ギレイの旅

千夜ニイ

雪遊び

 その日、儀礼が朝起きると、窓の外は雪景色になっていた。
夜明け前から雪が降っていたらしい。
積もっているのは薄っすらとだが、視界一面の世界が白い色に色付けられている。
その色は、ついこの間別れたばかりの明るい笑顔の子供を思い出させる。


「獅子っ、雪だ!」
そう言って、儀礼ははしゃいだように宿の庭へと駆け出していった。
そこにはまだ誰の足跡もついておらず、儀礼は庭中に、子犬のように喜んで自分の足跡を付けて回っている。
「ガキだな。」
にやりと笑いながら獅子も宿の庭へと出てきた。
常緑樹の木の葉の上に積もっていた少量の雪で、小さな塊を作ると獅子はそれを駆け回っている儀礼へと投げつける。


「冷たいっ!」
見事に後頭部に命中した雪だまに、儀礼は寒そうに頭を振るう。
「やったな。」
にやりと悪戯っ子な笑みを浮かべると儀礼は獅子の周囲の常緑樹に目を留める。
「食らえ! 行け、風祇ふうぎ!」
獅子の方を指差して、儀礼は楽しそうに笑う。


 すると、儀礼の意思を汲み、小さな竜巻のようなものが獅子の周囲を取り巻く。
雪を巻き込み、白い竜巻が獅子へと冷たい雪をぶつけていく。


「冷てぇ。」
全身に被った雪を手で払って、獅子は不満そうに儀礼を見る。
「卑怯だぞ。」
「僕、何もしてないよ。」
くすくすと儀礼は笑う。


「言ったな。なら、こうだ!」
光の剣を引き抜き、獅子は闘気を込めて衝撃波を打ち放つ。
儀礼の上部へと抜けた闘気の波は、高い木の上に溜まった雪を振り落とした。
ドサドサドサッ。
冷たい雪の塊が上から降ってきて、儀礼は避けることもできずに、襟元へと侵入を許した。


「冷たいぃ! 洒落にならない! 獅子のバカ。」
頭を下に向けて儀礼は服の中に入った雪を落とそうとする。
いくらかは出て行ったが、中に残った雪が解けて背中をつめたい雫が落ちていく。
「うわぁ、風邪引く。」
そう言って、儀礼は悔しそうに宿の中へと戻っていった。


 はしゃいでいる儀礼を見て、獅子は思う。
白の抜けた穴は大きい、と。
儀礼の空元気が丸見えだった。
白い雪の中へと先に駆け出していくのは、いつもなら、獅子の方だった。


 獅子が宿の中へと戻ると、儀礼はすでに濡れた服からの着替えを終えていた。


「そうだ、獅子。僕いいこと思いついた。もっと雪がある所があるんだ。」
楽しそうに儀礼は提案する。
その顔にはもう、悲しみはない。
イタズラを思いついた子供の笑顔だった。


「雪のある所?」
儀礼の思いつくいたずらなど、ろくなものではない、と経験で知っている獅子は、若干警戒しながら聞き返す。
「うん。いいから、暖かい格好してついてきて!」
そう言うと、儀礼は自身も暖かそうな服装をして、マフラーを巻き、ニット帽を被った。
獅子もそれに習い、戸惑いながらも服装を整える。


「どこ行くんだ?」
獅子の問いに、儀礼はニカリと笑うだけでまだ答えない。
「まずは管理局。」
言いながら儀礼は獅子の腕を引いて外へと飛び出していく。
しかし、儀礼に手を引かれるよりも、獅子が普通に歩いた方が速い。
やはり、儀礼のテンションが若干いつもと違っているようだ、と獅子は警戒する。


 管理局に着くと、儀礼はどこからか青色のそりを持ち出してきた。
「受付で借りてきた。」
楽しそうに儀礼は笑う。
管理局と言う所はそんな物も貸し出しているのか、となんとなく獅子は呆れた。


 それから、儀礼は転移陣の間へと移動した。
「で、本当にどこに行くんだ?」
再度、獅子は問いかけた。
この転移陣というものを使うと、世界中、色々な場所へと行けてしまうと、聞いている。
儀礼の言う「雪のたくさんある所」そんな国へでも、たしかに行けるだろう。
しかし、そこまでして雪遊びがしたいのか、この友人は。
獅子は呆れ顔で儀礼を見つめる。


「アーデスん。」
にっこりと笑って儀礼は答えた。
同時に、転移陣という床に描かれた丸い魔法陣が白い光を放った。


 次の瞬間には、儀礼と獅子は見知らぬ家の中にいた。
年月を感じさせる古い家。
ぱっと見た感じ、広い部屋に獅子たちの足元には水色の転移陣らしい円形の紋様。
部屋の中には、棚がずらりと並び、本や薬品が所狭しと並べられている。


