話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

ギレイの旅

千夜ニイ

立ち位置

 儀礼達六人はバクラムの家、ノーグ家へとやってきた。
極北の研究室とは比べものにならない暑さ。
すぐに、儀礼と獅子は着ていた冬服を脱ぎだす。


「想像以上だな。夏のシエンより暑いんじゃないか?」
上着を全部脱いで暑そうに顔を仰ぎながら獅子が言う。
「シエンは山に囲まれてるからね、夏でも結構涼しい風が吹くよね。」
頷きながら、儀礼も薄着になって上から白衣を羽織る。


「おう、ギレイ。よく来たな。」
大きな体のバクラムが儀礼の頭を撫でる。
バクラムと並べば、獅子でさえ子供のようだ。
「獅子、この家の主、バクラムさんだよ。バクラムさんは獅子を知ってるよね。」
儀礼はまだ会ったことのない二人を紹介する。


「よく来たな、『黒獅子』。騒がしい家だが、自分の家だと思ってゆっくりくつろいでくれ。」
何がおかしいのか、ガハハ、と豪快に笑いながら、バクラムは獅子に右手を差し出す。
「お邪魔します。よろしくお願いします。」
獅子はバクラムの手を握り返す。


「この時間じゃ、腹も減ってるだろう。ラーシャ、飯の準備をしてやれ。」
バクラムはラーシャにそう言うと、なにやら忙しそうに奥の部屋へと入っていった。
「もしかして、忙しかった?」
儀礼が聞けば、気にするな、とシュリが返す。
「ロワルゼン流の師匠と本格的な話をして、ちょっと動きそうらしいんだよ。」
シュリは言う。


「重要じゃないか。」
それが成功するかどうかで、儀礼の頼んだ『蒼刃剣』の修理ができるかどうかに関わってくる。
「まぁ、そうだけどな。今は親父に任せるしかないんだよ。」
諦めたようにシュリは言う。
「カナル、飯の支度ができるまで、黒獅子に家の中と皆を紹介してやってくれ。」
「おう。黒獅子、付いて来いよ、こっちが俺達の部屋だ。まずは弟たちから見せてやる。」
カナルが獅子を連れて子供部屋へと向かった。
その先の光景に、きっと獅子は驚くことだろう。


 シュリとカナルの大勢の弟と妹達。
それから、武器のたくさん置いてある倉庫や、武器を手入れするための工房まで、バクラムの家には揃っている。
ある意味、少し獅子倉の道場と似ているこの家は、獅子には興味の尽きない事だろう。


「行っちゃった。」
黒い袖なしのシャツに光の剣を背負った姿の獅子を見送り、儀礼はシュリに視線を戻す。
「ロワルゼン流はバクラムさんの編み出した、新しい武器の作成法に前向きなの?」
武力と武器の作成とに別れてしまったロワルゼンという流派。
それがどうなるのか、儀礼には興味がある。


「その件なんだがな。親父の師匠は本気だ。」
真剣な表情でシュリは言う。
「じゃぁ、流派の合併も可能性としてはあるんだ。」
そうなれば、中心になるのはバクラムだ。
今以上に忙しくなるだろう。


「もしかして、僕の護衛とかしてる場合じゃないんじゃないの?」
儀礼はアーデスへと問いかける。
「じきに、そうなるだろうな。」
アーデスは重々しく頷いた。
アーデスにとっても、バクラムの存在は大きかった。
パーティの中でも、好き勝手にするリーダーのアーデスに代わり、全体をまとめるような位置に立っていた。


「そうなったら、後任はやっぱりカナルか……。」
少し考えるようにして、儀礼は呟いた。
その呟きを聞いて、シュリはギリッと歯を噛み締める。


 確かに、腕力も体格も兄であるシュリよりもカナルの方が上だった。
攻撃力を重点に置いているバクラムの戦闘位置に入るのは、シュリよりもカナルの方が自然だった。
しかし、世界一のパーティに名を連ねることに、シュリもどこか憧れを抱いていたのも事実だ。
それが、儀礼の呟きによってついえたような気がした。


「カナルか。」
考えるようにアーデスがあごに手を当てる。
「シュリはあげません。」
シュリの前に立ちはだかるようにして、儀礼はアーデスに向き合っていた。


 その光景に、一瞬、シュリの思考は飛んだ。
最強のパーティに向き合う度胸。対等に挑む実力。
目の前で見せられた行動にシュリはふっと笑みをこぼす。
「そうだ、アーデス。いつか、俺達がお前を超えてやる。」
生まれて初めて、シュリは自分の上にいた存在に歯向かった。
絶対に負けるから、と強い相手に挑まないのは、ノーグ家の方針に逆らう。
(アーデスという存在に、付き従うのではなく、立ち向かう位置。)


