ギレイの旅

千夜ニイ

ロームの遺跡最上階1

 4階2部屋目の敵は確かに強かった。
それでも、黒獅子を狙ってきたヒガやと戦った時ほどではないと、獅子は思うし、シュリもカナルもAランクの実力持ちだ。
それぞれ準備を終えた後、4人は頷き合って5階、最上階への階段を昇っていった。


 先頭を行ったのは獅子。
最上階の部屋に着いた途端に、目の前に淡く光る魔法陣が現れた。
それに触らないように身を避けて、部屋の中を見回す。
 グルルル……、と警戒をしたようにのどを鳴らす魔獣の群れ。
バサバサと音をたてて空中を飛ぶ赤い色の魔鳥。
広くはない部屋の中、所狭しと、魔物が埋め尽くしていた。


 部屋の中は、昼間だと言うのに、全体的に灰色の霧がかかったように薄暗い。
その中に、休む間もなく魔物達が攻め込んでくる。


「良かった。魔物はBランクだね。」
ペタペタと、光る魔法トラップに封印陣を貼りながら儀礼は言う。
トーラの障壁のおかげで、儀礼には被害がない。


 強くはあるが、魔物達の力はBランク相当だった。
今の獅子達の戦えない強さではない。
儀礼が封印陣を貼りだしてからは、陣から魔物は出ていない。
もちろん、今魔物が出てきたら、儀礼はトーラの障壁の中で逃げ場がないのだが。


 トーラの障壁の中も薄暗かった。
淡い光を放つ魔法トラップが不気味に光っているように見える。
気のせいだろうか。
儀礼が封印陣を貼り始めた頃よりも、トーラの障壁の中で霧が濃さを増している。
灰色の、不気味な霧。


 儀礼は自分の手に違和感を感じた。ちりちりと肌を削るような痛み。
「酸、か?」
眉間にしわを寄せて、すぐに中和剤を取り出すが、しかし、薬品は反応しない。
「酸じゃないのか。……でも、何だ? 多分、この霧だ。」
儀礼は濃度の濃くなった霧に、トーラの障壁を一度解く。


「風祇!」
風の精霊に願い、儀礼は灰色の霧を小さな窓から外へと押し出してもらう。
部屋の中の空気が澄んだように晴れ渡った。


「何だ? 何したんだ?」
不思議そうに、明るくなった室内に、獅子が疑問の声を上げる。
「あの、灰色の霧。何か変だったから風で払ったんだ。」
「ああ。確かに、体が軽くなった。」
動きやすそうに飛び跳ねて、カナルが魔獣を一撃で叩き潰す。


しかし、灰色の霧はすぐに窓から室内へと戻ってきた。
封印途中の魔法陣からも次々と霧が出てきている。
封印陣はすでに10枚以上貼り終えているのに。
これで、このトラップがBランクの力を超えていることが証明された。


「この霧、魔物かもしれねぇ。」
シュリが言った。
「実体を持たない魔物ってのも結構いるんだ。」
確かに、この塔の中にもゴーストタイプと呼ばれる、実体を持たない精神系の敵は多くいた。


「追い払うだけじゃだめなのか。」
「とにかく、ギレイは先にトラップを封じろ。これ以上霧が濃くなるのは危険だと思う。この霧、魔力の固まりだ。」
考え込む儀礼にシュリが言った。


 20枚全ての封印陣を使って、儀礼が魔物召喚トラップを封印し終えると、霧は一塊に集まりだした。
灰色の雲のような固まりになった、霧の魔力。
周りには、まだ倒し終えていない魔物も残っている。


 魔物の隙間を縫って、霧は移動し、隙あれば儀礼達へと襲い掛かってくる。
霧に囲まれると、まず息ができない。
のどや肌が焼けるように痛み、魔力や体力を奪っていくようだった。
それをまるで楽しんでいるように、さ迷いながら灰色の霧はやる。


「あいつ、普通の魔物じゃない。何か変だ。」
真剣な表情でシュリは言う。
ポンっとギレイは手を打つ。
「わかった。あれがボスだ。」
すっきりした、とでも言いたげな笑顔で儀礼は言った。


「お前、のんきだな。この状況で。」
カナルが呆れたように儀礼を見る。
残った魔物は数が少ない。
しかし、明らかに強さが上がっていた。


 黒かった豹のような魔獣は灰に染まり、赤かった魔鳥はくすんだ茶色へと色を変えている。
そして、そのスピードや力の強さが一段と上がっているのだ。


「敵から力を奪い、味方の能力を上げる魔物か。あいつ倒さないと、周りの敵がどんどん強くなるんだね。」
口元に拳を当て、灰色の霧を睨むようにして儀礼は言う。
しかし、くすんだ色の敵を倒せば、その分の魔力が灰色の霧へと戻っていった。


「本当に、『きり』がない。」
「ふざけてる場合か。」
ゴン、と獅子が剣の鞘で儀礼の頭を叩いた。
魔物から逃げ回りながら、これでも儀礼はちゃんと敵の倒し方を考えているのだ。
ただ、近寄ってくる灰色の霧をうちわで扇いで追い払っているだけに見えたとしても。


 先程、儀礼は一度この霧を外へと追い出したが、魔物を強くするこの霧を、外の世界に野放しにするのは大変危険である。
よく考えると、戻ってきてくれて良かった。
しかし、現在残った魔物は灰色の魔獣が1匹に、茶色の魔鳥が2匹。
能力は、最悪なことに、Aランク相当にまで上がってしまっている。


「とりあえずシュリ、結界で防げないかな。」
「もうやってみたけど、俺の結界は闇属性だからな。どうやらこいつは闇タイプのようだ。相性が悪い、俺の結界は素通りする。」
「シュリの結界はだめ、と。トーラは大丈夫だったな。なら、朝月とか、フィオでもいけそうだよね。」
結界を張れる精霊たちに儀礼は訪ねてみる。
フィオの、炎の結界がシュリ達3人を包んだ。


 儀礼にはトーラがあるので、問題ない。
獅子達が動いても、炎の結界は3人を囲ったまま移動し、攻撃の邪魔にもなっていない。
外に、手出しもできなくなるトーラの障壁とは、やはり違うらしい。


 それに。
「グルルルァー。」
体当たりをした魔獣が、炎の熱さに身悶える。
フィオの結界には燃え盛る炎がまとわりついているのだ。


「防御も攻撃になるのか。すごいな、『蜃気楼』。」
思わずと言うように出たシュリの言葉。
それこそが、Sランクの力と思えるものだった。


「ギレイだってば。」
困ったような笑みを浮かべて、ギレイは灰色の霧を睨み付ける。
この敵は、まだ直接的な攻撃をしてきていない。
掴み所のない霧という形状の敵。
『蜃気楼』と呼ばれる者だからこそ分かる。
この敵の、真の力が恐ろしい、と。

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