 部屋の奥の方には布張りのいすと、木製の頑丈そうな机が置いてあって、その周囲には獅子にはよく分からない機材がまた、大小問わず、たくさん並んでいる。
部屋の中央部には、5、6人が楽に座れそうなソファーが置かれていて、その上には放置されたように毛布が置かれていた。


「部屋の中の物には触らないようにね。どんなトラップがあるか僕にも分からないから。命の関わるのもあるからね。」
にっこりと可愛らしい笑顔で、友人がそうのたまった。
こういう時には、この少女のような友人の顔が憎らしく思えるものだ。
命に関わるとは、何だ。
いきなり人をそんな危険地帯に連れてくるものではない。


「やーっぱり、ここはいつ来ても雪だね。」
そう、はしゃいだ声が聞こえて、獅子は儀礼を見る。
嬉しそうに大きな窓から外を見ている。
しかし、不思議なことに、吐き出し口らしい大きな窓の側には、雪は積もっていない。
その数メートル先からは、1mにも、2mにもなりそうなほどの雪が地面を埋め尽くしている。


 儀礼は迷いなく窓を開けた。
冷たい風が吹雪のように室内へと吹き付けてくる。
獅子はとっさに顔面を手の平でかばった。
まぶしいほどの雪の光と、冷たい空気。


「じゃ、まずはそりで遊べる雪山作りから!」
言いながら、儀礼は青いそりを引いて、雪の庭へと踏み出していく。
「おい、こら儀礼! 他人の家なんだろう?」
人の家で、勝手に遊ぼうな度とは、いたずらにしてもたちが悪い。
獅子は儀礼の襟首を掴むために一歩を踏み出す。


「いいんだよ。勝手に使っていいって、アーデス言ってたもん。」
後ろからマフラーを掴まれて、上を向くような態勢で儀礼は答える。
「じゃ、その家の主はどこだよ。アーデスって、確か、あいつだろ。あの、金髪の鎧の剣士。」
油断ならない気配を放つ冒険者を思い出して、獅子の気配は一瞬引き締まる。


「うん。そう。どっか、別の研究所にいるんじゃないかな。アーデスいっぱい持ってるから。」
そう言って、儀礼はそりを使って雪を掘り、山状に積み上げていく。
本気でそり山を作るつもりらしい。


「……山なら、あの辺の普通の坂道を滑ったらどうだよ。」
庭を少し出た辺りに、小さな丘のようなものがある。
わざわざ労力を使って雪山を作る必要はないだろう。


「あの辺、庭の外だからトラップがあるんだ。アーデスに解除してもらわないと、近付くだけでも危ないよ?」
それでも行く? と小首を傾げて儀礼は問う。
自分で危ないと言いながら、なぜ行くように勧めるように問うのだ。


「大丈夫。獅子なら死なないよ。光の剣持ってるし、もしかしたら無事かも。」
研究者の顔をした少年が、わくわくと言った表情で、獅子の動向を楽しみに見守っている。
人を、いったい何だと思っているのだろうか、この少年は。


「冗談、冗談。獅子でも危ないから近付かないでね。」
今度は、悪意のない笑顔で儀礼はにっこりと微笑み見返す。
人をひきつける、優しい笑顔だ。
獅子は、くしゃくしゃと、その幼い笑みを浮かべる少年の頭を撫でた。
本当によく似た少年がもう一人、いたのに。
そう、思うと同時に、獅子の手は動いていた。
幼い少年は、照れたように、嬉しそうにはにかんでいたが、この大きな少年は、少々不満そうだ。


「獅子、僕のこと子ども扱いしてるだろう。」
「してない、してない。白と間違えただけだ。」
笑って言えば、さらに眉間にしわを寄せて睨まれた。
「僕、あんなに小さくない!」
ドサリ、と、そりに入っていた雪を勢いをつけて投げかけられた。


 今度は、獅子の眉間にしわが寄る番だ。
「やったな、儀礼。」
もはや、他人の家だということなど忘れて、獅子はその庭へと遠慮なく踏み出す。
そして、雪まみれになったズボンをはたくと両腕でつかめるだけの雪を抱えて、雪玉(?)を作り、岩のように大きなそれを儀礼へと向けて投げつけた。


「危ない。殺す気? そんなの当たったら怪我じゃすまないよ!」
怒ったように言いながらも、儀礼の表情は笑っている。
次の雪を青色のそりへと装填し終わっている。
「仕返し!」
ドサリ、とまた雪が塊となって獅子へと襲い掛かってくる。
深い雪の足場は重く、避けることは難しい。


 しかし、避けなくても、それほど怪我をしないのが、柔らかい雪のいいところだ。
せいぜい冷たいというだけ。
その雪の塊を甘んじて受けて、それ以上の大きな雪玉を獅子は作り出して儀礼へと投げる。
お互いに頭から雪を被りながら、しばしの間、時間を忘れて二人は雪遊びに夢中になっていた。

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