 儀礼が、意外そうに瞳を開いてシュリを振り返った。
キョトンとした顔は、本当にカナルと同じ年とは思えない程幼い。
三女のタシー(10歳)位だ。(←いやいや)


「ギレイ。一つ言っておくと、お前の立ち位置はここか、後ろだ。」
シュリは自分の左横を示して言った。
「前に出たら、切れる。」
最近シュリが手に入れた武器は強力で、度々、シュリの思惑以上の力が出てしまう。
そんな時に仲間に、前に出られてはたまらない。


 儀礼はまた驚いた顔でシュリを見るそして、目に涙を滲ませた。
「いるんだね、頭のいい戦士。さすが、バクラムさんの子。」
嬉しそうに儀礼は言う。


「えっと……、俺、喜んでいいのか?」
どうやら、黒獅子と比べられたらしいと気付いたようでシュリは困惑の表情で儀礼を見る。
「そんな、泣くほど感激することか?」
こくこくと儀礼は大きく頷く。
そんな儀礼のふとした動作が幼い、とシュリは思う。


「確かに、黒獅子は私はいりませんね。」
アーデスが言う。
その不気味なしゃべり方にも慣れず、シュリは頬を引きつらせる。


「いい子なんだよ!」
フォローするように儀礼は言う。
「それに――。そういう奴のが、案外、足元すくうんだよ。」
声を低くして、儀礼が笑う。幼い子供の笑みではない。
アーデスがするような底の見えない深淵な笑み。


 計算されつくしたかのように整った顔立ちも手伝って、それはぞくりとするような美しさを見せる。
それに対して、アーデスが楽しそうに笑った。
瞳には、真剣みが降り立っている。
いくらでも受けて立つと、その余裕を消して本気で構えると。


 睨み合う二人の、一触即発のその空気を壊したのは、シュリの母親、メルだった。
バクラムの妻で、一流の冒険者でもあるメルが、この二人の空気に気付かないはずがなかった。
真剣に向き合う、男同士の一対一。
そこへ。
「ほーら、ご飯の支度できたからお昼ご飯にするよ~。」
などと、軽々しく声をかけた。


「はーい。」
にっこりと元気のいい返事を儀礼が返した。
食堂へと歩き出したメルに続いて儀礼は軽やかに歩き出す。


 アーデスは仕方なさそうに、肩をすくめる。
「本気で戦うつもりだったのか?」
極北での儀礼とアーデスとのやり取りを思い出して、シュリは心配そうにアーデスに問う。
「まさか。」
アーデスは、息を漏らすように笑った。
しかし、その表情は硬く、余裕がないように感じられた。


「何してたの? あんまり無茶なことすると、下の子たちが怖がるでしょう。」
やはり、わざと二人を止めに来たらしいメルが振り向いてシュリに聞いた。
「アーデスと、にらめっこ♪!」
楽しそうに答えたのは、シュリではなく儀礼だ。


「やはりあれは、にらめっこなんですね……。」
アーデスが隠すように顔を押さえた。
笑っているようでいて、とても参っているような表情。


「シュリ、お前からはどう見えた。」
目線だけを向けてアーデスがシュリに問う。
「『にらめっこ』ってよりは、睨み合いだな。すっごい冷たい空気が行き交ってたような感じだ。」
言い表すのが難しいのか、考えるようにしてシュリは答えた。


「……あれだ。この間、ギレイがお前にやったやつ。殺気のようなあれを飛ばしてきやがった。」
苛立たしく顔を歪ませて、アーデスが言う。
その声の聞こえないような位置にいるのに、ギレイがびくりと固まった。


「え゛っ、あれを……え? 本当に? よく、……殺さなかったな。」
シュリの額から冷や汗が流れる。
儀礼の送り込む殺気はそれだけで、殺されるような恐ろしい気配を感じる。
当人は、見た目だけならとても弱そうに見えるのに、だ。
殺される前に殺さなければ、そう思うより先に、反射のように体が動いてしまう。
命を守るための反射機能だ。


「黒獅子を悪く言われて怒った、というところか。」
髪をかき上げて、アーデスはすでに平静の顔に戻っていた。
当の儀礼本人は、ちゃっかりと食卓の席についている。
「普段笑ってるけど、怒らせると怖い奴ってことか。」
それが、自分の組む仲間の一人だと思えば、シュリは不思議と頼もしさを感じていた。

「ギレイの旅」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く