を振り払って霧に変え、獅子が言う。
「俺達が時間を稼ぐ間に何か考えてくれよ。」
「Sランクなんだろう。『蜃気楼』。」
シュリとカナルがそれぞれに、からかうような気楽さで言う。


 儀礼から見える、友人達の背中。
それは、背中を預けたという信頼感がにじみ出ているようだった。


「くっ……。」
照れくさい思いに、儀礼の頬は赤く染まる。
だが、今はそんなことを考えている場合ではない。
その友人達を守るためには、何か手を思いつかなければならないのだ。


「霧。ミストタイプの敵。精神系と呼ばれる実体のないタイプのモンスターと考えるのが正しいだろう。物理攻撃は霧散して避ける。魔法攻撃には耐性が高いし、同じくダメージを霧になって分散してる。」
3人の信頼を受け取って、儀礼は思考を魔物の解析へと向ける。
「攻撃してくる時には、確かに質量があって、物質としての働きがある。結界に閉じ込めて圧縮してみるか?」
儀礼の呟きを聞き取って、シュリが魔物の周りに炎の壁を作る。


「朝月!」
その炎に囲まれた魔物をさらに、朝月の結界で封じ込める。
バサバサと結界の中で暴れ回る魔鳥。
「閉じ込めたか?」
カナルが警戒したようにハンマーを構えたまま、白い結界へと近付く。


 その時、バリンと小さな音をさせて、魔鳥は朝月の結界から飛び出してきた。
体を小さくさせて、質量をさらに上げたらしい。
小さな一点に魔力を注がれ、結界を張り慣れない儀礼の張った朝月の結界は破られてしまった。
「ただ閉じ込めるだけじゃダメか。どうやってか、弱らせないと。」
ぎりと奥歯を噛んで儀礼は考える。


 相手が闇タイプであることは分かっているので、光タイプで攻撃できればダメージは有効だろう。
しかし、儀礼の使える普通の攻撃では避けられてしまう。
「六芒星……。」
ぽつりと、儀礼は呟いた。


 以前、Bランクの悪魔と戦ったときに使った六芒星の魔法陣。
そういうものが有効になるのだ。
だが、残念ながら今回は、あの時に使ったクロスボウは持ってきていない。
「六芒星、魔法陣の元になるもの。」
ポケットを確認し、聖水がまだ残っていることを確かめる。


 以前の儀礼には、魔法陣を描くのに、銀の矢に頼るしかなかった。
でも今は、朝月がいる。
「朝月、ワイヤーを!」
儀礼は腕に仕込まれたワイヤーに聖水を流し、朝月の力を借りて操り、部屋の床に伸ばしていく。


 儀礼の不審な行動に、光の気配を感じてか、霧が邪魔をしようとする。
それを、残りの3人が、連携するようにして次々と防いでゆく。
3人の稼いでくれた時間のおかげで、床には大きな六芒星の形が出来上がった。


 儀礼は古い言葉を口ずさむ。
「古の神々よ。六芒星の契約により、邪悪なる者を捕らえ、聖なる力で昇華せよ。」
儀礼の声に応えるように、床に仕掛けた銀色のワイヤーが白い光を帯びる。
「くぎぎゃあー!」
光は一瞬で強くなり、叫び声が響き、灰色の霧の姿を弱らせていった。

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